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 帝国での勇者

 コンコンっと、黒髪の小柄な少女が軽くノックをすると、部屋の中から男性の声が返ってきた。


「どうぞ」


 少女――ユエルは、ドアを開け入室する。帝国に来てからずっと傍に控えている騎士と共に。


「いらっしゃい、ユエル。

 あまり歓待してやることはできないけど、ゆっくりしていってくれ」


 閑散とした部屋の主は、40歳を超えた勇者パーティの盗賊(シーフ)、スヴェンだった。

 ユエルは手近な椅子に座り、心配そうに尋ねる。


「……スヴェンさん、足の調子はいかがですか?」


「残念ながら、さすがにまだ本調子とはいかない。

 この分だと、まともに走れるようになるには、もうしばらくかかりそうだ」


 スヴェンが右足を軽く叩きながら嘆息した。


 勇者ユエル率いるパーティーと、魔王ゼーレスドーグルとの決戦。

 ユエル達は激戦を制して魔王を倒したものの、スヴェンは戦いの中で魔王による魔法に撃ち抜かれてしまい、一時スヴェンの右足はまったく動かなくなるほどの怪我を負った。

 重傷ではあったが、高位のヒーラーによる回復魔法をきっちりと受ければ、ほどなく全快するはずの傷であった。

 しかし、魔王は強力な呪いを纏っており、魔王から受けた傷は、回復魔法の効果を著しく低下させてしまっていたのだ。


 パーティーメンバーである、ヒーラーのモニカの回復魔法でも完治させるには程遠く、ゆっくりと治癒させていく他にないという結論に至っていた。

 それでも今は、どうにか歩くことができるまでには回復していた。


「そうですか。

 何か不自由しているモノなどはありますか?」


「今のところはこれといってないな。

 幸い、ティアンがよく来てくれるから、退屈だけはしないで済んでいるし……」


「……それは…………よかったです?」


 スヴェンの隣にぴったりとくっついている銀髪の女――ティアンを見て、ユエルは苦笑してしまう。

 恋愛のいろはをまったく知らないユエルにも、ティアンがスヴェンに好意を持っていることは如実に伝わっていた。


「いいか悪いかは、ウチのカミさんがそのうち決めてくれるよ……」


 困ったように、スヴェンは顔をひきつらせる。

 男として、スヴェンはティアンに好意を寄せられて悪い気はしない。

 しかしスヴェンにはすでに妻がいて、息子もいる身だ。

 ティアンのような成熟した女に、理由もなくくっつかれていて堂々としていられる身分ではなかった。


「…………」


 それを知ってか知らずか、ティアンは無言でスヴェンに寄り添っていた。

 ティアンは無表情に近いものであったが、ティアンをよく知る人が見れば、ご満悦状態であることが伝わるだろう。


 ユエルは立ち上がる素振りをした。


「私、外したほうがいいですか?」

 

「ユエルまでモニカみたいなことを言わんでくれよ!?

 わかった! 茶をいれるから、それを飲みきるくらいまではここにいてくれ!」


 スヴェンは珍しく慌てた様子で立ち上がると、いそいそと奥の部屋へと引っ込んでいった。

 付属物でもあるかのようにスヴェンにくっついていくティアン。


 いつもどおりな仲間の様子を見て、ユエルは知らず笑みがこぼれるのだった。




 ◇ ◇ ◇




 部屋を出て、ユエルは王宮を歩く。

 相変わらず後方には帝国の騎士が控えているが、すでに張り付かれるようになってから五日が経っている。

 特異な状況にも、いい加減慣れ始めていた。

 

(スヴェンさん、元気そうでよかったです……)


 以前ユエルがスヴェンに会ったときは、軟禁状態であることと、自身の怪我、そして何よりも故郷に残してきた家族が気掛かりになっており、ひどく落ち込み、憔悴していると言っても過言ではない様子だった。

 スヴェンの家族に明確な危機が迫っているわけではなかったが、帝国大臣のゾギマスから脅しのような発言を受け、スヴェンは気が気ではなかったのだ。


 しかし、時間を置いた今では冷静さを取り戻し、ユエルから見て少なくとも表面上は取り繕えるまでに精神的に回復していた。


(モニカさんは、愛の力だって言っていたけれど……どうなんだろう?)


