第121話 報酬
夜になった。
俺はそこそこ綺麗になった金属の輪っかを持って、また屋根の上に寝転がっていた。
輪っかの内側には文字がびっしりと書いてあった。全文の解読も含めてなかなか時間がかかった。内容はこう。
『最愛なるアルフレッドに捧ぐ。お前はその眼の使い方が下手くそだからこれを作った。魔力で大きさを調整しながら、肌身離さずつけておけ、馬鹿が』
いやーまさか『アルフレッドに捧ぐ』から『馬鹿が』なんて暴言に続くとは思わなかったよね。というかトリセツっぽいし。ちなみにまだまだ続きます。
『私たちは失敗した。全ての文明が滅び、全ての生態系が無に帰すだろう。だがお前は消えない。生態系に組み込まれていなければ、文明の一員でもないお前は……お前だけが希望なのだ。よってこれを託す。お前の未来に、溢れんばかりの幸福が在らんことを』
こっちの方が内容が多いが、上の前半とこの後半は、字体が異なっていた。具体的にどう異なっていたかというと、前半は丁寧、後半は書き殴られてる感じだったのだ。どう考えても後半は後から足されたもの。
生態系やら文明やらが滅ぶっていうのは、人と他の生物が滅ぶってことかな。ってことは、ずっと前に今のリヴァイア辺りで暮らしてた人のものなんだろう。カカトカバネが持ってたし。
「アルフレッドねぇ……」
この世界では聞き覚えがない。なんとなく耳によく馴染む感じがするが、前いた世界なら全然ありそうな名前だし。誰なんだろうなぁ。
魔力で大きさを調整しろと書いてあるが、やり方が分からなかった。なので大きさは受け取った時のまま、微妙である。
「なんでもいいや」
考えるのに疲れてしまったので、星空を見てゆっくりすることにした。
この景色には随分とお世話になった。今でもこの満点の星空を見ると、あの時の暗く沈んだ心情を鮮明に思い出すことができる。実際、今も思い出していた。
「ここにいたか」
「へ? ……ガイウス」
ガイウスが屋根に上がってきた。どうやら俺を探してたみたいだ。
「もうすぐ晩飯が出来る」
「あ、はい。……」
「行きます」とは、まだ言わないでおいた。どう考えても絶好のチャンスだ。
「あの……ご飯の前に、少し話をしませんか」
「……いいだろう」
どんな話か聞いてこないあたり、分かってるんだろうな。じゃあ俺も前置きは省いて、鋭く切り込んでしまおう。
と思ったが、流石にそれは気が引けた。そこまでの勇気は俺にはなかったから、別の話題から入ることにする。
「昼の会議のことなんですけど」
「どうした」
「フレアとカルディアの存在を明かす目的、本当に魔眼の話題性だけですか?」
「……嘘を言ったつもりはない」
ガイウスは俺の横に静かに座って、空を眺めることはせず、頭を垂れながら語り始めた。
「だが、そうだな……あえて別の理由を挙げるとするなら……」
ガイウスはしばらく考え込んでいた。多分、はっきりと言葉にして考えたことがない事柄なのだろう。聞かれて初めて、なんとなく思っていたことを正確に言語化しているような感じがする。
「……フレアとカルディアは、国のために尽力した。自分を犠牲にしながら、大義名分もないだろうに、ひたむきに努力していた」
カルディアに関してはよく知っている。魔眼を持っているという理由だけで領主の役職を押し付けられ、それでも自分なりに領主として国をまとめ続けた。結果として政権が変わることになっただろうけど、それは多分時間の問題だった。彼女はとても頑張った。
フレアに関しては、はっきりと耳にしたことはないけど、きっとそうなんだろうなと納得してしまった。それが多分、トラウマのような深い傷にもなっているんだろうけど。
「方法の善し悪しはこの際重要ではない。見るべきは、二人は幼いながらも国のために身を粉にしていたということだ。だが、ゴッデスの人間は誰も“見なかった”」
「………」
この時点で、ガイウスの言いたいことがなんとなく分かてしまった。でも一応、ガイウスの口から最後まで聞いておきたいと思った。
「それどころか、不本意に押し付けられた役割を懸命にこなす若者を見て責め立てる始末だ。同じ人間として恥ずかしい」
「それが、今回のことにどう繋がるんです?」
「……お節介な話だが」
ガイウスはゆっくりと顔を上げて、星を見た。
