月が白い
山茶花のはなびらが
昼下がりにゆれていたから
師走にものどかな朝があったのだと気づく
指先をいくら温めても
少しも温まらなかった昨日が嘘のようだ
5号棟から布団を叩く音が聞こえる
読みかけの本を開く力もなく
最後に届いたエアメールを何度も読み返す
「また会おう」というのはお互い嘘ではなかったはずだった
お茶請けの金平糖を日の光に翳して
ぼんやりと昨日の痣を辿った
忘れるなと傷痕を引くつもりで
ボタンを押せば願いが叶い
人が空を飛べる時代だというのに
大切なことは何ひとつ得られない
劣化したポリ如雨露に
水を入れる楽しみだとか
人の好意に素直に従う方法だとか
幼いころ受けた風だとか
なにひとつ忘れたくなかった
きっと皆そうなのだろうけれど
いつか全て忘れなければいけないのは分かっているのだけれど
もはや僕は誰かが言うところの
選ばれない者なのだろうか
失った感覚の多さに
無限の夢の代わりに見えたものに悪寒を覚えた
何も知らないままの方が幸せだったなんて
土を掴みながら零して
空を駆ける翼を知っていますかと
町往く人にすら聞きたくなった
それでも今日の空はとても輝いている
この身が溶けるまで
あの白い月に近づいてみたいと思うのは
本当に馬鹿げたことなのだろうか
そうしたら君に
君がどれだけ堕ちた存在だとしても
生きていていいのだと
空に浮かぶように
言えるようになるだろうか
それとも
それを言うにはまだ早過ぎると
封をしていた時に口にすればよかったのか
今では自分にさえもそんなことは言いたがらないくせに
君が本当はどこまでも飛べる人だと知っていたのは
そんな僕だった
自分はもう錆びた奴なのだと信じこんで
その翼を自ら投げ捨て忘れ去った人の中に
混ざって欲しくはないと思ってしまったからには
背負うしかないじゃないか
細い爪のような僕らの衛星。