第95話 落とし物
「アッカド、逸るな。強敵なのだろう」
「あいつは今、ここで捕まえる!!」
「分かっている。逃すつもりはない」
「ボス、援護頼む!!」
アッカドは骨の軍勢に突っ込んでいった。全身には赤い刻印が現れ、行く手を遮ろうとする骨たちをものともせずに突破した。
その様子を見たネクロマンサーは後退した。アッカドがそれを見逃すはずもない。
「逃げんな!!」
アッカドとネクロマンサーが接触した。
「逸るなと言っただろう……!」
置いていかれたガイウスもその戦闘に加わろうとする。しかし。
「……!?」
目の前の骨の軍勢が一箇所に集まったかと思うと、合体して大きな人の上半身を形作った。そして、巨大な右腕でパンチを繰り出してきた。
ガイウスは当然障壁で防いだが、勢いで後方に吹き飛ばされた。
「ボス! ……ボス!?」
アッカドが異変に気付いた。ガイウスはどこにも見当たらない。
「……まあいい。一人でもやるだけだ……!!」
ネクロマンサーと睨み合った。相手の表情は、依然窺えなかった。
「チッ……分断されたのか」
吹き飛ばされたガイウスは、ゆっくりと立ち上がった。前方からは巨大な骨の塊がゆっくりと近づいてきている。
「……やむを得ない」
ガイウスは黒い剣と辞書よりも厚い本を取り出した。剣の柄を右手で握り、厚い本を左手に持ち、両手が塞がっている。
「こんな稚拙な戦い方はしたくないんだがな」
ガイウスは剣を道に突き立て、本を開いた。そしてすぐに呪文を唱えた。
「『ファンタズマゴリア』」
瞬間、ガイウスの周囲から金色の魔力が爆発的に溢れ出した。それは次第に大きな人を型取り、やがて目の前の白骨と同じ姿になった。
「すぐ終わらせる」
その掛け声と同時に、ガイウスの金色の魔力が動いた。右腕を引き、先刻やられたパンチと同じ動作で白骨の集合体を殴った。
白骨の集合体は非常に脆く、それだけで砕け散ってしまった。だが、これで終わる訳もなかった。
砕け散った骨が再び組み上がり、何事もなかったかのようにまたガイウスの行く手を阻んだ。
(ネクロマンサーがいる限り不死身か? だとしたら、面倒なことになったな)
ガイウスは再び、今度は左腕を操って骨の塊を殴った。
「失敗するなよ、アッカド……!」
また骨が組み上がった。持久戦が始まった。
「おい、逃げんなっつってんだろ!!」
アッカドは全く攻撃してこないネクロマンサーを相手に、ひたすら攻撃し続けていた。
そのいずれもヒットすることはなかった。当たりかけても触手で防がれるし、逃げ足も実に素早いものだった。
(速え……! 目で追うので精一杯だ…!)
やはり強敵だった。ネクロマンサーは街を駆け回り、アッカドは必死に追いかけていたが、はっきりと捉えることが出来ずにいた。
(やっぱ『枷』邪魔だな…!)
アッカドはとにかく追いかけ回しながら、ネクロマンサーに向かって叫んだ。
「おい、お前! 何が目的だ! なんで攻撃してこねえ!? 人の死体操って何する気だ!」
そこまで言った瞬間、ネクロマンサーはアッカドの方を振り返った。そして四本の触手を合成して巨大な触手を作り、アッカドに向かって真っ直ぐ攻撃を放った。
「っぶね!?」
間一髪だった。なんなら少し掠っている。
ネクロマンサーは逃げることをやめ、立ち止まった。アッカドも距離をとって立ち止まった。
両者はピタリと動きを止めた。しばらくの間睨み合った。
アッカドは感覚派であり、基本直感に従って生きているから、色恋以外のある程度のことは察することが出来た。故に。
「……お前、なんで怒ってる?」
ネクロマンサーが怒っていることを感じ取ることが出来た。
「……さない」
「あ?」
「許さない!!」
突然触手の数が増えた。その先端の全てがアッカドに向けられた。
「『許さない』ねえ……だがよ、声変えなくてよかったのか?」
「……!!」
「お前、女か」
アッカドの問いかけに答えることなく、ネクロマンサーは攻撃を仕掛けた。
(っ!? 強えし速え!)
