第90話 地下の街
ジーがゆっくりと瞼を開けると、目の前には緑に輝く魔力の天井があった。
体を起こすと、節々が痛んだ。特に腰の辺りを強打したらしく、すぐに立ち上がることができなかった。
「お、起きたかおっさん」
そばにアッカドがいた。彼は無傷のようだった。
「ここは、どこだ?」
「俺には分かんね。でも地上じゃないぜ」
「なに……?」
「記憶大丈夫か? 頭打ったか?」
「いや、頭は大丈夫だ」
ジーは冷静に気を失う前のことを思い出した。
「……ここは、地下空洞のさらに奥深くか」
「そういうことになるな。ちなみに落ちてから三十分ぐらい経ってるぜ。周辺の安全確認も済ませてある」
「相変わらず能があるな。見事なものだ」
ジーは腰の辺りを押さえながらやっとの思いで立ち上がり、辺りを見回した。
「これは……!?」
石製の建物がそこにあった。それも一つや二つではなく、視界にある分だけで一つの村を形成できるほどの数だった。
リヴァイア外縁の街のように住居が点在しているわけではなく、それらは綺麗に並んで立っていた。おそらくだが、街としての規模もかなり大きいだろう。
「どういうことだ。何故こんなところに……人はいるのか?」
「いねえ。白骨ならあるけどな」
「ということは、いたのか」
「そうなるな」
「ガイウスは?」
「ちょっと遠くを見に行ってる。もうそろそろ戻ってくると思うぜ」
「そうか、分かった」
ジーは後ろにある、緑に光る壁に目を向けた。それは天井と同じもので、この大きな街をドーム状に覆っていた。不透明で、向こうの様子は窺えない。
「端っこの方に落ちたのか。しかし、これは通り抜けられるものなのか?」
ジーは壁に近寄り、人差し指の先端でちょこんと触れた。指の先端は壁にぶつかった。
「無理か。ならどうやってここに入った?」
「それ、硬いっちゃ硬いけど、全然壊せるぜ」
アッカドはジーの横に並んで、思い切り緑の壁を殴った。拳は緑の壁を突き抜け、すぐ後ろにある石の壁に激突した。
「な?」
「お手本ありがとう。しかし、向こうに空間は無いのか。もしやこのドームごと地面の奥深くに埋もれているのか?」
ジーが壁に空いた穴に目を向ける。しかし、穴はもうなかった。緑の壁は何事もなかったかのように無傷だ。
「む、穴はどこにいった?」
「この壁、すぐに治るっぽいんだよな」
「それはまた奇妙だな……」
「目が覚めたか」
「ぅお!? なんだ、ガイウスか」
ガイウスが戻ってきた。
「どうだった、ボス?」
「魔物の気配はない。この空間の崩落も、緑の魔法障壁が防いでいる。安全に探索できるだろう」
「マジか? こんな場所で安全に探索できるっていうのは、それはそれで不気味だなぁ」
「運が味方をしてくれている。行くぞ」
三人は街の探索を開始した。
「にしても、変な場所だな。人がいたのは確かだろうが、いつ住んでたんだ?」
「かなり過去の話だと俺は考える。ここを保っていられるのは、あの緑の壁のおかげなのだろう? おそらくだが、ここは元は地上だったんじゃないか」
「なんでそうなるんだ?」
「元々地下だったら色々矛盾するだろう。街など作れるはずもない」
「……あー、確かにそうだな」
「しかしそうなると、数千年ほど前ということになるが、うむ……」
そこにある建物のほとんどは、既にボロボロだった。天井はなくなり、壁は崩れ、随所に白骨が転がっていた。
「人口も多かったようだな」
「……そうみてえだな」
しばらく歩くと、広場のような場所に出た。白骨も建物もなく、地面も舗装されている。
「どっから手ェつけたもんかなぁ。どうする、ボス?」
「全体を調べるのは難しいな。大きな建物の跡地を探そう。何かあるかも知れない」
三人は探索を続けた。途中いくつかの廃墟を探索したが、めぼしいものは見つからなかった。
「なあボス、次はあそこ探してみようぜ」
「ああ」
そこはこれまで見たどの建物よりも大きかった。丈夫に作られたようで、他に比べて比較的形を保っていた。
「俺あっちの方探してみるわ」
「なら、俺は向こうに行こう」
