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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第117話 葛藤、後に

「来たぞ」


 ガイウスは右手で杖をつきながら、入り口の段差を登った。


「お待ちしておりました。ジルクラック様……いえ、ジルクラック・キリングは二階の応接室にいます」

「呼んでおくよう言った者は?」

「レン君に警護団、全身既に揃っています」

「分かった。感謝する」


 ガイウスはアッカドとアグリクトに来ていた。狼が目覚める前に荒事を済ませるためである。


「お体の方は、大丈夫なんですか?」

「問題ない」

「そうは見えませんが……」


 アグリクト職員はガイウスの全身を見た。左腕は肩からかけられた三角巾に乗せられている。右脚を引きずり、片眼には眼帯、頭には包帯が巻かれ、明らかに満身創痍だった。


「問題はない。心配にも及ばない」

「さ、左様ですか」


 ガイウスとアッカドは真っ直ぐ二階の応接室に向かった。


「失礼する」


 ノックもせずにアッカドが扉を開いた。中では、武器を構えた男数人が部屋の端に立っており、長椅子に腰掛けている巨漢を睨みつけていた。

 その巨漢と向かい合って座っている青年が一人。俯いて、決して巨漢の顔を見ようとしなかった。


「遅くなった。早速始めよう」


 ガイウスは青年の隣に座った。アッカドはその背後に立った。


「ジルクラック・キリング。今から何を行うか分かるか」


 ガイウスが鋭く切り出す。ジルクラックは穏やかな顔で返した。


「分からないな」

「……この期に及んでシラを切るか。流石の俺も驚き呆れる」

「用件はなんだ? 俺も暇じゃないんだが」

「サラ・キリングのことだ」


 ガイウスがそう言った途端、ジルクラックは顔を上げて静止した。


「これで分かったか?」

「………ああ、そうか。分かった。そういうことだな」


 ジルクラックは全てを察したようだった。


「人狼があんたらの仲間だった訳か」

「その通りだ」

「まさか人外だとは思わないからな……油断していた。大きなヘマをした覚えはないが、いつから俺に目星をつけていた?」

「カルヴァスが死んだ時からだ」


 レンの体がピクついた。依然俯いたままである。


「思いの外早いな。何が怪しかった?」

「カルヴァスが襲われたと言った時、お前は『誰に?』と聞いた。あの場では、カカトカバネに襲われたと思い至る方が自然だった。初めから人の仕業とは考えないだろう」

「……覚えがないな。無意識のうちにボロを出していたか」

「次に、地下の街でのことだ。お前は以前にもあそこに行ったことがあるな?」

「ああ、ある。何故分かった?」

「白骨を見て何の反応もないとは、おかしな話だと思わないか」

「あんたらは平然としていただろう。何が違う?」

「何もかもが違う、大きく違っているぞ、ジー。俺たちは普通に働いて金を稼いで、それなりの幸福を謳歌してきた訳ではない。貴様とは違う」


 ガイウスは金色の瞳でジルクラックを見据えている。ジルクラックは動揺を見せることなく、淡々と応じ続けていた。


「そもそも、お前は都合が良すぎた。サラ・キリング襲撃時に貴様は必ずいなかった。アッカドよりもお前を殺す方が容易いだろうに」

「傷つくな。そんなに弱く見えるか?」

「強者には見えない。体も心も」

「……そうか」


 ガイウスは片眼でジルクラックを睨んだ。


「既に確信は得ているが、改めてお前の口から聞いておこう。お前はサラ・キリングの夫だな?」


 ジルクラックはさほど口籠らなかった。


「ああ、そうだ」

「彼女の死体調達を手伝った。相違ないか?」

「ああ、ないとも。あんたらが生きていることには驚いたよ。相手はもう少し選ぶべきだった」

「ま、待ってください」


 レンが初めて顔を上げた。ひどく怯え切った顔だった。


「領主様が人殺しを手伝った? そ、それじゃあ、カルヴァスさんが死んだのも領主様の所為なんですか?」

「その通りだ、レン」

「あなたは………あなたは!!」


 レンは勢いよく立ち上がり、顔を怒りに震わせながら怒鳴り始めた。


「カルヴァスさんを殺しておきながら、平然と僕のことを励ましてたんですか!?」

「殺したのは俺ではない」

「同じことですよ! 僕はあんなに辛かったのに……あなたは平然としていた! 僕を励まして笑っていた! 自分にできることをやるしかないって言っておきながら、あなたの所為でカルヴァスさんが死んだ!」

