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第66話 帰る場所

 宿屋の戸を開けて中に入る。

 周囲を見渡すが、人の姿はない。相変わらず不用心な宿屋だった。


「いらっしゃいませー。今、手が離せないからちょっと待っててくださいねー」


 店の奥から若い女の声がした。


「手早く頼むぜ。こっちは長旅で疲れてるからな」


「もう、待っててって言ってるでしょ。せっかちな人は嫌われちゃい……ます………………え!?」


 走るような足音がしたと思ったら、何かがひっくり返りまくる音がした。

 おいおい、何やってんだか。大丈夫かよ?


 派手な音に心配すると、奥からダッシュしてきた女がカウンターに手をかけて口を半開きにしていた。後ろで縛った明るい赤髪がゆらゆら揺れている。


「…………」


「よ。久しぶりだな、クーチェ」


「……ロイ、さん?」


「あの部屋、空いてるか? とりあえず4人分泊まれるように頼みたいんだけどさ」


 わざとらしくウインクしてやると、呆然としていたクーチェがぷっと噴き出した。


「あはっ。空いてるよ! ちょっと待っててね!」


 花が咲いたように笑って、二階に駆け上がっていった。部屋の準備に行ったんだろう。

 にしてもクーチェの奴、かわいいリアクションしてくれるじゃないか。おじさん癒されちゃうわぁ。




 そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。

 

「……ねぇ、ロイさん。これ、どういうこと?」


 半眼で、明らかに不機嫌なオーラをまとったクーチェが俺を睨んでいた。

 食堂のテーブルで向かい合わせで座っているわけだが、妙に強いプレッシャーに俺の腰は引けまくっていた。


「どういうこと、というのは?」


「は? いちいち説明しないとわかんないの?」 


「……いえ、そうでもないようでもないんですけど」


 怖ぁ。

 こいつ、マジで何にそんなキレてんの?

 ついさっきまで俺との再会を喜んでくれてると思ってたのに、急転直下の展開についていけねぇよ……。


「あのね、あの綺麗なエルフの人。あの人はまだわかるよ。だって、ここからロイさんを連れて行っちゃったのは、あの人だったんだから」


 別にモニカが俺を連れて行ったわけじゃなくて、あくまで俺の意思でザザ村を出ただけなんだけど……いちいち訂正するほどのことでもないし、突っ込まんでもいいか。


「でもね、なんで他にも女の人連れてるの?」


「なんでって……自然な流れで」


「はぁ? 自然な流れ? あんな女の子が?」


 クーチェが視線で示した先には、ユエルがリラックスした様子でお茶を飲んでいた。

 俺とは離れた席で、我関せず状態でモニカと一緒にくつろいでいる。すんごいほんわかした雰囲気。正直そっちに混ぜてほしいです。


「ロイさん、馬鹿も休み休み言って。

 ロイさんみたいなおじさんと、あんな女の子がどうして接点ができるって言うの? 自分の発言、おかしいと思わない?

 ……まさか、どっかからさらってきたんじゃないでしょうね?」


「ンなことするか! いろいろあったんだよ」


「いろいろ、ねぇ」


 激しく疑わしそうな目を向けられる。おじさんの心は痛いよ。


「お前には話してただろ。あいつがユエルだよ。勇者ユエル。前に一緒に旅してたんだよ」


「……ロイさん。ウソつくにしても、もうちょっと考えようよ」


 クーチェが糞デカため息を吐く。

 考えるも何も真実なんですけど……。


「あんな線の細い子が勇者? あの子が剣を振るって魔王を倒したっていうの? だったら私は神様にでもなれちゃうのかな?」


「確かにクーチェの方が体格はがっちりしてるかもしれんけど、あいつが勇者なの……」


 ドンッという音がして思わず沈黙した。

 凄まじい目をしたクーチェがテーブルを鋭くぶっ叩いたのだ。怖いよ。


「…………わかった。じゃあ百歩譲ってあの娘はいいよ。勇者ね。はいはい勇者」


 半笑いやめよ?


