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第15話 失う①

「先に出る」

「え、早いですね」


 昨日の調査の後、家に帰るまでは特になにもなかった。家に着くとエルリアが元気に出迎えてくれた。男達とかくれんぼなどをして遊んでいたらしい。男達はひどく疲れた様子だった。エルリアかくれんぼ上手いのかな。


 ちなみに今週のご飯担当はガイウスで、そこそこ美味しい。となると最初に見たあのご飯は...いや、考えないでおこう。

 食事の後は明日の予定を決めた。明日も二手に分かれる。ガイウスと俺、ユーリィとアッカドだ。


 ユーリィとアッカドは議会について調べるらしい。これは結構危険な潜入捜査だ。議会の本部は街の北部にある。国会議事堂みたいなものがあるようだ。

 俺とガイウスは引き続き教会について調べる。なぜ勢力を伸ばし始めたのか、野心家だからな訳ないだろう。その本当の理由を調べなければ。


 家を出るのは十時ごろと決めた。教会の祈りの時間に合わせた結果だ。こっちはこっちでまた潜入する。俺目立つんじゃ?

 そして今は朝七時ごろ。予定より三時間早い。不思議と眠くないのですぐに支度をする(マントを羽織るだけだが)。


「お前は来るな」

「はい…はい? え、なんでですか」

「なんでもだ。お前は時間通りに来い。昨日行った酒場で待ち合わせる」

「……いえ、行きます。一緒に行きますよ」

「命令が聞けないのか?」

「理由を言ってくれたら聞きますよ」

「……はあ。後悔するなよ。アッカド、俺たちは先に出る」

「あ? ああ、いってらっしゃい」


 アッカドは早起きして何かをしていた。ガイウスがすぐに走り出したのではっきりとはわからないが、腕に何かを彫っていたように見えた。













「もう少し上げられるか」

「え?」

「もっと速く走れるか聞いている」

「ああ、はい」


 ガイウスに合わせていたつもりだったんだが、もっと早く走れるのか。これも魔法の力かな。

 ガイウスが一気にスピードを上げ、俺はそれについていく。思ったより速く、時速三十キロぐらい出てるんじゃないだろうか。俺はかなりきつかったが、ガイウスは余裕そうだ。…俺こんな速く走れたのか。


 森の中を走り抜け、人工的に舗装された道へ出る。交易路だ。ゴッデスが他国と貿易を行うには、森の中に道を作るしかない。その道はまっすぐ街へつながっているので、歩いて行くのなら昨日の道が最短だが、走るならこの道の方がいい。車並みの速さならなおさらだ。


 街には十分ほどでついた。昨日のように検問所を抜ける。

 街に入ると、なんだ、変に騒々しい。活気が溢れているわけじゃない。何か事件でも起きたみたいだ。


「おーーい」


 遠くからこちらを呼ぶ声がする。聞き覚えのない声だ。


「来たなおっさん。こっちだ」

「ああ」


 ガイウスは普通について行った。知り合いか?

 服装は皮のズボンにシャツと上着、身長は百七十くらいか。どこにでもいるような男性だ。


「誰ですか、この人」

「情報屋だ。魔法で姿と声を変えている」


 なるほど、そんなことだろうとは思った。でも体格も変えられるなんて。魔法ってすごいな。


 情報屋は路地裏などを通っていった。最短ルートを走っているっぽい。そんなに大ごとなのか?


 場所はかなり遠いらしい。情報屋とガイウスは、さっきよりは遅いがかなりの速さで街中を走り抜けている。こんなに速く走ったら人の注目を集めそうだが、道行く人々は手に持った何かに気を取られている。チラシのようにみえるが、何が書かれているのだろう。


「この先だ!」


 前方から人々のざわついた声が聞こえる。かなり多くの人が集まっている。なんだ?


