第10話 答え合わせ
エルリアを頼りに森の中を歩いていく。男たちは怪しい動きを見せることもなく黙ってついてきていた。「ガキにゃわかんねえか!」とか悪っぽいことを言っていたのが急に大人しくなると、それはそれで違和感があった。
「ねえおにいちゃん、きいていい?」
「いいよ。なに?」
エルリアが俺に聞きたいことがあるようだ。なんだろ。心当たりはいっぱいあるけども。
「おにいちゃんって、狼さんだったの?」
「あー、うん、そうみたいだね」
今の自分は人型の狼、言わば『人狼』だろう。普通の人なら怖がりそうだけど、この子は全然怖がらないな。疲れてるからか?
「おにいちゃんは、なんでわたしの中にいたの?」
「それは、ごめん。分かんない」
こればかりは本当に分からない。でも一つ言えるのは、エルリアに尻尾と耳が生えてる状態、あれは俺とエルリアが何かしらの形で合体していたのだろう。
「そこ左、まっすぐいったらつくよ」
「わかった」
この子には助けられてばかりだ。合体した相手がエルリアじゃなかったら俺は今頃死んでいたかもしれない。でも、この子はちょっと大人び過ぎているな。どういう教育を受けたんだろう。
そんなことを考えているうちに、見覚えのある場所に着いた。
「ついたね」
「うん。本当にありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
やっと帰ってこれた...今何時ぐらいだろう。まだ夜は明けそうにない。エルリアを休ませてやりたいが...。
「…………マジか」
家の中から明かりが漏れている。起きている。
なんて説明しよう。男たち連れてきちゃったし、エルリアボロボロだし、まず俺のことなんて言おうか…。
「はいらないの?」
「ああ、うん。入るよ」
もうどうにでもなれだ。この際その場のノリと勢いで乗り切ってやる。ええい!
勢いよく玄関の扉を開けた。すると食卓には、アッカド、ユーリィ、ガイウスの三人全員がいた。
「………エルちゃん、どうしたのそれ!?」
ユーリィが焦った様子で歩み寄ってきた。
「あと誰よあんた!!」
「あああの、その」
まあこうなるよね...これ、俺がエルリアに怪我させたって勘違いされるのでは? そうなると面倒だな、急いで説明しなければ。
「エルリアと入れ替わっていた者です! あ、入れ替わってた訳じゃなくて、乗っ取ってたっていうか」
「あんた、エルリアの中にいた?」
「はい、そうです」
分かってもらえるか?
「じゃあ今この子はエルちゃんなのね。あんたがエルちゃんに怪我させたの?」
「いや、それは後ろにいる男たちが……」
「はぁ? あんた連れてきたの!? 何考えてんのよ!」
「いや、殺すわけにはいかないし、逃してもどうなるかわからないみたいだし、連れてくるしかなくて…」
「……そう。どうする、ガイウス?」
「全員入れろ」
「正気?」
「ああ、目の届く場所に置いといたほうがいい」
そう言い、俺と男たち八人は中に入れてもらえた。エルリアはユーリィに強引に奪い取られた。言ってくれれば大人しく引き渡すが、今の自分なら警戒されて当然だ。
「お前は座れ」
「…はい」
俺は椅子に腰掛けた。あれ、この椅子こんな小さかったっけ。自分がでかくなったからテーブルも小さく感じる。男たちは俺の後ろに立たされていた。そこそこの多人数が俺の後ろに立たされているので、なんだか恥ずかしくなった。
アッカドとガイウスも俺の向かい側に座った。
「説明しろ」
「は、はい」
威圧感がすごい。早く警戒を解きたい。
「えっと、夜に目が覚めて、なんとなく夜風に当たりたくなって外に出たら、エルリアの後ろ姿が見えて」
「……何を言っている」
「ああ、その時は俺はまだエルリアの体で、自分の体がエルリアのはずなのにって思って、後を追いかけたんです」
「どこまで追いかけたんだ?」
アッカドが口を開いた。みんな怒ってる様子だ。
「も、森の、深くまで…」
「…馬鹿だろお前」
「本当にすいません…」
今考えれば本当にバカなことをしたと思う。俺はここら辺の事を何も知らないというのに、後先考えずに動いた結果がこれだ。
「お前はいつそうなった」
またガイウスのターンが来た。この男、やっぱり怖い。
「男たちに蹴られてる時に、エルリアが『一緒に生きよう』って言ってくれて、それに答えたら力が湧いてきて、気づいたら…こんな感じに」
「ああ? 何言ってんだお前」
「ええっと、その」
焦って頭の中がこんがらがって、うまく説明できなかった。
「…まあいい。とりあえず全員ついてこい。地下牢に入ってもらう」
「え」
「当然だろう。後ろの奴らはもちろん、今のお前も全く信用できない」
「……はい」
