ウサギの話 2回目
「ふぅぅぅぅ……」
一匹の人型のウサギが、荷物の整理を終えた後、満点の星空を見上げて深く息を吐いた。
「何してたのぉ……?」
灰色の瞳をした少女が、目を擦りながら話しかけた。
「あれ、起こしちゃった?」
「ううん、なんだか眠れなくて」
「そっか。まあ仕方ないね。あんなものを見た後じゃあさ」
「うん……あんな大きい……なんて言うのかな? ……とにかく、あんな大きいの初めて見た」
彼らがいるのはついさっき生まれた大樹の中腹。周りに生き物の気配はない。葉の間から差し込む月光が、少女の真っ黒なイヤリングを淡く照らすだけで、他に目立つものは何もない。
「彼ら、あれのことなんて呼んでたっけ?」
「えっとねー……『ケイオス=リヴァイア』だったよ、たしか」
「なるほど、ケイオス=リヴァイアか。いいね、他のにも使えそうだ」
ウサギは服を脱いで身軽になって、巨大な木の枝の上に寝転がった。
「僕もそろそろ寝る。君も早く寝た方がいい」
「ちょっと待って」
「ん?」
「他のって……なんのこと?」
「ああ、気にしなくていいよ。いずれ分かる」
ウサギは少女に真面目に取り合うつもりがなかったようだ。少女がムキになったのは言うに及ばないだろう。
「ねえ、もうちょっとはなそ?」
「……眠くないの?」
「フィルのせいで覚めた」
「うーん、なら仕方ない。名前は呼ばないようにしてね?」
「うん」
ウサギは少女に近寄り、横に座った。少女は毛布で体を覆い、手で遊びながら話し始めた。
「リヴァイアに来たのって、あの人たちに着いてきたからでしょ?」
「……そうだね。よく見てるじゃないか」
「バカにしないでよ。それくらい分かるもん」
「ごめんね。で、それがどうかしたのかい?」
少女は聡くはないが、感が鋭かった。
「あのオオカミさんが、……ウサギさんの仲間なんでしょ?」
「うん」
「なんで遠くから眺めるだけなの? 仲間なら会っちゃえばいいのに」
「いやいや、今会ってもしょうがないよ」
「ならどうして追いかけてるの?」
「簡単なことだよ」
ウサギは悪戯に笑った。
「会うタイミングを見極めてるのさ」
「……ほんとに?」
「本当だよ。僕だって多少はもどかしい」
ウサギは空で煌めいている星をぼんやりと眺めた。
「ああ……早く会って話がしたいなあ」
「でもオオカミさん、ちょっと怖いよ」
「怖い?」
「だって、さっき凄い暴れてたもん」
「……暴れてた?」
ウサギは視線を少女に戻した。
「どこで」
「ここからは見えない。反対側の遠くで」
「ど、どんな様子だった?」
「うーん……」
少女はしばらく考え込んだ。一つ、重要なことを思い出してウサギに伝えた。
「マガン、持ってた」
「……マガン……魔眼だって!?」
ウサギは立ち上がって少女の肩を掴んだ。
「ち、ちょっと……?」
「どんな魔眼だった? 色は? 雰囲気は!?」
「ええっと、色は赤で、雰囲気は……とにかく怖かった」
「炎を操ってた?」
「ううん、なんか光ってた」
「……おかしい、おかしいぞ!」
ウサギは焦った様子だった。少女はついていけないようで、ウサギの独り言を黙って聞いていた。
「魔眼は七つのはず……なんでアラタが持ってる? 数が合わない。全部で八個ってことに……」
ウサギはそこまで語って、黙った。
「……フィル?」
「まさかね……そんなはずはない」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと予想外だったけど、時間をかけて考えればいいことだ」
ウサギは少し険しい表情をしていた。顔を少女に見られないよう一歩前に出た。その時、風が強く吹いた。重く冷たい、心地の悪い風だった。
「……今日はもう寝よう」
ウサギは少女の返事を聞かずに、先ほどまで少女が眠っていたテントに入り、一人で横になった。
「おやすみー」
「うん……おやすみ」
少女は目を擦りながらウサギに続き、適当に横になった。
「ねえ、フィル」
「ん?」
横になった後、少女はまた口を開いた。我慢が効かないようだった。
「私はどうしてフィルと旅をしなきゃいけないの?」
「……嫌になったのかい?」
「ううん、もっと素敵なことがしたいの」
「それは難しいね。君の魔眼は特別に凄いやつだ。その存在が世に知られたらどうなると思う?」
「わかんないよ……」
「戦争が起こる」
ウサギは躊躇しなかった。
「君の存在が世間にバレたら、素敵なことなんて起こり得ないんだよ」
「…………」
「だからどうか、僕との旅で我慢してね」
そこで会話は終わった。少女は泣きながら眠りについた。ウサギは少女が眠った後、その涙を静かに拭っていた。
1年以上間が空いたので、6章前にこれまでのあらすじを載せようと思います。