第63話 想い、束ねて
ティアンの放った暴撃雷嵐が、魔王とブラックドラゴン共に幾度も雷撃を落とした。
数体のブラックドラゴンは死んだのか失神したのか、身体から黒い煙を出して堕ち始める。が、ティアンの魔法はそれを許さない。
雷撃が続く中、今度はブラックドラゴンの周囲に竜巻が生まれた。
竜巻は墜ちてくるブラックドラゴンを拾い上げ、その場に浮遊し続けていた魔王やブラックドラゴンも巻き込んでいく。
奴らは竜巻の中で回転しながら、さらに幾度も雷撃に貫かれた。
「……エグイ魔法だな」
木の葉のようにくるくる回されている魔王を見て、ちょっとだけ同情してしまう。
「私の知る中では、最強の広域殲滅魔法。
街中とか、ダンジョンとかではダメだから使い勝手が悪い。
けど、使うと爽快な気分になる」
「あんだけ好き放題かませば、さぞ爽快だろうね」
「ロイ、なかなか見る目ある。
覚える?」
「せっかくの提案だが辞退申し上げる。
俺なんかよりも旦那に教えてやるといい」
「ちょっとロイ!?」
暴撃雷嵐一発で全魔力を使い切ったのか、ぐでーっとしたティアンを抱いている旦那が抗議の声を上げた。
ちょっとした冗談なのだが、旦那はマジで怯えていた。
「スヴェン、頑張ろうね」
「やらないから! 絶対無理だから!!」
動けなくなった上機嫌のティアンとスヴェンの旦那による愛のある漫才は放っておくとして。
嵐が止んで、次々とブラックドラゴンが力なく墜ちていく。
残らず9体墜ちたようだが、さすがに魔王を倒すまでにはいかなかったようだ。
ダメージはあったようで、俺たちを見降ろしている。距離があるので定かではないが、憎悪に満ちているように思えた。
と、唸りと共に声が響いた。
「貴様等……許さん…………殺す……必ず殺す! 殺して、殺して、殺しつくす!!
八つ裂きにしても飽きたらん!! 粉々にして灰となるまで燃やし尽くし、存在を消し去ってくれる!!!」
おおー、キレてんなぁ。
せっかく召喚したブラックドラゴンは死に絶えて、自分も大ダメージくらってんだからな。そりゃ怒るか。
魔王の周囲に黒い霧が生まれる。
ティアンのように、あれが魔王からあふれ出た魔力だとすると、今まではそんなもん見えなかったし本気度がうかがえるね。
だが、あいつ一体なら何度魔法を使おうと、ブレスを吐いてこようと物の数じゃねぇ。全部斬り捨ててやるよ。
「ロイ!? 絶対しくじらないでね!? 極大魔防護は間に合わないだろうし、他の防護魔法じゃアレは防げないよ!!」
「任せとけ」
「いえ、その必要はありません」
ビビるモニカに自信満々でドヤ顔を決めたところ、ユエルに盛大に水を差された。
ちょっとユエルさん、少しはおじさんにも格好つけさせてよ……。
「モニカさん、支援魔法をかけてください」
「え? ……いいけど、どうする気?」
「私に任せてください。決着をつけます」
◇ ◇ ◇
詠唱を終えたモニカがユエルに支援魔法を発動させる。
「神の祝福!!」
ユエルは自身の力と、魔法耐性能力が大幅に上昇していくのを感じた。
(ジュリエッタさんとロイさんが見せた力…………この魔法で強化される力は、肉体的なものだけではありません……)
一流の僧侶であるモニカからの最大級の支援魔法、神の祝福。
それを『勇者の加護』によって大幅に強化。
これにより、ユエルは自分の身体に巡る僅かな魔力を覚知することができた。
(でも、きっとこれでは、まだ足りない。
この状態でも、私はもっとも簡単な初歩魔法、魔水ですら使えません…………ですが)
ユエルは目を閉じて、意識を集中させる。
そこには確かにあった。長髪の奥に隠れた、一房の髪を束ねた紅いリボン。それはレッドドラゴンの羽を加工したものであり、身に付けた者には魔力を増幅させる付与効果があった。
(……集中……集中して…………一度だけ。一度だけできれば、それでいい)
身体が熱を帯びていく中、ユエルは自分の髪を手で撫でられているように感じた。その手は不思議と、自分を深く慈しんでくれていると信じられた。
ユエルは身体に巡る魔力をかき集めて、かっと目を見開いた。
「飛燕烈天駆!!」
裂帛の気合と共に、空へと一直線に飛翔する。
魔王の前に巨大な漆黒の球体が現れ放たれるが、一筋の矢となったユエルはこれを容易に突き破った。
「貴様!?」
「これで、終わりです!」
空を滑るユエルの剣は横一文字に振りきられ、ブラックドラゴンと化した魔王の首を両断した。
◇ ◇ ◇
空高く飛翔したユエルが、すぱーんっと魔王の首をはねた。
…………お、おう。
なんという問答無用の強さ。ブラックドラゴンとしての耐久性とか、魔王の魔力による防護とかそんなの関係ないのかよ。これぞ勇者様って感じですわぁ。
魔王は離れた首と共に身体も堕ちてきて、轟音を響かせて地面に叩きつけられた。
少し遅れて、ユエルも魔王の傍らに着地する。
バランスを崩してよろけたところを、背中に回された手が支えた。
「見事な剣技、そして練気だった」
「……はい」
ユエルは力なく笑い、小さな身体をエッタに預けた。