三人は手分けしてその跡地を探索した。
しばらくして。
「お? なんだこれ。おーい、なんかあったぞー!」
アッカドが何かを見つけた。呼ばれた二人はすぐにアッカドの元へ駆けつけた。
「それは……本か?」
「どう見ても本だな。でもよ、何書いてあるかわかんねんだわ」
「ほう? 見せてみろ」
アッカドはジーに見つけた本を手渡した。ジーはそれを一ページずつ丁寧に読み込んだ。
「読めんのかぁ?」
「……古語、だな」
「読めんのか!?」
「時間があればもっと詳しく読める」
驚きだった。
「どこでそんな知識身につけたんだよ」
「リヴァイアは土地の開拓も行なっているからな、稀に何かを掘り出すこともある。中には遠い過去の遺産もあるから、そのために勉強した」
「はえー……」
「役立つかは分からんが、やっと見つけたな」
「ああ。もう少し探索しよう」
三人は探索を続けた。街が大きいためにかなりの時間を要した。
「……今日は切り上げよう。空が見えないせいで、どれほど時間が経ったか分からない。長居は愚策だ」
「うむ、それもそうか。しかし……」
ジーは天井を見上げた。そこには依然緑の壁があるだけだった。
「どうやって戻る?」
「それ、俺も気になってた。なんか考えあんのかよ、ボス」
アッカドの問いかけにガイウスは答えなかった。
「……まさか、戻る時のこと考えてなかったのか? 久しぶりに見たわ、抜けてるボス…」
「なんだと……!? 一大事じゃないか!」
「あまり騒ぐな。今考えている」
「手遅れな気がするが……!?」
動揺するジーをよそに、ガイウスは一人考え続けていた。
ジーはアッカドと話し合っていた。
「出口のようなものを探してみるか?」
「いやあ、ねえだろそんなもん」
「可能性はゼロではない。それに、ずっとここにいるよりはマシだろう」
「それもそうだけどなぁ……」
「なあガイウス。とりあえず歩いてみないか?」
「……いいだろう」
良い案が思い浮かばなかったらしい。三人はとりあえず動き回ることにした。
「壁伝いに行こうぜ。出口があるとすんなら、壁近くだろうし」
「そうだな、それがいい」
三人は街の外縁を歩き始めた。ジーが先頭を歩き、その後ろにガイウスとアッカドが続いた。
「ジー、今のうちに聞いておきたいことがある」
「なんだ」
「お前、領主か?」
「……ああ」
「んん!? どういうこった?」
アッカドは置いてけぼりだった。ガイウスは構わず続けた。
「本名はなんだ」
「ジルクラック・キリングだ」
「そうか」
ガイウスは発言をやめた。
「……もう終わりか、ボス?」
「ああ」
「じゃあ次は俺から。おっさん、領主って本当かよ」
「本当だ。私は嘘はつかない」
「なんで隠してたんだよ」
「俺には荷が重いからだ。名乗ることが躊躇われた」
「……そうかよ」
「もういいのか」
「十分だよ」
そこからは、三人とも黙って歩き続けた。中途半端に舗装された地面にぶつかる靴の音だけが、ずっと響き続けていた。
外縁の四分の一ほどを歩いた時だった。
「ん……?」
「どうした、おっさん?」
「ここのところ、妙に壁が揺らいでいないか」
「どれどれ……? おお、結構グラグラしてんな」
「アッカド、殴ってみろ」
「おう」
アッカドは緑の壁を思い切り殴った。すると、揺らいでいる部分が丸ごと砕け、空間が現れた。
「マジかよ……」
「行くぞ」
「お、おう」
三人は現れた道をしばらく歩いた。来る時と同じように傾斜がキツかったり、大きな段差があったりしたが、三人は淡々と進み続けた。
一時間ほど経って。
「………流石に運良すぎねえか?」
「ツイてる日に来て良かったな」
三人は外に出ることに成功していた。入った穴からかなり離れた場所に出たようだ。
「馬車の位置はわかるか、ジー」
「ああ。この辺り、見覚えがある。まさかこの穴があんなところに続いてるとは思わなかったがな」
「ならさっさと戻ろうぜ。日も暮れてきてるし、あいつ心配してるぞ」
「そうだな。急ごう」
三人は馬車に向かって歩き出した。