以前にも増して熾烈。反撃の隙などあるはずもなく、アッカドは回避するだけで精一杯。
「……っ、何で怒ってんだ!? 言っとくが、俺の方が怒ってるぜ!! 許さねえからな! カルヴァスを返せ!」
アッカドはやっとの思いで反撃した。いつかと同じように、仮面を思い切り殴った。
「五月蝿い……!!」
ネクロマンサーは怯まなかった。しかし、彼女の仮面はそうもいかないらしい。
以前の一撃も響いているのだろうか、仮面にはヒビが入っていた。
(あと一発入れれば、顔が見える!)
ネクロマンサーは仮面のヒビに気づいていなかった。絶好の機会である。
「お前、人の死体操んのが目的なんだろ!? なんでそんなこと目指してる! 何がしてえんだ!?」
「……だから、五月蝿い……!!」
(今だ!)
アッカドは会話で隙を作り出した。ネクロマンサーの気が乱れ、触手の操作が雑になった。
「顔を見せやがれ!!」
「……っ!?」
アッカドは一直線に走って、仮面に飛び蹴りを食らわせた。
(どうだ!?)
すると、アッカドの思惑通り仮面全体に亀裂が入り、仮面は粉々に砕け散った。
(見える!)
そう思った。だが。
「うぐっ……!!?」
アッカドにも隙が生まれていた。それをネクロマンサーは見逃さなかった。新たに触手を一本生やし、アッカドの腹に突撃させた。
アッカドは遥か後方に吹き飛ばされた。廃墟の壁に激突し、倒れ込んだ。
「クッソ……!」
立ち上がることが出来ない。まともに鳩尾に食らい、体を起こすのがやっとだった。
「ま、待て……!」
ネクロマンサーはまたも逃げ去った。顔を見ることは叶わなかった。
アッカドは倒れたまま叫ぶこともできず、拳で床を砕いた。
「………!」
骨の塊の動きが止まった。
突然形が崩れたかと思うと、カラカラと乾いた音を立てながら骨は床に散らばった。
「終わったか」
ガイウスは魔法を解いた。剣と本を仕舞い、アッカドを探した。
「アッカド、何処だ!?」
何故か何処にも姿がない。周囲の廃墟はさらにボロボロに崩れ、戦闘の激しさを物語っていた。
(アッカドに限って負けるなどと……いや、ユーリィがいなければ有り得るか。まずいな)
ガイウスは丁寧に探し続けた。そして。
「……こんな所にいたのか。探したぞ」
アッカドがネクロマンサーと接触した場所からかなり離れた所に、アッカドは壁にもたれて座り込んでいた。
「ああ、ボスか。悪いな、捕まえらんなかった」
「いや、無事ならいい。一人では無茶だったろう」
「認めざるを得ねえなあ。素の状態じゃ勝てね」
「今後ネクロマンサーとの戦闘は避ける。アラタたちに任せよう」
「それしかねえか……」
アッカドはガイウスの肩を借りて立ち上がった。
「そういやあ、ジーのおっさんは何処だ?」
「外かもしれん」
「はあ? なんでだよ。探索してるはずだろ」
「どのみち、お前を一旦外に出さねばならない。行くぞ」
「へいへい……」
二人はゆっくりと歩き出した。
「ジー、何をしている」
「む!?」
馬車に到着すると、そこにジーはいた。
「探索はどうした」
「いや、すまない。忘れ物を探していた」
「忘れ物? 何忘れたんだよ」
「お守りだ。肌身離さずつけていたんだが、見当たらない」
「どんなやつなんだ?」
「子供が作ったもので、木の実の種と紐で作られた、小さなやつだ。かなり前に贈られて、大切にしてたんだがな……」
「地下の街に落とした可能性は」
「ゼロではないが、探して見つからなかった」
「そうか。なら、今日は戻ろう。アッカドが負傷した」
「負傷……? 転びでもしたか?」
「襲われたんだよ。ネクロマンサーに」
「ネクロマンサー……とは誰だ?」
「北の街で俺らを襲ったやつ」
「何!?」
ジーは驚いた。
「そういう訳だ。一度戻ろう」
「分かった。レン、起きろ」
「………はい。はい? あれ、寝ちゃってました?」
「気持ちよさそうにな。馬車を出してくれ。帰還する」
「わ、分かりました」
調査隊は一度街に帰還した。




