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第16話 誘い

 ガイウスは木に寄りかかり、黙って俺を待ってくれている。俺は一言も発することなく、座り込んで俯いていた。この状態のまま結構な時間が経ったと思う。ガイウスは今どんな気持ちなんだろう。何を考えているんだろう。


「潜入のこともバレているだろうな。家に戻る。計画を立て直すぞ」


 そう呼びかけられたが、俺の足は動こうとしなかった。


「…あまり手をかけさせるな。自分で歩け」


 そう言い残すと、ガイウスは一人で行ってしまった。俺は無心で立ち上がり、ガイウスの後をついて行った。









「戻った」

「あれ、早いな。そのまま潜入してくんのかと思ってたわ」


 アッカドが出迎えてくれた。今は八時半頃、アッカドとユーリィはまだ出る時間ではない。


「こちらの情報が筒抜けだ。計画を立て直す」

「ああ?」


 ガイウスはユーリィも呼び出し、会議を始めた。

 まずは街で起こっていたことの説明から。教会の人間、聖堂の青年が殺されていたことや、自分たちの情報が筒抜けで、自分たちが狙われているということ。そして計画を立て直す旨を伝えた。


「狙われてんのに依頼はやんのか?」

「ああ」

「でもよ、この会話も筒抜けなんじゃねえの?」

「かもしれん。…………」


 ガイウスは紙とペンを取り出して何かを書き始めた。筆談をするつもりだろうか? 俺読めないんだが。


「…………」


 アッカドは文字を読んで指で丸を作った。


 三人が黙って準備を始めた。なんだ、もう出るのか?

 そうか、予定では十時に出るつもりだったから、今出れば警戒もされていないということか。

 アッカドとユーリィはすぐに出てしまった。ガイウスはこちらの様子をうかがっている。

 俺はどうしよう。

 足を引っ張ってしまうのではないのだろうか? さっきはなんの役にも立てなかった。迷惑をかけてしまった。


「……逃げてばかりいるなよ」

「…!」


 ガイウスが俺にそう言った。

 俺に、言った。


 どうしてそこで励ましてくれるんだ。なんで優しくしてくれるんだ。知りたい。ガイウスが何を考えているのか、知りたい。

 俺はガイウスの目を真っ直ぐ見た。ガイウスは意思を汲み取ってくれたようで、一緒に出発してくれた。













 大聖堂に着いた。今回は白のフード付きマントを羽織っている。大聖堂の壁は基本白いのでこの方が動きやすいのだという。今の位置は大聖堂の裏側だ。裏口のようなものがあり、警備も一人だけいる。

 道中会話は全くなかった。どうやって盗聴されているのか分からず、迂闊に話せない。そのせいで、ガイウスとの意思疎通ができない。

 どうするつもりだろう。


「待ってろ」


 ガイウスが突然喋った。…が、ガイウスの声に聞こえなかった。


「交代の時間です」

「え、もう?」

「自分最近あまり働けてなくて、譲っていただけませんか?」

「まあいいけど」


 警備していた男が中に入っていった。教会の人は皆勤勉らしい。あまり怪しまれていなかった。


 やることは決まっている。教会のトップ、司教の情報を集めることだ。具体的には動向を。殺すタイミングを探るのだろう。…止めたいけど、今の俺では止められない。

 裏口から聖堂内に入った。この聖堂には二階があるようで、調べるべき場所はかなり多い。祈りの時間までまだ余裕はあるが、それは教会で働いている人間が建物内に普通にいるということだ。迅速に済ませたい。

 今の位置は廊下で、床に草木の模様が描かれたカーペットが敷いてある。部屋は左右に二つずつ、全部で四つある。廊下の奥の扉は大広間へ出るので調べる必要はない。

 ガイウスが上を指差す。狼だからか精霊だからか音や匂いを敏感に感じ取ることができたので、下の部屋に人がいるのが分かった。あの青年を殺した奴はかなりのやり手だったんだな。気配が全くなかった。

 ガイウスもなんらかの方法で把握したのだろう。とりあえず合図通り階段を上る。

 二階には三つ部屋があった。そのうち二つは一階のものと同じ扉だったが、右側に一つ、明らかに豪華な扉がある。両開きだ。

 聖堂って本来こういう作りじゃないよな? 小さな聖堂を真似るだけじゃ大きさが足りなかったんだろう。適当に部屋を増やしているようにみえる。そしてあの扉は、お偉いさんの部屋だろう。


 ガイウスだけ入るらしく、俺は外にいろと合図された。誰かが見張っていないと人が来た時大変だ。

 ガイウスは豪華な扉を開き、すこし中の様子を伺ってから入った。俺は扉のそばに立って人が来た時すぐに知らせられるように待機した。

 少し時間が経った。ガイウスが出てくる気配はない。もどかしい。


「ん…?」


 微かにだが足音がした。誰かが階段を登ってきている。


「…あら、どうされました? 司教様に用があるのですが」


 女性だ。シスターのような格好をして、数冊の本を両手で抱えている。瞳は紫色を帯びていて、肌は褐色だった。

 俺は顔を隠して、出来るだけ高い声で返す。


「今は誰も入れないようにと言われています…」

「そうですか。明日の儀式の準備で忙しいのですね。あの儀式をお一人でやられるとは…」


 儀式。それも明日に一人でやるのか。これは大きな情報だな。


「ところで、どうして顔を隠しているのですか?」


 まずい。やっぱ気になるよな。


「…幼い頃に火傷しまして、醜い姿を隠すためです」

「そうですか…ごめんなさい、そうとも知らず」

「いえ、大丈夫です」

「神の恵みがあらんことを」


 女性は階段を降りていった。怪しまれてない…よな? 教会にはそういう人もいるだろうし…たぶん。

 火傷、か。

 考えるだけなら大丈夫なんだよな。でも、実物を見ると理性を保てなくなってしまう。

 またあの燃えた瞳の女性に会うかもしれない。あの人に睨まれたと思ったらマントが燃えていた。炎の魔法を使えるのだろう。誤解されているとはいえ、会ったらまたやられる。俺は、炎への恐怖を克服しなければならない…出来るかな。


 それからまた少し経って、やっとガイウスが出てきた。ずらかる合図をしている。

 人がいないか確認しながら、俺たちは教会を後にした。















 家に戻ってきた。まだ昼には早い。


「……明日、やるぞ」

「え…?」

()る」


 明日。儀式があると言っていた。どう伝えようか迷っていたが、自分で調べられたようだ。そこでやるのか。

 いやまて、俺も連れて行く気か? そういう言い方だった。

 もちろんついていく。ガイウスにこれ以上背負って欲しくない。殺す以外に何か方法があるはずだ。

 俺が、それを見つけなければ。













「うまくいったか?」

「はい、おそらく明日襲ってくるでしょう」

「そうか」


 あちこちに金色が散りばめられた豪華な部屋の中で、狼に会った女と司教が話している。司教の背後にはもうひとり、金髪の女がいた。


「フレア殿、明日が絶好の機会です。あとは……お分かりですね?」

「…ああ」


 女の瞳が燃え上がる。

 怒りで、憎悪で、殺意であの光景を燃やし、その炎は彼らの命にまで届こうとしていた。

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