「なら、部屋で休んでる女の人は誰なの?」


「エッタのことか? えぇと…………しがない傭兵だったかな」


「はぁん」


 わぁ、腐った生ごみを見る目ですねこれ。


「あんなに鮮やかな金髪してて、宝石みたいな碧眼の女の人が、傭兵ね。

 へー。ふーん。傭兵ってー、私が思っているよりも華やかな職業だったんだねー」


「……あのなクーチェ。誤解してるようだけど、エッタもユエルもマジで強いんだからな?

 冗談抜きであいつらより強い奴なんて、世界中探してもいないかもしれないんだからな」


「…………………………………………」


 ヤバい空気を感じる。

 俺、勇者より強い女が生まれる瞬間に立ち会ってしまったのかもしらん。




 ◇ ◇ ◇




 なんて、アホな(でも割りと命の危機は感じた)やりとりをしてから一週間が経っていた。

 クーチェ達は直接話してみるとすぐに打ち解けたらしく、今では互いを呼び捨てにしている。モニカはババァなので勿論モニカさんだ。


 目下の俺の楽しみは、エッタがハイデルベルグ王国の第一王女だとバラしたとき、クーチェがどんなリアクションをするかです、くふふ。

 

「ロイ、何をニヤニヤしている? また変なことでも考えていたのか?」


「いやいや。この雄大な大自然を堪能していたんだよ」


「どうだか。

 ……しかし、確かにここはよい場所だな。静かで、空気が澄んでいて、自然と穏やかな気持ちになる」


「そりゃよかった。連れてきた甲斐があったってもんだ」


 俺はエッタを誘って、お気に入りの釣りスポットに来ていた。

 ここは、朝は特に静謐な感じが強くて、のんびり釣りをするにはもってこいの場所だ。エッタは弁当まで用意していた。


「しかし全然釣れんな」 


「そういうときもある」


「ロイは何匹か釣っていたではないか」


「俺は慣れてるからな。エッタだって糸が引いてるときはあっただろ?」


「……いつの間にか餌がなくなっていたな。あやつら、噂に聞く暗殺者アサシンとやらのような手口だったぞ。ほとんど何も感じさせんかったわ」


 仏頂面でエッタが釣竿を動かす。

 ぱしゃぱしゃと湖面を叩き波紋が広がっていく。近くを泳いでいた魚たちが素早く離れていった。


 釣りって繊細な面も必要だし、今更だけどエッタに向いてないかも。

 ……ひょっとして、チョイスミスった?

 でもこんな小さな村だし、ほかに行ける場所なんて思いつかなかったんだからしょうがないだろぉ!


「…………ああああ!! やはり釣れん!!! ロイ!!! 楽しくないぞ!!!!」


 エッタが膝立ちになって、俺の襟をつかんでくる。我慢の限界が来てしまったようだ。


「お、落ち着けって……。

 そうだ! 相手の僅かな変化を感じる訓練とでも思えばどうだ!?

 腕に伝わってくる微細な振動を感じ取り、相手が何をしようとしているのか想定する。これはもう、剣の修行をしているのと同義じゃないか!」


 言ってる俺がこじつけすぎると思うが、エッタは目をぱちくりさせて、あごに手を当ててふんふんとうなずいていた。

 アレで納得しちゃうのかよ、ちょろっ!


「……なるほど。そなたの言う通りかもしれん。

 確かに妾には敵の動きを読む力が足りていない」


「そ、そうそう! だからもうちょっと続けてみようぜ?」


 実際に釣り上げれば釣りの面白さも伝わるかもしれんし。

 俺は待ってる時間も嫌いじゃないんだけどね。


「……わかった。何よりせっかくそなたが誘ってくれたのだし。

 そなたが好きだというものを、妾も感じてみたいしな」


 エッタが快活に笑う。

 見ていると、なんだか妙に落ち着かない気持ちになった。思わずあさっての方向に顔を向けた。


「どうしたロイ? そっちに何かあるのか?」


「…………いや、特にはなんも……っと?」


 無性にそわそわした気分になっていたところ、糸が僅かに引いているのが伝わってきた。

 掌に神経を集中させて、完全に餌に食いつくタイミングを見計らって……


「よっと」


 手ごたえあり!

