第98話 真実
「……フォード君、探したよ」
「………」
根本に赤い花が宿る木の近くで、フォード君は体育座りをして、膝の間に顔を埋めていた。ちゃんと冬服を着ているが、それでも寒そうだ。
合図を出そう。
「『炎壁』展開」
俺は右腕を炎の障壁で覆った。そして、
「よいしょっ!」
腕を空に向かって振り上げ、炎を投げた。比喩ではなく、文字通り炎壁の一部を投擲したのである。
「一回で気づくかな……」
あまりに重い空気を紛らわそうと独り言が増えてしまうが、それでどうにかなる訳じゃなかった。
「……フォード君、寒いでしょ。温めてあげるよ」
俺は出来る限り優しい声で呼びかけたが、フォード君は一ミリも動かなかった。
「……ごめん」
俺はフォード君を無理矢理抱きかかえた。そして今度は俺があぐらをかいて、膝の上にフォード君を乗せた。
「『フレイム』」
胴体の毛を燃やし、フォード君を温めた。
「熱くない?」
返事は返ってこなかった。
(……カルディアが来るまで待つか)
それ以外に出来ることはなかった。
膝の上のフォード君はガタガタと震えていた。
「お、いたいた。よく見つけたね」
「ちょっと手助けしてもらってね」
「誰に?」
「それは……今はいいだろ」
カルディアとコラブルが合流した。フレアは一足先に来ていたので、全員が揃った。
「……何かあったのかな?」
「何かはあったと思う。聞けてないけど」
フォード君は一度も顔を見せてくれていない。だが、それもここまでだ。
「聞くよ、フォード君」
「………」
「なんで出歩いたりしたの。寒いし、危ないだろ。君は何がしたいんだ」
「………」
「黙ってちゃ分からないだろ。俺はエスパーじゃないんだから」
「………」
少し強めに出たのだが、フォード君は答えてくれなかった。
「……俺は君の味方だからさ、なんでも話してくれよ」
俺がなんとなくそう言うと、突然フォード君の体がピクンとした。
「……守ってくれる?」
「……うん。守るよ」
「………から」
「え?」
フォード君は俯いたまま、早口で言った。
「怖いから」
「……何が怖いの?」
「お母さんが怖い」
「……ちょっと待ってね」
それは流石に予想できない。お母さんが怖いから? 話が変わってくるぞ。
「ぼくね、お母さんのしてること、知ってるんだ。なにしてるか知ってるんだ」
「……何してるの」
「人をころしてる。そのしたいをうごかしてる」
一瞬体が震えた。俺はそれをフォード君に悟られないよう誤魔化して、フォード君の手を優しく握った。
「理由は知ってる?」
「しってる」
「教えてくれるかな」
「自分の子供をいきかえらせたいから」
子供を生き返らせたいから……? でも、ここにいるじゃないか。生きてるじゃないか。
「……フォード君の他にいたってこと?」
「ううん、そうじゃなくてね。……ぼく、本当の子供じゃないんだ」
今度は臓の奥辺りに何かが詰まった感じがした。それはなかなか拭えなかった。
いつか言っていたあの言葉……「僕が来てからは」って、そのままの意味だったのか。フォード君がサラさんのところに行った時には、もうお父さんがいなかったと。
「お母さんの本当の子供、死んじゃったらしいんだ。それが苦しくて、お母さんはいきかえらせようとしてるんだ。その実験のために、まずは魔物をいきかえらせて、それができたから、つぎに人で試そうとしてるんだ」
フォード君の呼吸が荒くなってきた。
「お母さんは子供がだいすきで、すっごくだいすきで、しゃしんを見てるときはずっとわらってて、ぼくなんか見てなくて」
「お、落ち着いて? ちゃんと聞いてるから」
「ぼ、ぼくなんかどうでもよくて。そもそも、ぼくはそういう目的で連れてこられて」
「そういう目的?」
「お、おおお母さんは」
フォード君はガタガタと震えながら、泣きじゃくりながら、それでも必死に俺に伝えてきた。
「ぼ、ぼくを、こ、ころそうとしてるんだっ」
その瞬間、俺の臓の奥に詰まった何かが弾け、やがて怒りやら憎悪やらが腹の底から噴き出してきた。
「ぼくは、ころされるためにあの家にいるんだ。ころされるためにあそこに閉じこめられて、ママのふりしたお母さんと暮らしてるんだ」
「なんで……なんで君が殺されなきゃいけないんだよ」
「最後のじっけんで、子供がひつようなんだ。ぼく、お母さんの本当の子供と似てるから、『てきにん』だって」
「そんなの……君は、なんで逃げなーーー」
そこまで言いかけて気づいた。
俺らが修行していたころ、この子は毎日のように来た。昼ぐらいから、夕方までずっと。その時間帯はおそらく家にサラさんがいなかったのだろう。
ならば、もしかしたらこの子は、毎日俺たちのところへ逃げて来ていたのか?
