最終話 締まらないパーティと締まらない旅立ち
ユエルのおかげで大惨事になることは避けられた。いいタイミングに来てくれたよ。
「助かったぜ。危うく湖に引きずり込まれるところだったわ」
「どういたしまして。
……ひょっとしてデート中だったんですか?」
「そうなような、そうでもないようなだ」
「はぁ」
ユエルが微妙な表情をする。
俺だって最初はデートのつもりだったんだけど、いろいろあって睡眠中の手パンで気持ちが吹っ飛んじゃったんだよ。
「ユエルこそ、こんなところで何してるんだ?」
「クーチェに大きな湖があると聞いていたので。
どんなところなのかと散歩がてら歩いていました」
ユエルは目を細めて湖を見つめる。
「静かで綺麗なところです。一人でいるには、あまり向かないところのようですけど」
「そうなのか? こういうところ、ユエルは気に入ると思ってたけど」
「嫌というわけではありません。ただ、静かすぎて少しだけ寂しくなります」
「そんなもんかね」
「そんなもんです」
「ならこのままここで釣りやってくか?
どうせエッタは寝ちゃったしな。一本余ってるんだよ」
「…………いいんですか?」
「俺もどうしようかって思ってたしな」
「……そうですか」
ユエルはエッタの顔を見て少しだけ逡巡して、俺のすぐ右に座った。
慣れた手つきで餌をつけて、竿を湖面へと振る。
「以前も、こうして釣りをしたことがありましたね」
「急いでないときとか、毎日毎日携帯食料ばかりで嫌になったときな。
ああいう時に限ってボウズなんだよなぁ」
「だからって、腹いせに川に剣技を叩きこむのはどうかと思います」
「アレで余計腹減って、結局さらに携帯食料食う羽目になったんだよな。短気はいかんね」
「ロイさんは、もうちょっと落ち着いて考えてから行動した方がいいですよ」
「お前、マジトーンはやめてくれよ……」
15歳の娘に諭されてる26歳男性の気持ちにもなってくれ。悲しくなるだろ。
「俺がいない間、釣りとかしなかったのか?」
「携帯食料でも特に不満は出ませんでしたから」
モニカは何でも食うし、スヴェンの旦那は普通に我慢するだろうし、旦那がよければティアンはなんでもいいだろうしなぁ。
「おかげさまで旅はとても順調でした」
おい、それだと俺がいたときは余計なことばかりしていたように聞こえるぞ。
少しは自覚あるから、突っ込みは抑えるけどな。
「ロイさんがいたころは、よく寄り道をしましたね」
黙ってようと斬りこんでくる、さすが勇者様、隙は逃さない。
「……寄り道は旅の醍醐味だろ」
「そうですね。楽しかったです」
「え? お前楽しんでたの?」
「ええ」
しれっとユエルが頷く。
こいつ、ことあるごとに早く行きましょうって何度も急かしてきたのに! ちゃっかり楽しんでたのかよ!?
言いただしっぺとはいえ、それで俺だけ小言言われてたのって不公平じゃない?
「ロイさんはこれからどうするかって、決めてるんですか?」
「いや、特にはこれといってないぞ。
みんなをこの村に連れてくるっていう、目下の目的は果たしたしな」
「……いいところですよね、この村は。優しくて、暖かで。懐かしい感じがします」
「だよな。俺の村もこんな感じだったからさ。ここまでのんびりはしてなかったけどよ」
「ロイさんは、ずっとここにいたいと思いますか?」
「ずっとはどうだろうな。きっと、そのうち飽きて飛び出したくなっちまうんじゃねぇか。
なによりエッタが退屈しちまいそうだしな」
「そうかもしれないですね」
「さすがにエッタを放っておくことはできねぇだろ。
そんで飛び回って、疲れたらまた戻ってきてグダっとする」
「風のように、勝手気ままですね」
「かもな。でもこれでも王女さまだからよ。俺ら平民ほど気楽じゃないだろ」
「……そうですね」
「そういや、エッタの奴、お前に感謝してたぜ」
「感謝、ですか?」
「お前、褒賞を辞退して、代わりにエッタの望みを叶えるよう嘆願しただろ。
それがなけりゃハイデルベルグ王だって、猫っ可愛がりしてる娘を旅に出すなんてこと、あんな簡単には許可しなかったと思うぜ」
「……あぁ、そのことですか。
もともと私は帝国についていたのですから。王国から褒賞をもらうわけにはいかないでしょう」
「それも含めてってことだったじゃないか。結果的にお前の行動で王国軍の被害が減ったのは間違いないわけだし」
「だからどうしてもというなら、明確に望みのある者が報われた方がいいでしょう。
戦争が終わって城に戻ってからのエッタ、すごく寂しそうでしたよ」
「そうか? 終戦のパーティが開かれる日まで、何度か城に顔出したときは相変わらず元気だった気がするけど」
「……ロイさん」
おい、なんでやれやれとでも言いたげにため息ついてんだよ。
言いたいことがあるなら、はっきり言えっての。
「だいたい褒賞のことを言ったら、ロイさんだって私と同じことを言っていたじゃないですか」