「あの二人はリヴァイアでもよく尽力してくれた。……なら、それに相応しい賞賛があってもいいだろう」
予想と大体一致した回答を聞けて、ちょっと満足だった。
「やっぱ優しいですね、ガイウスは」
「さあ、どうだろうな」
「実際どうでした? 街の人の反応は」
「お祭り騒ぎだった。久々の薄着に喜びながら、二人にも沢山の感謝を送っていた」
これで農業も再開できるだろうと、ガイウスはちょっと嬉しそうに言った。
「……これはお前にも同じことだ、アラタ。可能なら、お前もリヴァイアの国民たちに会わせてやりたいが……」
「俺はいいですよ。自分ではそこまで貢献できた気しませんし……」
そこまで言って、意味ありげに黙ってしまった。まああるんだけど。
「どう思ってますか」
ちょっと不自然だったけど、タイミング的に俺の言いたいことがよく伝わったはずだ。俺の質問にガイウスはしばらく黙っていた。やがて口を開くと、
「俺から言うことは……本当に殺した俺からお前に言えることは、何一つない」
びっくりするほど後ろ向きの発言が飛び出してきた。
「お前は気にしているのか」
「そりゃあ気にしますよ。色々な人の気持ちを踏みにじって、一人で気持ち良くなってたんですから」
「本当にそうか?」
「……たぶん、そうなんですよ」
後ろ向きなのは俺も同じだった。
「俺にはそうは見えない。お前は信念をもって怒ったのだろう。あの少年のことを深く考えていたお前にとって、その怒りは正当なものだ。ほんの僅かに道が逸れてしまっただけで」
「みんなそう言ってくれます。優しいから。でも、フォード君が止めてくれなかったら今頃俺は……」
それ以上言葉を続けるのは憚られた。
「気にしすぎだ、アラタ」
「え?」
ガイウスは俺を見ながら、優しく言う。
「誰もお前を責めていない。自分で許せないだけだろう」
「そう……ですね」
ド正論。返す言葉が見つからない。
「お前の二度目の人生はまだまだ長い。第一、殺そうとしただけで、殺していない。殺意を抱く経験なんぞ誰にでもあることだ。気に病む必要はないだろう?」
「そう言われるとそうかもしれません。でも、俺が気にしてるのはそこじゃなくて……」
ここから先の、もう一歩踏み込んだことは誰にも話していない。胸の内に秘めて、一人で消化しようとしていた俺の感情。
「……俺は多分、人を殺せるんだ」
独り言みたいに呟いた。
あの時の俺は驚くほど殺意に純粋だった。サラさんは死ぬべきだとして疑わず、真っ直ぐ殺そうとした。その感覚を今でも覚えている。
「それが嫌なんですよね……」
「……それも、心配する必要は無いと思うがな」
「え?」
ガイウスは話を終わらせる気のようだ。立ち上がっておれに背を向けた。
「ど、どういう意味で?」
「お前を支えてくれる人間が、既にお前のそばにいるのだろう?」
「………」
何故か真っ先にカルディアの顔が浮かんだ。どこか気恥ずかしくて、顔をぶんぶん振った。
「一人で生きる必要はない。そう教わったのだろう」
早めに降りてこいと言い残して、ガイウスは家の中に戻って行った。
(……なんでカルディアが真っ先に思い浮かんだんだろう?)
彼女にブチ切れられたのを思い出した。あの時のカルディアは、失望もあったろうけど、きっと俺のことを思って怒ってくれたのかな。
「……案外大丈夫なのかもな」
一人でないのなら、きっと大丈夫だ。
「おーい! アラタ!」
急に玄関の方からカルディアの声が聞こえてきて、体がビクッと跳ねた。
「な、なんだよ!?」
タイミングが悪かったから、キレ気味に返事をした。
「ば、ん、ご、は、ん!! 君待ちなんだけどなぁ!?」
「あ、ごめん。すぐ行く!」
俺はすぐに屋根から降りて家に入って食卓についた。
今日の食卓の空気はここ一週間と変わらない。貰った食材でアッカドが絶品を作って、コラブルとカルディアと俺がやたらギャーギャー騒ぎながら食事を楽しむ。それをくどいと思ったこともあったけど。
「おいデブ! 肉ばっか食うな! 貴重なんだぞ!?」
「早いもん勝ちっす」
「俺の分やるから怒るなよ」
「子供扱いしないで欲しいね!」
カルディアは文句を垂れながらも、俺がよそった肉を大人しく頬張った。
「あ、おいしいね」
「はは、そうだな。……うん」
今日はなんだか、とても心地が良い。