第15話 失う②
やっと西の聖堂に着いた。やっぱりこの国広すぎる。彼は大丈夫だろうか?
聖堂の扉は閉まっていた。俺はゆっくりと開け、中の様子を伺った。
中は無音だった。左の最前列の長椅子に青年が座っているのが確認できた。ステンドグラスから注がれている七色の光が彼を照らしている。よかった、無事だ。
「ねえ……ごめん、名前わかんないけど」
俺は呼びかけながら歩み寄った。あれ、反応がない。どうしたんだろう。
「おーーい、返事してくれよ」
青年のすぐ後ろまで来た。呼びかけ続けたけど、一回も返事をしてくれなかった。
「ねえ、ちょっと」
俺は青年の肩を後ろから揺さぶった。すると、ボトッと首から上が椅子の後ろ側に落っこちた。体からは血が噴水のように噴き上げ、血飛沫が俺の衣服や茶色い毛を赤く濡らしていた。
落ちた首に目をやると、それが瞬きをすることはなかった。だがその目は、一瞬だけだったが、確かにこちらを捉えていたようにみえた。
首に刻印はない。
「な、んだよ、これ」
死んでる? しんでる。いつ? ついさっき。そう、ついさっきだ。一瞬目があった。確かだ。今死んだ。
どうすればいい? 次に俺が取るべき行動は? にげる。そうだ、にげなきゃ。俺も死ぬ。にげろ。にげるんだ。にげろにげろにげろにげろーーーー。
体を後ろに向ける。だが、目がそれを捉えて離さない。
体がうまく動かない。それでも俺は出口に向かって走り出す。瞬間、首元で何かが空を切る音がした。
「…!!?!?」
俺は驚きのあまり出口に向かって思いっきり跳んだ。跳躍点の床は割れ、周りの長椅子を巻き込んで沈んだ。着地は思いの外上手くできたが、着地と同時に頭がグラッとなった。経験したことのない感覚に、思わずしゃがんで頭を押さえた。
「あれ? 殺ったと思ったんだけどなー。全然手応えないや」
俺は声の主を確かめるために頭を動かそうとするが、動かない。仕方なく体ごと方向を変えてその姿を捉えた。
『誰か』は真っ黒な格好をしていて、魔法陣のようなものが描かれた仮面をつけている。声は魔法で変えているらしく、性別は判別できない。両手には短刀を握っていて、刃先がステンドグラスを通った七色の光を反射していた。よく手入れされていて、切れ味は極上だろう。
ふと、フードに手を潜らせ、首の後ろに手をやる。首は、文字通り薄皮一枚繋がった状態だった。フードごと切られ、青色の粉末状の光が漏れ出ている。
「んんんんんんんんんんん? 切れてるね? なんで死んでないの?」
「ーーーーーなんだお前!!」
首はもうくっつき始めている。今生きているのは精霊だからだ。治りはかなり早いが、首が繋がるまでの時間を稼がないとまた取れてしまうかもしれない。
「ま、いいや」
『誰か』はそう言い放ち、こちらに向かって走り出した。見たことのない妙な走り方で、目で追えなかった。
いつの間にか仮面が目の前にあることに気づくと、甲高い金属の衝突音が耳元を中心に聖堂内に鳴り響いた。『誰か』の刃先が俺の首元まで迫っている。だが、首の左側から別の真っ黒な剣がのび、『誰か』の刃先が俺の首に届くのを阻止していた。
「馬鹿が!!」
ガイウスの声だ。来てくれたのか?
突然、今度は右側から突風が吹いた。風は『誰か』の腹を捉え、遠くの壁まで『誰か』を吹き飛ばしてしまった。『誰か』は壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。
「っ!! ……いってぇぇ…」
「一人で突っ走るな! 話は最後まで聞け馬鹿が!! あの死体は最近のものじゃない! ここに俺達を誘うためにあえてこのタイミングで晒されたものだ! 全部筒抜けだったんだ!」
そうか、青年の首には刻印がなかった。青年はノーマークだったのに情報をバラしてるのが気づかれたのは、相手が俺たちだったからだ。俺たちがマークされてたんだ。いつから? 刻印を彫られたはずはない。どうやって?
