第13話 小さな教会
ホームレスの男が、白いマントを羽織った男からパンや牛乳を受け取っている。
そんなことをして何になるというんだ? 今日を生き延びることはできるかもしれないが、根本はなにも解決できていない。
「……教会の人間か? にしては地味だな」
「地味?」
「勢力を伸ばしてきていると言っただろう。宣伝のためか、最近は目立つ服を着ている。白を基調としているのに変わりはないが、もっと模様がついている。そもそもマントではないはずだが」
「じゃああれは誰です?」
「知らん。直接確かめればいいだろう」
「え」
ガイウスはそう言って白いマントを羽織った男へ歩み寄った。俺は少し距離を保ってついて行った。
「失礼、少しお話いいでしょうか?」
「ああ?」
「…なんでしょう」
ホームレスの男も反応したが、すぐに興味を無くして食料を貪りはじめた。白マントの男は少し嫌そうな顔をしながらガイウスの呼びかけに答えた。
その男はかなり若く見える。十代後半だろう。そんな若い人が食料を恵んでるのか。いや、恵んでるという言い方はよくないな。
……ガイウスって他人と話す時紳士みたいになるんだ。かなり似合ってる。
「いえ、教会に興味があるもので、あなたは教会の人間でしょうか?」
「それは、数年前にあの大きな聖堂を建てた人たちのことですか?」
「ええ、他にありますか?」
「でしたら違います。俺はその人たちとは関係ありません」
そう言いその男は足早に去っていった。ガイウスは追うことはせず後ろ姿を眺めていた。
「……行っちゃいましたね」
「アッカドたちと合流しよう」
「あ、はい」
切り替えが早く、足早に歩き出すガイウスの後ろを俺は追いかけた。
「………この国広過ぎません?」
「軍事力は一番ではなくなったかもしれないが、発展していることに変わりはない」
西の方だとだけ言われてしばらく歩いたが、まだつかないのか。今日は歩いてばかりだ。
「あ、おーーーーーーーい。こっちこっちーーーー」
遠目にアッカドとユーリィが見えた。こんなところでなにしてるんだろう。
アッカド達の元へ行くと、ある建物が目の前にあった。
「…………これって」
「な、変だろ? 見てもらった方が早いと思って呼んだんだ。なんでこんなとこにあるんだろうな」
「ふむ」
周りの建物はさほど綺麗ではない。かなり端の方に来たみたいで、この地域からは活気を感じられなく、都の周りを囲っている鉄格子がすぐそこにある。
そんな中に、あまり大きくない聖堂が建っていた。ボロボロでツタが壁一面に生えている。扉は大きく両開きで、左に男性、右に女性が一人ずつ彫られていた。
「どうやって見つけたんです?」
「喫茶店でさ、近くの席の人が話してるのを聞いたんだよ。西の端に小さな聖堂があるらしいって。その人達は冗談まじりだったけど、確かめてみたらほんとにあるじゃんか」
「ねえガイウス、教会と関係あると思う? この聖堂」
「まだなんとも言えん。入るぞ」
「え、いきなり? 大丈夫かしら」
「ノックぐらいしとこうぜー」
「……無視されてますよ」
俺たちはその聖堂の中に入った。中も外観同様年季が入っているが、掃除されているようで思ったより綺麗だった。
左右には長い椅子が並んでいて、正面のステンドグラスには人々に崇められている少女の姿が描かれている。
「誰かーーーー、お客さんですよーーー」
「ちょっとアッカド。聖堂でその振る舞いはまずいでしょう」
「平気だって。俺神様とか信じてないし」
するとその声に反応して、
「……どなたでしょうか?」
若い女性が出てきた。綺麗な金髪を三つ編みに結い、手には水の入った木製のバケツを持っていて、黒いワンピースの上にさっき会った青年のものと同じマントを羽織っていた。ユーリィと同年代に見える。
「ガイウス、あのマント、さっきの男の」
「ああ、わかっている。…失礼、少し尋ねたいことがあるのですが、お時間いただけますか?」
「ええ、まあいいですけど…」
ほんと切り替え早いな...。
「…………ククッ」
「アッカド、笑っちゃだめよ」
アッカドが笑いを堪えている。確かにこの突然の切り替えは面白い。
「お嬢さんは今なにをされていたのですか?」
「今…? 掃除をしてましたけど」
「掃除ということは、ここで働いてらっしゃるんですね」
「少し違います。信仰しているんです、ヴィアッカ神を」
「ヴィアッカ神ですか。それはどのような神様なのですか?」
「ヴィアッカ神は、この世界に魔法をもたらした神とされています」
「ほう、それは興味深い。詳しく聞かせてもらえますか?」
「ええ、いいですよ。では、ヴィアッカ神の生誕の話から…」
女性が話し始めた次の瞬間、
「あんたら、何の用だ」
後ろから声がした。さっきも聞いた声で、全員が扉に視線を移した。
「あんたら、教会に用があるんだろう? なんでこんなとこにいる」
「いえ、ここって聖堂でしょう? 教会とは関係ないのですか?」
「ないよ」
男は言い切った。
「信仰する神様が違う、ていうかまず、教会はなにも信仰しちゃいない。さして貧しくもない奴らに食いもんばら撒いて、人気を集めてるだけだ」
「人気を集める? 何故そんなことを」
「あそこは議会が支持を集めるために作ったんだ」
「議会が支持を集めるため? はは、おかしなことを。どうしてそうなるんです?」