 よしよし、これならみんなが食える分くらいは確保できそうだな。なかなかいい調子だぜ。

 即席で作ったため池に魚を入れて、再度餌を付けて釣竿を湖へと放る。

 ふんふんっと鼻歌でも歌いたい気分になったところで、俺はじっとりとした視線にようやく気付いた。

 

「……………………」


「……え、エッタ?」


「楽しそうだなぁ、ロイ」


 あは。そりゃいいペースで釣れてますからね!

 エッタさんは楽しくなさそうですね!


「………………はぁ。まったく」


 エッタはため息をついて竿から手を離した。


「おい、何やってんだよ? ひいたら落ちちまうぞ?」


「構わん。どうせ妾には縁のないものだったのだ」


 エッタが投げやり気味に言う。

 まずい、今のはさすがに間が悪かった。気付かない振りをしてやり過ごせばよかったか……って、胡坐をかいている足に確かな重みを感じるよ?


「そなたは釣りを楽しむといい。

 妾も好きなようにする」


 エッタは、ごそごそと何度か俺の腿の上で頭を滑らせて、納得できるポジションを位置取りできたのか満足そうに鼻を鳴らした。


「寝るのか?」


「寝る。今日は少々早めに起きたからな、少し眠い。ここは静かだし、近くによい枕もあるようだしな」


「……悪いな。つまんなかったか」


「釣れないのは面白くないが、別につまらなくはないぞ。

 それにこうしていれば、妾も楽しめるというものだ」


 ぽんぽんっとエッタが俺の腿を軽く叩いた。

 エッタの頭を乗せている腿に、ちょうどいい感じの重みと、じんわりとした熱が伝わってくる。


「……ぅん、これは思った以上にいいものだな。

 よく眠れそうだ」


 それきりエッタは身体を弛緩させる。

 間もなく静かな湖畔に、エッタの寝息が響き始めた。

 俺はエッタの足元に置かれた弁当箱を間違って倒さないよう、少し移動させる。


 早起きしてこんなところまで来て、やることが寝るってのもなんだかな。

 客観的に見たら、どう考えても俺の誘いは失敗しているように思えるんだが。 


「……幸せそうに寝てくれちゃって、まぁ」


 愛いやつめ。

 父性本能というやつが刺激されたのか、エッタが無性にかわいく思えて仕方がない。

 左手でエッタが起きない程度に頭を撫でてみると、言葉にはならない寝息混じりの声が聞こえてくる。

 しばらく飽きもせずそうしていると、


「……うぅん………ぅぅ……………ふん!」


「あだっ!?」


 ぱぁんっと、撫でていた手を鋭く叩かれた。

 鞭でも食らったような痛みに、俺は思わず手を引っ込める。すると、止まった寝息が再び聞こえ始めた。


 ……本能を超えて自動的に攻撃してくるとか、高性能な姫さんだね。

 手が痛い以上に心が痛くなるんだけど。俺の手はそんなに鬱陶しかったでしょうか?


 微妙にへこんでいると、エッタの釣竿がするすると湖の中に引かれていくのが見えた。


「ちょ!? 引いてるじゃねぇか!?」


 慌てて左手で掴んだところ、なかなかの手ごたえ。というか結構強いぞこれ!?

 両手ならまだしも、エッタを腿に乗せてて片手だときっつい!!


 無理な体勢に四苦八苦していると、ひょいっと釣竿を取り上げられた。


「借りますね」


 釣竿を上げて水音がしたかと思うと魚が顔を出し、寄ってきた魚を見事にキャッチしていた。

 手早く魚から針を外し、ぽいっと池に離す。鮮やかな手際だ。

 俺が釣っていたのよりも軽く二回りはでかい、大物だった。 


「立派なのがとれるんですね、この湖は」


 釣った際に舞った水を払いながら、ユエルが感心したように言った。


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