「俺は、まぁ、こいつのことだからな。そりゃフォローするだろうよ」
「そうですか」
「んで、ユエルの方は、何かやりたいことでもあるのか?」
「私は……」
ユエルが竿を上げる。針がむき出しになっていた。餌だけ食われてしまったらしい。
ユエルは針を手にして、竿を置いた。
「ねぇ、ロイさん。
4か月程前、四天王マクスウェルを倒した後、ハイデルベルグ城でロイさんがパーティを抜ける話をしたときのことなんですけど……」
「おう」
あれからもうそんなに経つのか。
「あのとき、もしも、私が反対したら、ロイさんは、残ってくれましたか?」
「は?」
「だから、私が、ロイさんがパーティを抜けることを、ちゃんと反対していたら……」
もごもごと、ユエルははっきりしない感じで言った。
ユエルが反対ねぇ……そうだなぁ。
「それなら残っただろうな」
「…………え?」
ユエルは自分で聞いてきた割りに、なぜかひどくびっくりしていた。
別に驚くようなこと何も言ってないと思うんだけど。
「ロイさん、パーティに残ったんですか? 私が反対したら……」
「文句は言われるだろうと思ったけど、反対されるなんて想像してなかったからなぁ。
でも、わざわざ言われたら、まぁ」
「…………」
「今考えれば、いくらユエルの方が強くても、俺は後方で待機してりゃあよかったし。もしものときに前線を支えたりするような動きをするとか。
スヴェンの旦那みたいに、みんなのフォロー役になってもいいし。
自分の身は自分で守れるんだから、どうしようもないほどの足手まといにはならなかっただろ」
まぁ、そんなのは剣聖としてかなり情けない姿だけど、何かしらやりようはあったんだろうな。
「…………」
「でもあんときは、俺がユエルから離れるいい機会だったからな」
「……何ですかそれ?
私から離れる機会って」
「うん? だって、いつまでも俺といても仕方ないだろ?」
境遇が似てて、成り行きで一緒にいて。
でも、ユエルは強くなった。無力な村娘から勇者にまでなって。
俺がいなくても全然平気になったんだからな。面倒見てた雛が巣立っていくようなもんだ。
「お前が元気でやってりゃ、俺はそれでいいし」
「……そうですか」
「ユエルは、これからどうしようかとか考えてるのか?」
「私は…………まだ、何も」
「そっか」
ユエルは勇者と呼ばれるようになったころから、魔王を倒すために行動してきたからな。
目的を達成して、宙ぶらりんになってるのかもしれん。
ユエル自身は鍛錬は積んでいても、それほど強くなることに固執していなかったしな。
目的も目標もないとなると、今しばらくはゆっくり休んだ方がいいのかもしれない。
「…………あの、ロイさん。私も、行ってもいいですか? ロイさんとエッタが旅にでるときに、一緒に行っても」
「うん? 別に構わないけど、いいのか?」
俺と一緒じゃ、またユエルが小言を言う羽目になると思うんだが。
加えてエッタもいるしなぁ。うん、あいつのが俺より絶対文句言われると思う。断言するぜ。
「いいです。
私は、それがいいんです」
「ふぅん」
ユエルが納得してるならいいか。
「と言っても、いつになるかはわからないけどな。
エッタのことだから、いきなり今日言い出してもおかしくないし」
「いつだって、いいんです」
ユエルが大きなため息を吐く。
「…………こんなに簡単なことなら、あの時だって言えばよかった」
「あの時って?」
「あの時はあの時です。
怖がらずちゃんと言っていればと思うと、少しだけ悔しく思います」
ユエルは、釣竿を手にして餌をつけて湖へと放る。
いつの間にか、ユエルと肩がくっついていた。
肩に少しだけユエルの体重がかかってきていたので指摘しようかと思ったが、心なしかユエルが満足気に微笑んでいるように見えたので、結局黙っておくことにした。
代わりに別のことを聞いてみる。
「なぁユエル。お前、もしかして俺と一緒にいたいとか思ってるの?」
「な、なんですか急に!?」
ユエルが珍しく動揺したように目を白黒させた。
そりゃ普段は絶対聞かないようなこと聞いたけど、そんな激しいリアクションせんでも。
「さっき、俺がパーティを離れるときユエルが反対したらって話しただろ。
わざわざそんなこと言うんじゃ、もしかしてそうなんかなって思ってよ」
「……それは…………そんなの…………」
ユエルはぶつぶつと肯定も否定もしないで、うつむいた。
ありゃりゃ。
俺はてっきり、「そんなわけないじゃないですか」とか「必要があったからです」とか言われるかと思ったんだけども。
「ユエルの村を出てから何か月か旅しててさ。
俺、結構いろいろユエルに言われてただろ。寄り道の話もそうだし、旅する間の生活面でもさ、お前しっかりしてたし。
俺はそんな気にしてなかったけど、言ってるユエルは嫌だったり面倒だったりするんじゃねぇかなーって思ってたんだが」
「……別に、嫌だったりとかはないですよ。
ロイさんは、そういう人なんだってすぐにわかりましたし。