「弱っている男を落とすのは簡単よ? ウザがられない程度に傍に控えて、ときたま優しい言葉をかけて相手に触れてれば、あとは勝手に向こうが求めてくるから」


 とは、昨日城を出ていったモニカの言。

 モニカからの助言を受けて、ティアンは見事にそれを実行していた。


(だけど、ティアンさんの行動って、いつもどおりとも言えますよね?)


 ティアンは魔法使い(ソーサラー)であり、ユエル率いる勇者パーティに一番最後に仲間になった人物であった。

 当初は、ユエルとロイの二人だけ。

 そこに僧侶(ヒーラー)のモニカが入り、ダンジョンの罠にかかっていたところを盗賊(シーフ)のスヴェンに救われたのがきっかけで仲間になった。

 そして、街で見かけたスヴェンに一目惚れしたティアンが、ずぅぅぅっと後をついてくるようになり…………スヴェンの心労を考慮して、行動を共にするようになったのだ。


 当初は、ティアンの扱いに苦慮していたスヴェンだが、いつの間にか慣れてしまい、今ではユエルから見ても困っていると同時に好意的に接している節があるように見えた。

 

(スヴェンさんが元気になってくれるのはいいことですけど…………スヴェンさん、奥さんにはなんて言うつもりなんでしょう?)


 ユエルには、結婚経験などないため、想像することしかできない。

 でもきっと怒られるんだろうなぁと、どこかのんびりとした感想が浮かんでいた。


「おや、ユエル殿? 奇遇ですな。城内を散策でもしているのですか?」


「………………ええ」


 声をかけられたユエルは、冷水をかぶったように急激に感情が冷めていく。

 足を止め、相手の慇懃な態度に目礼で返す。


 ゼギレム帝国の重鎮、大臣ゾギマス。

 ユエル達を帝国に招き、スヴェンの家族を脅かす発言をして、ユエル達の自由を奪った張本人であった。


「それはいい。王城にはすばらしい調度品が数多くありますからね。

 貴女に仕えている騎士に言えば、一日では回りきれないほど案内されますよ。はははは!」


 ゾギマスはひとしきり笑うと、足早に去っていった。

 短い会話の中でも、ゾギマスの視線はユエルを鋭く、まとわりつくように捉えていた。

 ユエルは、自分を守るように腕を抱いた。


(…………帝国に来て、もう五日が経っています。

 そろそろ、なんらかの動きがあってもおかしくないでしょうね)


 きゅっと、ユエルの手に無意識に力が入る。

 力を入れすぎて、掴んだ腕が赤くなり始めたころ、ユエルはようやく手を離した。

 ユエルは自分の小さな手を見て、我ながら頼りないなと思う。


(モニカさんは、うまくやってくれているでしょうか?)


 モニカは用事があると告げ、帝国を出ていた。

 無論止められはしたものの、モニカは速射砲のように文句を言いまくり、結局は帝国側が折れる形となった。

 モニカはあくまでも僧侶(ヒーラー)であり、他者を威圧する力を持つとは言い難く、ゾギマスの描く野望にはそれほど重要ではないと最終的に判断されたのだった。


 モニカは、ユエルに言っていた。

 自分たちが大変なときにどっかで隠居をキメている剣術バカを、無理やりにでも引っ張り出してくると。


(…………)


 ユエルは自分の右手を見て、小さく息をついた。

 数ヶ月前のことが、まるで昔日のように思える。

 残っているはずもない熱は、当然のように感じることなどできなかった。

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