初めて会ったあの時も家から抜け出して、だからあんな森の中に一人でいたのか?
「今一度聞くよ。君はなんで毎日広場に来たの?」
「………その、……だから」
「もっと大きい声で」
「……お兄ちゃんがいたから」
俺。俺なのか。
「なんで俺なの」
「だって、お兄ちゃん死なないでしょ……?」
「それは……」
ああそうだ、俺はこの子に脳天貫かれるところを見られてるんだった。あの時は確か片腕もなかった。
「だから、死なないお兄ちゃんならなんとかできるかもって思ったんだ。他の人たちみたいにやられずに、なんとかしてくれるって思ったんだ」
つまりこの子は、自分なりにサラさんへ対抗する手段を考えていたわけか。ただ逃げるだけじゃなく、怯えるだけじゃなくて、自分なりに事態を解決しようと努力していたわけか。
「なんではっきり言ってくれなかったんだよ……!?」
「だ、だって、不安だったんだ。お兄ちゃんはお母さんにかてるか、わからなかったんだ。そ、それに……」
「それに、なに」
「……お兄ちゃんが辛いでしょ?」
その台詞を聞いた途端に、胸が苦しくなった。同時に、やるせない気持ちになった。
「……君って奴は」
なんて優しい子なんだろう。
俺の食べ方を指摘した時も、何かと俺が気になると言った時も、本当は「助けて」の一言が言いたかったはずなのに。それでも全てを俺に押し付けることができなくて、ずっと苦しんでいたっていうのか。
この子は毎日勇気を振り絞っていたのに、俺はそれに気づかずに、毎日適当にあしらっていたのか。
なんて情けないんだろう。
「頑張ったね」
「…うん」
「苦しかったね」
「……うん」
「俺がなんとかするよ、フォード君。全部俺たちが解決する。君が頑張った分、今度は俺たちが頑張るから」
俺は握っている手にやんわりと力を込めた。
「カルディア」
「分かってるよ。彼女が黒で確定だね」
動機が分かった。間違いない。
サラさんがネクロマンサーだ。
「証拠はあるんですか?」
「……っ!?」
突然正面から女性の声がした。俺は即座に立ち上がってフォード君を脚の裏に隠し、目の前の女性を睨んだ。
「サラさん……!!」
サラさんだった。黒いローブを身に纏い、じっとこちらを見つめて佇んでいた。
「もう一度問います。証拠はありますか?」
「今更そんな台詞で言い逃れ出来るわけないでしょ。君が死体を操ってる犯人だね?」
「………肯定したら、どうしますか?」
「『エンチャント:トリプル』!」
俺は全身を強化して、腕に炎壁を展開した。フレアは剣を抜いた。
「……なるほど、もう確信を得ている訳ですか。ではフォード、貴方に聞くわ」
「な、なに」
「いつから気づいていたの?」
「………」
「答えなさい」
「さ、さいしょから」
サラさんは目を見開き、そしてすぐに俯いた。
「最初から……そう。やっぱり私に嘘はつけないのね」
サラさんは懐から黒い何かを取り出し、それをゆっくりと顔へ運んだ。
「……貴方たちは非常に邪魔でした。フォードの近くにいられては、迂闊に手を出せない。フォードは何も知らない……はずだったから」
サラさんは手に持ったものを顔につけた。それは仮面のようだった。見たこともない、気持ち悪い装飾が施されていて、描かれている顔は人のものではなかった。
「でも、知っていると言うのなら、最早気にする必要はありませんね」
突然ローブの裾から触手のようなものが十数本生えてきた。それは各々が意思を持っているかのように自在にうねり続けていた。
「フォードは返してもらいます。そして、貴方たちの体をいただきます」
(……まずい)
戦闘だ。いつかこうなることは目に見えていた。覚悟は出来てる。でも……。
フォード君を庇いながら勝てるか? ……無茶だ、勝てない!
「『プロミネンス』!!」
俺はネクロマンサーに飛びついて、ネクロマンサーの触手と同じように炎壁をうねらせ、体を組み伏せた。
「全員逃げろ!! フォード君連れて!!」
「待て、私も」
「フレアも逃げろ!! 人じゃダメだ! 肉体ある奴はダメだ!!」
俺の必死の警告を受け、フレアたちはすぐにその場を離脱した。ちゃんとフォード君も連れて行ってくれたようだ。
「………邪魔」
「うわっ!?」
全力で組み伏せていたが、触手で無理矢理引き剥がされ、高く持ち上げられた。そしてゴミみたいに投げられた。木に激突したが、なんとか立ち上がり、炎壁を張り直した。
「……どういうつもりですか」
「見ての通り、タイマンだ!」
俺一人で制圧する。これが最善だ。
「……馬鹿な子」
ネクロマンサーは不気味に笑った。触手をうねらせ、鞭のように地面に叩きつけた。