私の方こそ、いろいろ口うるさいことを言ってしまっていたなって思います」
あ、自覚はあったんだ。
「なら、ちょっとは手加減してほしかったなぁ。
気にしていなかったとはいえ、外から見れば保護者が子供に小言言われてる図にしか見えんかっただろうし。格好つかないだろう」
「格好つけたいなら、ロイさんが普通にしっかりすればいいと思うんですけど」
「正論だけど、それが簡単にできるならやってるよ」
「またロイさんはそうやって開き直って。だから私が……」
言いかけて、ユエルが口を閉じた。
「な? こんなんだからさ。
お前はとっくに俺よりも強くなってたし、俺がいる必要がなければそれに越したことはないって思ってたわけよ。むしろ、いつかお前が自然と離れていくだろうって。
魔王のこと、全部ユエル達に任せるのはどうかとも思ったけど、お前ならなんとかできると思ったしな。
だから今、ユエルから旅について来るって言われて、意外だったわけよ」
「…………私は……」
ユエルが深く息を吐いて、つぶやくように言う。
「私は、ずっと続くものだと思ってました。
魔王を倒す目的の旅だとわかっていましたが、それでも、ずっと続くものだと思っていたんです。
だって、その方がよかったから。それが、いつのころからか、私の望みになっていたから」
「…………」
「……魔王は倒さなければならなかった。魔王を倒して魔物の活性化を抑えれば、それが人の平和につながるから。私の村のようなことは、二度と起こしてはいけないから。
でも私は、そんな使命のためだけにずっと戦うことはできなかった。
私が戦えたのは、モニカさんがいて、スヴェンさんがいて、ティアンさんがいて。ロイさんがいてくれたからです」
「……そうなのか」
「私、ロイさんが思ってるよりもしっかりなんてしてません。私は強くなんてないんです。
つらい時に傍にいてくれて、楽しい時に一緒に笑ってくれる、そんな人がいないと私はずっと立ち上がることなんてできませんでした。
私は、一人ではどこにでもいる村娘と同じです。
だから、私はあの日のこと、とても感謝しているんです。
……本当のことを言うと、あの時は、別にロイさんじゃなくても、だれでもよかったんですけど」
気付くと、ユエルは俺の肩に頭を乗せていた。
「旅がずっと続けばいいと思ったのは、ロイさんだからです。
あの日、私を見つけてくれたのがロイさんでよかった」
「……そっか」
「私は、そう思っていたのに、ロイさんにはちっとも伝わってなかったんですね」
「悪いが、全然わからんかった。
毛嫌いまではされていないかなーとは思ってたけど」
「ロイさんて、意外と自分に自信がないですよね」
「そんなことはないぞ。
けどまぁ、お前はやっぱり文句なしに俺より強いからな。
剣が取り柄の俺からすると、ユエルを前にしたら自信もなくなるもんさ」
「それは、今でもですか?」
おそらくユエルは、先日の戦いで俺がユエルに勝ったことを言ってるんだろうけど……。
「当たり前だろ。魔王をあっさり一刀両断しといて何言ってんだ」
「あれは、モニカさんの支援魔法と……あと…………」
「あれ見て自信持てるようなのは、ただの馬鹿だけだ。
せっかく練気っていう新たな力を得たと思ったのに、速攻でぶっちぎられるとはな」
「…………それなら」
「うん?」
「それなら、ロイさんはやっぱり、私といない方がいいんでしょうか……」
「は? なんでそうなる? それはまた別の話だろ。
そりゃ、まったく気にならないとは言わんけど、天秤にかけりゃどっちに傾くかは言うまでもねぇよ」
「そ、そうですか……」
「お前が飽きたり嫌になるまで、好きなだけ付き合えばいいよ。
俺はお前がいいなら、それでいいしな」
ユエルは、俺にとって、いわばもう一人の俺だった。
魔物に村を襲われ、突然世界に一人で投げ出された、哀れで無力な子ども。
だから俺は、過去の自分を慰めるようにユエルに手を貸して、ユエルには幸せになってほしいと思っていた。
けど今は、なんとなくだが、それだけじゃない気がしている。
「俺といてもいいし、気が向いたのならふらっとどこか遠くへ行っても構わない。お前が元気でやってりゃな。
でもまぁ、一緒にいるのなら、それはそれでいいもんだ」
ふと、頭に浮かんだことをそのまま口にして、不思議とこれ以上ないほどしっくりきた。
ずっと心に引っかかていたもやが晴れていくようだった。
「ロイさん……」
ユエルに名前を呼ばれて、どうしてか妙に嬉しく感じた。
「それなら、私、好きにします。……ずっと、好きにしますね」
「おう」
「おう、ではない! このたわけが!!」
ぱぁんっと鋭いムチのような一撃が俺の後頭部を襲った。痛い。
目の覚めるような衝撃で、ちょっと涙目になりそうだ。
俺は突然飛び起きたエッタに抗議の視線を向けた。
「いきなり何すんだよ!」
「それは妾の台詞だ!!」
「は?」
何が? ……俺、何もやってないよな?