そうして俺と男たちは牢屋に入れられた。でもまさか、入り口が俺が使ってる部屋にあるとは...壁の特定の場所を押すと床が開く仕組みだった。
牢屋の中はジメジメしていた。地下を掘って作られたようで、通気性が悪く、壁が湿っている。格子はちゃんと鉄でできていて、何か文字が彫ってある。例の如く読めはしないけど。
こうして俺は夜を牢屋で過ごすことになった。男たちは一言も喋らず、ただ黙っていた。この状況で眠るなんて俺には無理だったので、俺は起きたまま朝になるのを待っていた。
しばらく経った頃、突然上の方から物音がした。地下牢の入り口が開いたのだろう。ゆっくりと足音が近づいてくる。迎えにきたのは...。
「出なさい」
ユーリィだった。俺だけ牢から出された。これから尋問とかされるのかな...。
ユーリィの後をついて行く。が、なんかおかしい。
俺のことを拘束しないのか? 牢屋から出されて、ついてこいと言われて、そのままだ。俺のことを警戒しているはずなのに。
俺はそのまま食卓まで連れてこられた。そこには、
「おはよう、おにいちゃん」
「……おはよう」
エルリアがいた。
「エルリアからお前について聞いた。守ってくれたようだな。感謝する」
「いや、そんな…」
ガイウスに感謝されるとは…でも、感謝するべきは俺の方だ。この子がいなかったらどうなっていたか。今もエルリアのおかげで警戒されていないようだし。
「エルリア、体は大丈夫?」
エルリアの体は所々湿布が貼られている。自分では治しきれなかったようで、左腕も布を使ってちゃんと固定されている。
「うん、だいじょうぶ。すぐなおっちゃうよ」
……すぐ治る? 誰かに治してもらうってことかな。
「とりあえずこれを着ろ」
「あ、はい」
そういえば俺全裸だった。指摘されて死ぬほど恥ずかしくなった。
真っ白なシャツと真っ黒な丈の長いズボンを渡された。少しきついが、着ることはできた。
「改めて、昨日の出来事を正確に説明しろ。エルリアから聞いたのはお前についてだけだ」
「あ、はい」
俺は昨日のことを出来るだけ正確に伝えた。そんなに張り詰めていない空気のおかげで、焦らずに伝えられたと思う。
「……ふむ。男たちからは何を聞き出した?」
「目的とか、誰にやらされたのかとか、手段とかを」
「手段か。聞かせろ」
「あ、はい。…えっと、『ごうかのまがんのまほうしょ』で焼き殺すつもりだったみたいです」
さらっと焼き殺すとか言ってしまった。『ごうかのまがんのまほうしょ』って知ってるのかな。結構すごいものみたいだけど。俺はガイウスたちの様子を伺った。
「………ふむ」
空気が若干重くなったのを肌で感じた。やっぱりまずい物なのか?
「それについては後にしよう。今度は、お前の聞きたいことを聞けばいい」
あまり触れられずに終わってしまった。追求しようかとも思ったが、とりあえず自分のことについて聞こう。
「ガイウスさん、俺について何か知ってますよね?」
以前からそういう様子を見せていたが、確信はない。
「ああ」
よし、やっと状況を把握できそうだ。ここに来て一週間ぐらいか? 長かった...。
「なんで尻尾を執拗に切り落とそうとしたんです? 何か意味があるんですか?」
まずはこれだろう。めっちゃ気になる。
「……脅すためだ」
「はい?」
「脅すためだ」
「なんで脅す必要があったんですか」
バーナーまで持ち出しといて...いや、脅すためだったら、ハサミじゃなくてバーナーを持ち出したのも頷けるが。
「お前に関しては、最初からあらかた把握していた」
「はい!?」
早く言って欲しかった。そうしてくれれば執拗に追求したのに。
「お前は『精霊』だ」
「『精霊』……?」
「……ちょ、ちょっと待ってよ」
突然ユーリィが会話を遮るようにして口を開いた。
「『精霊』って伝説上の存在でしょう? この人がその『精霊』だっていうの?」
「知らないだけで結構いる。見つけるのはかなり難しいが」
「は!? なにそれ!?」
精霊ってなんだろう? すごく珍しいってことしかわからない。
「あの、『精霊』って…?」
「人に取り憑く存在だ」
「取り憑く、と言いますと…?」
「そのままの意味だ。正式には『憑依』という」
憑依。まるで幽霊じゃないか。
「精霊は生身でこの世界に居座ることはできない。魔力で体ができていて、存在が脆弱すぎるからだ。しばらく生身でいると弾けて消える。本来は『精霊の森』で暮らしているが、たまに迷い込んでくるやつがいる。そういう奴らは魔力を持った生き物に取り憑いて、魔力を搾り取る。そうすれば、憑依している間は搾り取った魔力でしばらく生きていけるからな」
「俺はそんなつもりなかったですけど」
「だろうな。お前、『転生者』だろう」
「え」
突然放たれたその言葉に動揺を隠せず、俺は少しの間黙ってしまった。今「転生者」って言ったか?
