第14話 敵地調査
「これからどうするんです? もう教会のところに行きますか?」
「ああ。本当に金で証を貰えるか確認しに行く」
「また結構歩かないと行けねえのか…俺は平気だけどよ、ユーリィは大丈夫か?」
「馬鹿にしないで頂戴。そんなに弱くないわよ、私」
教会の聖堂はあの高い塔の近くにあるらしい。ここから中心部までは徒歩で四十分ほどかかる。今は大体三時ごろか。帰るのは日が暮れた後になりそうだ。
歩いている時間を有効に使いたいな。情報の整理でもしようか。
まず教会は、民主派に所属していた。願いを人為的に叶え、入信者を増やし、入信者を民主派に流した...今考えても単純な手だ。だが案外野心家で、政権を握るために流すのをやめた。これは少し信じがたい。なぜこのタイミングなのだろう。もっと前からやっても良かったはずだ。
証は金でも手に入る。入信者を得るついでに資金を集めるためかな。俺たちの前に教会を探った人のことも気になる。
…やっぱり浅いな。すぐ整理できてしまった。
それからはここにきてからのことを思い出したりしながら教会の聖堂へ向かった。教会の聖堂はどんな感じなんだろう。
「……すごいですね」
「聖堂と言うより大聖堂ね」
「これ金かかったんじゃねえの?」
「だろうな、入るぞ」
「迅速だなぁ」
西の聖堂にいた青年は偽物と言っていたが、それは非常に見事なものだった。いくつもの長椅子が並べられ、かなりの数の人が座って祈りを捧げている。服装はなんでもいいらしく人それぞれだ。ステンドグラスにはあの小さな聖堂と同じ模様が描かれているが、大きさが段違いだ。崇めている人の数もかなり増えている。雰囲気も厳かな感じで、なるほどそれっぽい。
「……あまり音を立てるな。祈りの最中のようだ」
ガイウスが忠告した。目立つ事は避けたい。みんなガイウスの忠告に素直に従った。
「祈りなさい。さすれば愛する国の平和は保たれ、新たな未来が訪れるでしょう」
言っていることはあまり宗教らしくない。民主派に属しているというのは信憑性がありそうだ。
「どうされました…?」
横から男が静かに声をかけてきた。教会に属している人のようだ。
「ああ、私たち、教会に興味がありまして」
ガイウスも静かな声で返す。
「入信希望の方ですか? でしたら、証を見せていただきたいのですが…」
「代わりにこれでいかがでしょう?」
そう言ってガイウスは金が詰められているであろう袋を取り出した。音はならないように気を付けている。
「ああ、今はお祈りの最中なので、外で話しましょう」
そう言われたので、俺たちは静かに外へ出た。
「すみません、あまり裕福に見えなかったもので。こちらを証の代わりとして献上するということでよろしいですか?」
「ああ」
なんだか嫌な感じだ。失礼にも程がある。ガイウスは気にしていない様子だ。
「…金でいけるらしいな」
「ちょっと、いつの間にそんな大金持ってたの?」
「いつも持ち歩くようにしている。今持っていた分はあれで全部だが、金で解決できることも多い」
なるほど、口封じとかいろんなお願いをする際、金があればスムーズに行く。世の中って本当に汚いな。
「では、こちらへ」
そう言い、男は俺たちを聖堂の奥へ案内した。
そこは客間のようだった。壁際には本棚がずらっと並び、中央には大きめのテーブルと八脚の椅子がある。交渉のための部屋か? 入信するだけなのに? いやしないけど。
「お茶を出して」
男が部下と思わしき男に命令口調で言った。
「…ユーリィ」
ガイウスが何かを指示している。何をする気だ?
「それでは、こちらで入信するということは、お望みということですね?」
「………ああ」
お望み? なにをだ。どうやらただ入信するだけではないらしい。おそらくガイウスは話を合わせているだけだ。
部下がお茶を持ってきた。
「こちら、リヴァイアから仕入れた最高級の茶葉で淹れたお茶でございます。どうぞ、遠慮なさらず」
そう言い男は、お茶の入ったカップをおれたちの前にひとつずつ差し出した。そしてひとつを自分の前に引っ張った。
「……飲むなよ」
ガイウスが小声で言ってきた。何か入っているのか?