「気持ちよく安眠していたところで、いきなり不穏すぎる話を始めおって!
黙って聞いていれば……このっ、このっ!!」
不穏て。
別に物騒な話は何もしてないと思うんだがなぁ。
で、最初の一撃ほどじゃないけど、地味にダメージ食らう感じに肩殴るのやめなさい。
「ふんっ、ユエル! 貴様、妾が寝ていたとはいえ、このタイミングで仕掛けてくるとは本当にいい度胸をしているな」
「……エッタに許可を取らなくてはいけないことではないでしょう。
あなたには直接関係ないことですから」
「ほう……よくぞ言いおったな。
いいだろう、お前はきっちりはっきりと叩き潰して、その立場というものを骨の髄まで理解させてやろう!」
「そうですか。せいぜい返り討ちにされないように気を付けてくださいね」
「くははははははははははは!!!!」
やばい。なんか知らんけどエッタがめっちゃキレてる。ユエルも意味わからん挑発かましてるしなんなの?
こいつら最近は普通に話してたのに、なんで唐突に火がつくの? 気まぐれに噴火しないでくれませんかね。普通に怖いんですけど。
俺は危険性の高い局所的地域が目に入らないよう明後日の方向を向くと、木々の間からこっちに向かってくる姿が目に入った。
向こうもこっちに気づいたのか、ヘラヘラと笑いながら手を振った。
「やほー、ロイ。と、ユエルもエッタもいたんだね。ちょうどよかった。
さっきさー、スヴェンから手紙が届いてさー…………ありゃ、こっちも修羅場?」
こっちまで歩いてきたモニカが、目をぱちくりさせている。
こいついいタイミングにやってきてくれたな。これほどまでにモニカがいてよかったと思ったことなんてあるだろうか、いやない。
「修羅場というか、いきなりいつもの喧嘩が始まっただけだ。
よっぽど気が合わないのか知らんけど、困ったもんだな」
「どうせロイが原因なんでしょー。
……あと、さりげなく私の後ろに隠れないでくれる? 何、人を盾にしようとしてんの?」
ちっ、バレたか。こいつ、何気に勘がいいんだよな。
「原因が俺じゃないことは確かだ。
それで、旦那はなんて?」
「ティアンのことで奥さんにマジギレされててピンチだから助けてほしいって」
「……何してんだろうな。まさか旦那、正直に全部話したんじゃねぇだろうな」
「さぁ? で、どうする?」
「身から出た錆すぎるけど、旦那の頼みじゃ放っておけないだろ。
……俺たちが行ってどうにかなるもんとも思えないけどな」
「あたしも同感。物見遊山にはなるかなー」
モニカは完全に他人事の面をしていた。他人事だけどね。
「で、お前らはどうする?」
にらみ合う二人に聞くと、キッと同時にこちらに顔を向けて、不機嫌そうな声が重なった。
…………。
君ら、やっぱりホントは仲良いよね?
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。
この作品、当初は10~15万字くらいの小~中編の予定が、ちょっと増量されて立派な中編になりました。
ここまで書ききれたのは、ひとえに読者の存在が励みになったことが大きいです。ありがとうございました。感想、評価等いただけると嬉しいです。
あと、新作も始めました。
今度のは、魔王四天王が微妙に平和になった世界に転移して、冒険したりイチャコラしたり殴りまくったりする話です。
読んでもらえたら嬉しいです。
それでは!