「憑依した精霊はな、憑依元が死ぬと死んでしまう。だから、脅す。そうすれば精霊は出て行くはずなんだ。また別のやつに取り憑いた方がいいからな。だがお前は出ていかなかった。お前は何も知らなかったのだろう?」
「……ええ、まあ」
「それは本来本能的に行われるものだ。それが行われなかったということは、お前には理性があると判断できる」
「普通はないんですか」
「ない。あるのは上位種のみだ。つまりお前は上位種ということになるが、その差異は思考できるか否かという点だけで大して重要ではない。それに上位種でも普通は脅されたら出て行く。人なら分からんが、精霊に於いてそれをしない馬鹿は転生者ぐらいなものだ。だからお前は転生者だと判断した」
「……はあ」
結構な情報量だが、なんとかついていった。
「それで対応に悩んでいたところに、昨日の出来事だ。お前はエルリアと契約したのだろう。契約すれば、憑依せずとも契約者の魔力で生きていける」
「…なるほど」
所々わからないが、重要なところはわかった。
俺は一度死んで、異世界に転生した。しかも、初めから人狼として転生してたんだ。精霊は本来本能で生きていると言っていた。俺も意識が覚める前に本能でエルリアに憑依してしまったんだ。
そして、昨日の夜。おそらくあの真っ白な世界で、俺はエルリアと契約した。憑依する必要がなくなったから、自然とエルリアから離れたのか。
でも、まだわからないことがある。
「なんで何も教えてくれなかったんですか?」
そこまで知っているなら、教えてくれてもよかっただろうに。
「それは、お前が転生者だからだ」
「………? どういう意味ですか?」
予想していない答えが返ってきた。その二つの関連性が分からない。
「…昔、今と同じように転生者が俺の前に現れた。精霊ではなかったが、珍しく良質な魔力を持っていた」
珍しく、とはどういう意味だろう。さらっと「転生者」と言っていたから、他にも多く転生者がいるであろうことはなんとなく察せる。だが、他の転生者は悪質な魔力を持っている、もしくは魔力を持っていないみたいな言い方だ。
「そいつは当然何も知らなかった。だから、可能な限り説明したんだ」
「……それで、どうなったんですか?」
「人を殺しはじめたんだよ」
「な!!?」
「相手は殺人犯ばかりだった。『俺は正義を成すんだ』などと言って、何人も殺していった。魔法を使ってな。それで被害者が納得するわけもないと言うのに」
異世界に転生して、強い力を手に入れて、調子に乗ったのか。フィクションの中ならよくあることだ。でも実際にやるなんて、どういう神経してんだ。
「ガイウスはその人をどうしたんです?」
その後の対処は当然気になる。まさか野放しにはしないだろう。
「殺した」
「…は?」
「殺した。上から命令が来てな」
「………………」
何を言ってるんだ。殺した? ガイウスが?
「……お前、俺たちの家族になろう、とエルリアに言われたらしいな。そして承諾したと」
「………はい」
「考え直したほうがいい。俺は善人でもなんでもない。極悪人だ」
「……どういう、意味ですか」
大体は掴めていた。だが聞かずにはいられなかった。
「俺たちは闇ギルド『エゴイスト』。領主サマからの命をこなす、領主の犬だ。命令にはなんでも従う。たとえ、殺しでもな」