「あまり考え込むな!! 首は!?」
「…! まだ、だめです!」
ガイウスは状況把握に努める。焦りながらも冷静だった。
「……はああああああぁ。殺すよ、命令だもん」
そう言い『誰か』はまた走り出したかと思うと、今度は天井に届きそうなほど高く跳んだ。
俺を先に片付けるつもりだ。
「おい! 避けろ!!」
ガイウスが叫んだ。だが今は迂闊に動けない。俺は自分の身を守るために右手を振りかざす。
『誰か』はまっすぐこちらへ跳んできた。だが、『誰か』は狼を舐めていた。精霊だと気づかなかった。
俺は飛んできたものを弾くかのように、右手を横に振った。それは見事敵に命中し、敵は再び壁に打ちつけられた。
「しまっ…!?」
手応えがあった。殺してしまったと思ったが、仮面が役に立ったようで、気絶させただけだった。仮面は砕けて、顔があらわになった。若い男で、とても綺麗な顔をしていた。
「…はあ」
ガイウスが安堵した様子でこちらに向かって歩き出した。
「…!? ガイウス!!」
ガイウスの周りに人影が三つ現れた。そうか、あの時こっちは複数人だった。向こうも一人ではなく何人かで殺しに来たんだ。
俺は危険を察知し咄嗟にガイウスに知らせた。それを聞いたからか聞かずとも分かっていたのか、ガイウスが右手を背後にかざすと、突然人影の体の節々から血が流れた。
「……………は?」
人影の四肢がバラバラになり、慣性に従いあちこちに四散した。
「ガイ、ウス」
「標的だ。議会の暗部が来ているとは、好都合だ」
「議会の…? そんな依頼…」
「前にあった。だがいつ姿を現すかわからない。やれるときにやるということになった」
ガイウスは俺が壁に打ちつけた男に近づき、首に剣を、突き刺した。
「……ガイ、ウス。な、にを…?」
「依頼を遂行しただけだ。何か問題が?」
「ーーある。問題大アリだよ。こんなあっさりーーー!」
「うちに来るとはこういうことだ。できないならやめろ」
「はーーー?」
俺は絶望した。出来るわけないだろ、こんなこと。こんなことするくらいだったら、俺は、
違う。俺が甘かったんだ。
なにが、この人はやっていることの重みを知っている、だ。
俺は知らないのに。
俺は弱いんだ。この人の負担を減らそうだなんて、傲慢で、増長していた。出来るわけもないのに、何処かでできると勘違いしていた。
俺は人影三つを葬ったガイウスの右手を見た。
その手は、ほんの少しだが震えていた。
そこで彼の手が何の動揺も見せていなかったら、俺はすぐに立ち上がって聖堂から抜け出して、森の奥へがむしゃらに走り出していただろう。だが幸か不幸か、俺は見てしまった。彼の心の動揺を見てしまった。
俺はゆっくりと深呼吸した。
ガイウスはいつの間にか俺の分まで背負ってくれた。何も知らず、何もできない俺を見捨てることなく、ただ俺の前に立って、脅威から守ってくれた。俺の手を汚すことなく、自分の手だけを赤く汚して。
だったら俺からも、何か返さなくちゃいけない。
ガイウスを助けなくちゃいけない。
できるできないじゃない。やらないと。
「なんだ、これは」
「え?」
「誰だ!」
突然、扉の方から女の声がした。ガイウスと俺はとっさに振り向き、その姿をはっきりと認識した。
そこには、以前この聖堂で会った女性が立っていた。
「お前達がやったのか?」
「いや、これは」
「おい、奥の死体はなんだ。あれは誰だ」
「あ、あれは」
言えない。口にすることができない。
「いや、いい。わかっている。わかっているよ。お前たちがやったんだな? お前たちが殺したんだな!!?」
瞬間、女性の瞳が炎のように燃え上がった。
「へ…? …熱いっ!!?」
気づけば俺のマントが燃えている。俺がそれに恐怖しない訳がなかった。
「うわあああぁああ!!」
俺は大声を上げて暴れ回った。
「マントを脱ぎ捨てろ! …チッ!」
急に誰かにマントを剥ぎ取られた。と思ったら、気づかぬうちに担がれていた。
「逃げるぞ!!」
ガイウスは女を外へ吹き飛ばし、扉から出て森の方へ駆け出した。高く跳躍し鉄格子を乗り越え、森の中へ俺を担いで走った。
「はあ、はあ」
ガイウスが木に寄りかかり、呼吸を整えている。
「ここからは、自分で歩け」
「…………」
俺は返事をする気力も残っていなかった。さっきの光景が俺の脳内を占領し、恐怖に変わっていた。
「…はあ」
そんな俺をガイウスが置いていくことはなかった。
「…ああ、どうして」
女は男の頭部を撫でながら涙を流していた。もともと黒かったワンピースが血の色に染まり、さらに黒く沈んでいく。
「…全部あいつらのせいだな。あいつらが…あいつらのせいで……!!」
聖堂内に女の叫びが響き渡る。
彼女こそはこの国で二人目の魔眼使い、業火の魔眼の継承者。
フレア・ジレンライブである。