「そうだな。申し訳ない限りだ」

「あ、あなたは……あなたはっ!!」


 レンはジルクラックに殴りかかろうとした。アッカドがそれを諌めた。後ろから肩を掴み、無理矢理座らせた。


「落ち着けって。シバくなら言葉でだ」

「………すいません」


 レンは再び俯き、黙ってしまった。


「認めたとなれば、これ以上の問答は必要ないだろう。お前を勾留する。何か文句はあるか?」

「文句か……文句なら、ないこともない」

「……なに?」


 予想外の返答だった。ジルクラックは勾留されることに対して、文句があると言ったのである。


「俺、それとサラのことを何も聞かずにすぐ引っ捕えるってのは、少々残酷なんじゃないか」

「あまり喧嘩を売ってくれるな。いずれ買うぞ」

「なら、俺たちの話を聞いて欲しいが。俺とサラ、それに……俺たちの子供、ラックのことだ」

「……いいだろう」


 ガイウスは聞くことにした。








 元々ラックは体が弱かった。幼い頃からよく病にかかったよ。熱を出して寝込むのなんてしょっちゅうだった。そういう時は、サラと交代しながら看病してやった。大変だった……だが、苦ではなかった。愛しかったよ。これでも俺は父親だからな。


 あの子が十四になった年だ。ラックは重い病気にかかった。命に関わるものだ。

 体と魔力が同時に衰退していくんだ。原因は不明。名高い医者に見せても治せなかった。ゴッデスの医者に見せたこともある。結果は変わらなかったがな。


 ラックの寿命はざっと見積もって一年弱だった。短い……あまりに短い。俺はやるせない気持ちになった。俺にできることなど何もなかったからだ。


 だが、サラは違った。


 彼女はその時から既に魔法使いだった。俺と出会った時から既に、優秀だった。故に彼女は立ち上がった。


 治癒魔法が使える訳ではない。その素質は彼女にはなかったし、既に別人が試して失敗していた。彼女が扱えるのは地魔法だ。だから彼女は、薬草を作ることにした。


 魔力が体に影響を及ぼすことはよくあるらしいが、その逆はあまりないと言っていた。だから彼女は、ラックの魔力を治癒しようとしたらしい。食べ物の力で、体の内側からな。


 チャンスは一度か二度だ。それから彼女は睡眠時間を限界まで削って、薬草の開発に専念した。一人ではない。彼女はリヴァイア中に協力を募った。そこで一つの団体が声を上げた。


 リヴァイアの中では大きな、唯一の団体だよ。その名をアグリクトという。


 アグリクトっていうのはな、かつては団体も指した。俺たちがいるここが本拠地だったんだ。リヴァイア内外の作物の流通管理や、栽培に関する研究を行っていた。彼らが改良した品種も多くある。


 サラの開発は順調だった。彼女も驚いていたよ。あの調子でいけば、ギリギリ間に合うはずだった。


 実際、完成はした。サラは雑草を改良して薬草を作った。その薬草を食わせれば、ラックは壊れた魔力を自然と体の外に追い出して、回復し始めるはずだった。


 食わせてみたらどうなったと思う? 治らなかった。逆だ。


 死んだんだ。衰弱が加速して死んだ。


 サラはうつになった。布団の中にこもって出て来なくなった。毎晩泣いていた。俺の励ましは意味をなさなかった。


 俺は真相を探った。魔法の類でサラが失敗したことなどなかった。少なくとも、彼女は成功を確信していたのだからな。


 そして一年が過ぎた頃、俺はある情報を耳にした。アグリクトが最近妙なモノを売って回っていると。


 俺は直接アグリクトに事情を聞いた。そのモノとやらに、どことなく見覚えがあったからだ。気のせいかもしれんが、確かめるのが早い。寄り道はしなかった。


 アグリクトの連中は話してくれた。彼らがサラの薬草を改悪し、茶葉として売り出したことを。そもそも、彼らはそれが目的でサラに協力したそうだ。金に困ってたらしい。サラなら中毒性のあるものを作り出せると踏んでのことだった。実際、サラはアグリクトの思い通りに動いてしまった。


 サラの開発は利用されたんだ。アグリクトの連中はサラの薬草に小細工をし続けて、魔力を追い出す薬草ではなく、魔力を壊す麻薬を生み出した。サラはそれを薬草だと思い込んでラックに飲ませ、ラックの魔力は完全に壊れて死んだ。