 路地裏を抜ける。瞬間、


「ーーーーーーーは?」


 一番に目に入ったのは、誰かの家のレンガの壁に貼り付けられた男の死体だった。

 首から血が流れた跡があり、残った血が黒く固まっている。服は着ておらず、頭と両掌に、男の体が十字架の形になるように杭が打ち込まれている。

 男の顔は何かに絶望しているようにみえた。


 死体。


 死んだことはあるが、死体を見たことなどなかった。目の前に広がるあまりに残酷な光景に、俺は打ちのめされていた。肉が腐った臭いが鼻を刺し、俺は思わず鼻を押さえた。

 足が震える。なにも考えられない。なんだこれは。これじゃあまるで...。


「晒されているようだな」


 ガイウスが放った言葉に、俺の頭は滅茶苦茶にされた。


「な、なんでそんなこと」

「神の『救済』」

「え?」

「警護団に目をつけられたと言っていただろう。その理由がこれだ。考えてもみろ。神を信じるものなど一人もいなかったこの国で教会が勢力を作ることができたのはなぜだ? 簡単なことだ。神の力を見せつけたからだろう。偽物だがな」


 見せつけた。それは、つまり。


「こいつのように、何人かを見せしめに殺して、天罰が下ったと言い広めたのだろう」


 何人か。待って、それじゃあ、


「これが初じゃないってことですか」

「ああ」

「なーーー」


 なんで言ってくれなかった? ユーリィ達は知ってるのか? 俺を置いて行こうとしたのはこれが理由か?

 誰かの『死』から、俺達を遠ざけたいからか?


「前からあったぜ、神に殺される事件。はじめは家族に暴力振るってる男が殺されてたな。それからも、何かと悪事やってる奴らが殺されてた。そういう意味じゃ一種の『救済』かもな。願ったやつがいたんだろう。でも今回は他にも問題がある」


 情報屋から動揺は感じられない。


「あいつ、教会で働いてた」

「なに?」

「大聖堂で見た奴がいたんだ。教会の服着てたらしいから間違いない。あんたに来てもらったのは、あれを見て欲しかったからだ」


 そう言い情報屋は死体の首の辺りを指差す。


「………あれは、刻印か?」


 死体の首元には何かが彫られていた。俺はそれをはっきりと見ることができた。


「やっぱりそう見えるか? でも、あれまだ動いてるんだよ」

「…他人に彫られたのか」

「はあ? いやいや、そりゃないだろ。聞いたことないぜ?」

「非人道的だからな、国で禁止されている」

「…おいおい、そういうことか?」

「ど、どういうことですか」


 話についていけない。他人に彫られたらなにがいけないんだ?


「刻印はな、自らに制限をかけることもできる。言い換えれば、他人に彫れば呪いをかけることができるということだ。それ相応の技術が必要だが、強い奴が他人に彫れば、喋っただけで死ぬように設定できる」


 なんだよ、それ。


「あれはなんのために彫られたんだ? さすがにこっからじゃ分かんねえか?」

「いや、わかる。文が単調だ。特定の言葉に反応して、彫った人間に位置を知らせるものだな」


 人が死んでいるのに、なんで普通に会話ができるんだよ。どうかしてる。


「教会に不利なことをして、消されたんだろう」

「これ、あいつの『罪』が載ってるぜ」


 そう言い情報屋はガイウスにチラシを手渡した。


「ふむ、窃盗に罵倒? 祈りの妨害に入信者への暴力。被害者はすべて教会サイドの人間か。間違いなくでっちあげだな」

「邪魔者消すついでに有効活用したってとこか」


 ここで俺はあることに気づいた。


「…昨日あった青年は大丈夫でしょうか?」


 あの青年はいろいろなことを教えてくれた。その中には教会にとって不利に情報もあった。金で入信を認めるとか、議会に所属しているとか。

 彼が危ない。


「なんとも言えんな」

「様子を見にいきましょう!!」

「駄目だ。あそこに用はない」


 用はない、だって? 命の危険なのに。


「…俺は行きますからね」

「なに?」

「一人で行きます。ガイウスは調査を進めててください。それじゃ」

「おい、待て!! あの死体は…」


 俺は小さな聖堂に向かって走り出した。本気で走ると人の目を引いてしまう。抑えながら走らないといけないのが歯痒かった。












 狼は男を置いて行ってしまった。


「いいのかい? あの死体、臭いが酷い。死んだの最近じゃないぜ。このままじゃ彼も危ないよ」

「…わかっている」


 男の手は震えていた。背負うものの多さ故に。


 男は強くなどなかった。だが強くなった。


 全てを背負うために。彼女の想いに応えるために。


 ここであいつを失ってはならない。彼女に怒られてしまう。


 男は走り出す。重圧に耐えながら、すべてを背負って。

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