全くだ。民主派の人々が教会支持派に流れてることが問題なのに、それじゃあ辻褄が合わない。ガイウスはうまく話を繋げている。これなら聞き出せそうだ。
「教会ができたのは三年前だ。その時期になにがあったか覚えてるか?」
「三年前というと、ゴッデスの軍がアトラスと衝突して、敗走した年ですね」
「そうだ。その時は王政派はまだ七割以上の支持率を保ってたんだが、最弱の国に負けて信用を失ったのと民主派の動きが活発になったことで、王政派の支持率は一気に下がったんだ。なんでまだ政権を握れてるんだろうな」
あれ、アトラスって最弱だったのか。そりゃ信用も落ちる。
「ふむ、そのあたりは私も知っていますが、なぜ教会を作ったんです?」
「民主派の活動だけで支持率を得るのには限界があったんだ。結構過激なのが問題でな、今も分裂しかけてるし。そこで『神様の救済』を謳って支持を集めようとした。だいぶ怪しいけど、人々の願いを人為的に叶えて支持を集めていったんだ。偽物なのに、信じる奴は信じちまう。んで、信仰してくれてる人に民主派を勧めた。『この国を救うには民主派に属さなければならない』ってな。結構単純だろ。まあ中にはただただ教会を支持する奴がいて、勢力になっちまったんだけどな。『神による政治を求む』って」
「なるほど、興味深い」
その話本当か? 単純すぎる。
「願いを叶えることで支持を集められるなら、別に神様を使わなくてもいいんじゃないかしら?」
「いや、民主派の『人間』相手になに願うんだよ。願うってのは人間の我欲が出るもんだし、願う共通の対象が必要なんだ」
願いを叶えることで取り込むって言ってたな。この世界には魔法があるのだから、願いも俺が考えてるより壮大なのが多いのかな。
「食いもんはそん時から配ってた。貧困層を取り込んだんだ。ほんとに貧しい人は切り捨てるくせに。最近はでかい聖堂を建てやがった。それっぽい彫像とかも一緒にな。でも、それが裏目に出始めた」
「と言うと?」
「教会の役割を任された奴ら、案外野心家だったんだ。民主派に流さなければ、教会が勢力を拡大できるじゃねえか。神による政治を謳えば、好き勝手できる。まあ支持率が半分にも及んでないから、まだ政権は握れないだろうけど」
「…なるほど」
どこの人間も上に立ちたがるもんなんだな。政治に失敗すれば『神なんていなかった』なんて言われて一気に堕ちるだろうに。
「どうしてそんなに詳しいのですか?」
「あ?」
「いえ、教会って今は入るのが難しいのだとか。昔に入ったのでしょうか? にしては攻撃的な物言いだと思うのですが」
ガイウスが踏み込む。気になるところだ。関係者かもしれない。
「…最近まで俺も教会んとこにいたからよ」
「どういう意味でしょうか」
「そんままだよ。ここを手本にしようとしたんだ。なにも知らない奴がいきなり『神様の救済』なんて謳ってうまくいくと思うか? 誰かから学ばねえと無理だろ。そこで、俺たちを利用したんだ」
利用した。嫌な言い方だ。
「まずは服装や建物から。まあ今の服装は酷いもんだけどな。んで、信仰の形とか。何時に祈りを捧げるかとか、食べ物に関する決まりとか。これはまんまだ。んのくせに、俺らとは別の宗教だって言い張りやがる。そっちの方がこっちとしてはありがたいけどな」
「なるほど。証については何か知りませんか?」
「ああ、それな。教会の奴らも渋々発行してたよ。手に入れる方法は二つある」
二つ? 初耳だ。
「一個は入信者に紹介してもらうのと、もう一個は向こうの要求を呑むこと、要は金だ」
汚え。
「ただし金のほうは公表してない。イメージが下がるからな。知ってるのは俺と、貴族の入信者だけだ」
「なるほど。沢山の情報ありがとうございます」
「お前らがなにしようが勝手だけどよ、もうちょい優しく生きた方がいいぞ」
「はい?」
急に話題がぐりんと変わった。
「道端でしか暮らせない奴を見捨てるなんて、お前ら冷たいよな」
「………」
なんだそのことか。
「手を差し伸べるだけじゃ、なんの救いにもならない」
俺は青年に向かって強めに言い放った。
「んだと!?」
「まあまあ、落ち着いて。誰かを思いやることは素晴らしいことだわ。でも、誰しも考え方の違いはあるでしょう?」
「…………っ」
男はユーリィの言葉で踏み止まった。わざわざ喧嘩を売る必要はなかったかもしれない。選択を間違えた。
「用件は以上ですか?」
金髪の女性が聞いてきた。もしやこの男に用があったのか? 待たせてしまった。
「はい、ありがとうございました」
俺たちは聖堂を後にした。外に出ると、
「狼さん、わざわざ喧嘩を売る必要はないでしょう?」
ユーリィに叱られた。
「すいません……」
「気をつけてね」
俺は深く反省した。しかし、ガイウスは何故か何も言わなかった。
「遅かったな」
「ああ、食いもん配ってた」
訪問者が去った後、白いマントを羽織った二人の男女が話している。金髪の女性はかなり砕けた話し方になっていた。
「………今の男」
「どうしたフレア?」
「いや、あの紳士ぶった男、あまりいい噂を聞かない」
「ふーん」
「教会の人たちが危ないかもしれないな」
「は? 別にいいだろ、どうなったって」
「馬鹿なことを言うな。どうなってもいい命などない」
「命?」
「……いや、なんでもない」
その女性の瞳が、炎のように光った。