男は普通に飲んだ。客より先に飲むのか…。
「それで…みなさんは…どんな、たい……ぐう…を…………ぐぅ」
「……え」
男は突然机に突っ伏した。こいつ寝やがったぞ。
「ガイウス、何かしました?」
「ガイウスじゃなくて私よ。こういうの得意なの」
「魔法で眠らせたんですか?」
「ええ。あいつちらちらこっちみてたから、魔法で催眠かけてやったわ」
何だそれ。催眠が得意なのか、器用だな。
「怪しまれませんかね?」
「多少は怪しまれるでしょうけど、睡眠薬が入ってた、とか誤魔化しが効くわ。最悪部下のせいにでもしましょう」
そう言いながらユーリィは、男が口にしたお茶に睡眠薬と思われる粉を入れた。
あれ、ユーリィが優しくない。
…役に立ちたいのかな。そんなに気負わなくてもいいと思うけど。
「もっといてよかったわ、これ。ちゃんと役に立った。前回は使う場面なかったし、もう持ち歩くのやめようかと思ってたけど」
「みんな用意周到だなあ。いやまじで。何でそんなもん持ち歩いてるんだ? 俺知らなかったんだけど」
「ガイウスってガンガン攻めるタイプだから、いつ敵地に踏み込むか分からないのよ。常に携帯しとこうと思って」
「いや、そこもだけどさ、何で睡眠薬なのっていう…」
「お前達、さっさと済ませるぞ」
「お、おう」
「え、ええ」
そう言い全員で部屋を探りはじめた。教会に関する記述がされているものを見つけるためだ。
「でも、ここって客間でしょう? そんなところに置いとくかしら」
「さあな」
「そういうところは適当なんだよなあ」
え、どゆこと?
「今日って、教会に潜入する予定だったとかじゃないんですか?」
「ああ、違う。流れでこうなった。知らないだけで、時間とは案外限られているものだ。可能な限り迅速にことを進めたい」
なんと、この人でも計画立てずにやることが...いや、立ててたけど臨機応変に対応してるのか。はじめは金で証を貰えるか確かめにきただけだしな。…違うな。金を払うなら、わざわざ証と交換しなくてもいいのか。だから今こうなっている...いや、ちょっと待てよ。
「あの、なんで俺たちこの部屋に案内されたんですか? 入信するだけだったらこんな面倒なことしなくてもいいのに」
「あいつが眠る時に言った言葉を覚えているか?」
「言葉? えっと…」
「たいぐう」とか言ってた。ん? 待遇?
「金を払ってるのは主に貴族だ。金を払ってできるのは、入信じゃなく特別な待遇を受けることだろう。教会が政府になった時にな。つまりは一種の投資なんだろうな」
何だそれ、汚さが想像を遥かに超えてきたぞ。
俺は本棚を探りながら会話を続ける。
「何でそんなことを?」
「民主派の一般国民を取り込むのは簡単なことだろう。流れた奴らを戻すだけでいい。だが、それじゃ足りないんだ。もっと権力のある階級を取り込まなければならない。つまりは貴族を取り込むためだな」
なんだよ。教会なんて言っておきながら、やってることは下衆じゃないか。
「貴族が投資するぐらい支持率が伸びてるんですか?」
「いや、伸びてはいるが、政権交代できるほどじゃない。そこが気がかりだ」
「ねえ、これ」
ユーリィが何かを見つけたらしい。テーブルの上にそれを乗せる。
「手紙?」
「議会からみたいよ」
「ふむ、男は起きそうか?」
全員が男の方をみる。
「すぴー。すぴー」
「よく寝てるわね。取引の最中に邪魔をする人はいないでしょうし、この場で読んじゃいましょう」
そう言い、ユーリィは封筒から二枚の紙を取り出した。紙には罫線が入っているが、それを無視して大きな文字が書かれている。
「すみません。読めないので誰か読んでくれませんか」
「あら、そうなの? いいわよ」
ユーリィが声に出して読んでくれた。
一枚目『そちらが独自で行っている救済だが、警護団に目をつけられた』
二枚目『こちらから手を差し伸べることはない。独自に対応せよ。場合によってはそれ相応の対処をする』
警護団? 初めて聞く言葉だ。
「これだけかよ。『救済』が警護団に引っ掛かった? どんな救済してんだこいつら」
「ふむ、いい情報が手に入った。男の様子はどうだ、ユーリィ」
「…むにゃむにゃ」
「ちょっと覚めてきたっぽいわね。案外早い。」
「座れ、お前たち」
「え、あ、はい」
言われた通り元いた席に座った。どうするつもりだろう。
「ふわぁ……あれ、寝ちゃった!?」
「大丈夫ですか? お疲れのようですね」
「どれくらい寝ちゃってました?」
「十分ほどでしょうか。起こすのは良くないと思いまして、そのまま待っていました」
「…ああ、すいません。どこまで話しました?」
そこからは『教会が政権を握ったら』という会話をずっとしていた。ガイウスの読み、バッチリだな。
やっと話が終わり、聖堂を出ると、空は青さを失っていた。日が暮れようとしている。
「時間がかかってしまったな。今日は切り上げる」
あ、そうだ。ひとつ分からないことがある。
「ガイウス」
「なんだ」
「何でお茶を飲んじゃいけなかったんです?」
「…それか。あのお茶には中毒性がある」
「え」
「一度飲むとやめるのは難しい。しかもかなり高価だ。あれが原因でホームレスになったものもいる。精霊に効くかは分からないが」
「…そう、ですか」
また、心配してくれた。未然に守ってくれた。やっぱり良い人じゃないか。
そんな甘い考えを、明日俺は捨てることになる。