 治験をしなかったわけではない。サラが試しに摂取したモノだけが、正真正銘の薬草だった。他は全て麻薬に変えられていた。


 一言で表すなら、アグリクトの連中のせいでラックが死んだんだ。


 俺はこの事実をサラに伝えた。伝えるべきではなかった。


 そこでサラは決定的に狂った。アグリクトの連中を皆殺しにした後、ラックを生き返らせることに躍起になった。







「そこからはあんたらが思っている通りだ。サラはまずカカトカバネで実験を繰り返し、次に人で試した。俺はその手伝いをしていた訳だ」

「……つまり何が言いたい」

「アグリクトが作った茶葉、最近はゴッデスにも出回ってるって話だ。残党がいたんだろう。さっきも言ったが、あれは人の魔力をダメにする。ダメにしてかつ依存させて、人の身を滅ぼす」

「それでは分からん」

「裁く相手を間違えるなということだ」


 ジルクラックはガイウスの瞳を見つめた。ガイウスは瞬きした後、視線を足元に逸らした。


「間違えてなどいない。お前もサラ・キリングも、間違いなく罪人だろう」

「何故言い切れる」

「ジー。貴様は何もしていない」


 そこで初めてジーは表情を変えた。目を見開いて、ガイウスを見続けた。


「励ますだの手伝うだの、全て貴様である必要のないことだ」

「俺以外の……俺以外の誰にできる!? ラックが死んで、彼女に一番近いのは俺だった! 俺以外の誰が、彼女を助けられたというんだ!?」

「そもそも助けるべきではなかったということに何故気づけない!!」


 ガイウスは立ち上がり、怒鳴った。フラついて倒れそうになったところを、アッカドが支えた。


「貴様がすべき事は、サラ・キリングを止める事だった! だというのに、何故その役割をアラタが担っている? 彼女の身に起こったことはまさしく悲劇だろう、ああそこに疑いの余地はない。故に、何故彼女が加害者になっている!? 貴様は人殺しを助けるのではなく、彼女の心を助けるべきだった!」

「それが出来たなら……出来たならとうにやっている! 出来なかった! 俺には出来なかったんだよ! だから、これが俺に出来ることだったんだ! 彼女が人を拐いやすい場所を用意し、ラックが生き返った時にリヴァイアが安泰である状況を用意する必要があった! 俺にはこれしか出来なかったんだ……!」


 ジルクラックは自分の無力を嘆いていた。ガイウスはそれを受けて何を感じたか。同情ではない。


「……ジー。無能であることに罪はない」

「は……?」

「だがな、貴様が自らを見限ったせいで、犠牲が生まれた。アラタでさえ諦めていないというのに、お前があっけなく諦めたせいでな」

「俺は、俺は……」

「無能であることを言い訳にするな、阿呆が」


 そう言うとガイウスは、ジルクラックに背を向けた。


「後は頼んだ。行くぞ、アッカド」

「あ、ああ。……おっさん、一個いいか?」


 ドアノブに手をかけながら、アッカドは問いかけた。


「……なんだ」

「おっさんよ、ガキが死んだ時、あんた泣いたか?」


 ジルクラックは俯き、ボソッと呟いた。


「サラが私の分まで泣いてしまった……」

「……そうか、十分だ。もう行く」


 アッカドはノブを回した。後の処理を警護団に任せ、部屋を出ようとした時だった。


「ジーさん、何してんだ!?」

「ナイフだ、ナイフを持ってるぞ!」

「はぁ……!?」


 突然耳に入った単語に驚き、体を急いで返した。その瞬間、血飛沫の一部が頬に飛んで付着した。


「ああ……お、おい! 誰か担架持ってこい! 医者も呼べ!」

「首を切りやがった! なんでだよ、ジーさん!」


 目の前では、ジルクラックが机に突っ伏していた。溺れているかのような呼吸で、机に血溜まりができている。

 ジルクラックは再びナイフを構えた。


「まずい、ナイフを奪え!」

「ちくしょう……!」


 アッカドは走り出し、ガイウスは障壁で腕を拘束しようとした。ガイウスの魔力は摩耗しているため、障壁を作れずに意識が揺らいだだけだった。アッカドも、惜しくも間に合わなかった。


 ジルクラックはナイフを再び首に突き刺した。少しして動かなくなり、両手が力なく垂れ下がった。


「医者を呼べ! 早く!」

「無駄だろ……もう死んでる」


 警護団の男たちは机から距離をとった。


「マジかよ、おっさん」

「はぁ……はぁ……愚か者が」


 ジルクラック・キリングが自殺した。レンは座ったまま、その頭部を見つめていた。

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