第62話 蛮勇と後押しする力
これはあくまで俺の予想だが、おそらくそう間違ってはいないのだと思う。
練気とは、要するに魔力による身体能力向上の技術だ。
簡単な魔法が使える俺でも、まともに魔法が使えないエッタでも、双方ともに扱うことができる。
しかし、ユエルのようにほとんど魔力がない者には縁のないものとなる。
また、本職の魔法を使う者たちも練気を使うのは不可能に近い。
練気は、魔力を使用して使う点では魔法と同じだが、方法論は真逆となるからだ。
魔法は、身体に宿る魔力を制御して放出する。
練気は、身体に宿る魔力を暴発させ、その力を利用して急激に身体能力の向上を図るのだ。
魔法を扱う者からしたら、いわゆる暴走状態の魔法を使っているようなもの。正気の沙汰ではないだろう。
はっきり言って、あまり魔法と縁がない俺でも練気を遣うのは相当にびびる。
初歩魔法より高度の魔法が扱えるだけの魔力があれば、絶対に手を出さない技術だろう。それだけの魔力を暴発させるなど、一歩間違えれば身体に大きな傷を負い、本当に最悪の事態になれば自身が爆散してしまうだろう。
魔力が低ければ練気を扱うのが容易かと言われれば、それは違うように思える。
結局は、向き不向きの世界。努力と、才能の話につながってくる。
そして獣人族には練気を扱う才があり、それはエッタにもあったということだ。
俺は要所要所で意識的に練気の使用ができるまでには至ったが、エッタのように常時発動するようなことはできない。
「できないんだが…………甘えたこと言える状況じゃないか」
空を震わせるほどの、魔王と、ブラックドラゴン共のブレスが頭上より急速に迫ってくる。
俺はブレスを迎え撃つため、跳躍した。
こういう時はつい剣技に頼りたくなるが、おそらく剣技では間に合わない。
剣技は決まった型を疾く、力強く振るうことができるが、反面自由がきかない。
同時に放たれる10ものブレスをたたっ斬るのに、決まった型で対応できるとは思えなかった。
「練気での高速連斬……暴発させた魔力を完全に制御するって、無茶苦茶だよな」
普通に矛盾してるだろ、できるかボケ!! って投げたくなるが、それができなければこの状況を切り抜けることはできないわけで。
当たり前だが、俺はまだ死ぬつもりなんてさらさらない。
ザザ村でのスローライフはやり足りないし、逆に気の向くままの旅だってしたい。うまいもん食って、のんびり釣りでもやって、強い奴との戦いに興じたい。
女の子とイチャイチャだってしまくりたい。まだハーレムも味わってないしな!!
あとは、まぁ、
「…………」
俺は振り返りかけて、やめる。
こんな切羽詰まった状態で無理に見ることはない。どうせこれからも、腐るほど顔合わせるんだからな。
ブレスが目の前まで迫り、俺は剣を振りかぶった。
心臓は痛いほど脈動していて、心はこれ以上ないほど高ぶっているくせに、頭の奥底だけは不思議と冷たく冴えていた。
「ひとつ」
俺を焼き切ろうとする炎のブレスを斬り裂く。
一度で無効化することはできず、続けて四度斬る。
その間に、アシッドブレスが迫ってきて左手に付着する。
服ごしに左腕の表面が溶け始めるのがわかるが、気にしている余裕はない。
「ふたつ」
左手の負傷の分、剣速が鈍る。練気を深く発動……自身の魔力の暴発をさらに激しくして、鈍った剣速を補う。
当然練気の制御はさらに困難となる。練気の反動のせいなのか右足が痙攣し始めるが構うことはない。おかしくなって当たり前なんだから、一周回って正常ってことだ。
「みっつ」
氷のブレスを突く。
運よく一度でブレスは霧散した。
日頃の行いだ。
「よっつ」
風のブレスを断ち斬る。
弾き飛ばされそうになるが、それすらも斬り裂いた。
「いつつ」
漆黒のブレスを両断する。
そして、ここが打ち止めだった。
さらに迫り来るブレスを斬ろうとするが、両手が動かない。
見ると、俺の手は凍っていた。氷のブレスを突いたときか? 日頃の行いを改めた方がよさそうだ。
…………半分か、もうちっと粘りたかったな。
そのとき、なんの偶然かブレスに隙間ができて空の向こうが見えた。ブラックドラゴンの姿をした魔王が見える。
魔王は俺を嘲笑っているか、それとも当然の結果としてただ見ているか、なんにせよロクでもない顔をしているのかと思ったのだが。
……あいつ、何に驚いているんだ?
生じた疑問に答えるように、これまで何度も聞いた声が響いた。
「極大魔防護!!」
刹那、目前まで迫っていたブレスは透明な壁に阻まれて停止した。
はい?
なんですかこの防護魔法は?
…………ブラックドラゴンと魔王のブレスを遮断できるとか……いやいやいや。
こんなん使えるやつ、一人しか思いつかねぇだろ……。
ブレスを抑えている透明な壁は、よく見ると薄っすらと蒼色を帯びていて、少しだけ亀裂が入ってきていた。
しかし、ブレスは決して貫通することはなくその場に押しとどめられていた。
バランスを崩しながらも俺はどうにか地面に着地すると、
「危ないなぁ、ロイは。あと一歩で間に合わないところだったんだからね。ヒヤヒヤするなぁ。
ほーんと、はるばる帝都から頑張って来た甲斐があったってもんだよ!」
「……遅ぇぞ、モニカ。脇役も揃わなきゃ、パーティは始まらないんだからな」
「ちょっとぉ! こんな美女を捕まえて脇役はないでしょ!」
モニカが不満顔のふくれっ面をする。世界広しと言えど、あれだけのブレスを抑え込める防護魔法を使える僧侶なんて、こいつくらいしか心当たりないわ。
「まったく、モニカさんに会えたことを少しは光栄に思いなさいな」
ぶつぶつと文句を言いながらも、モニカの手に光が宿り俺の凍った手を癒していく。
「言ってろ。……だが、今回は本当に助かったぜ。ありがとよ。
それに、旦那たちのこともな。やっぱりモニカに頼んで正解だったよ」
「………………うん」
うん?
モニカの奴、微妙にうつむき気味でうなずくとか、随分殊勝なリアクションだな?
俺の方も、まともに礼を言うなんて珍しいことしたかもしれんけど、一体どうしたんだこいつ?
「あ、あー! それにしても久しぶりの感触! この匂い!! 癒されるわぁ~」
体当たりするように抱き着いてきたモニカを、ユエルは半ば呆然としながらも受け止める。
ユエルの顔は、モニカと、近くに止まっている馬から降りてきた男女を行ったり来たりしていた。
「…………みなさん……どうして、ここに?
スヴェンさんは城に捕らえられていたはずでは……」
馬から降りてきた男女の内の女の方、ティアンが無表情でユエルに向かってVサインをする。
「逃げてきた」
「に、逃げてきたって、そんな簡単に……」
ティアンの後ろにいる男、スヴェンが苦笑する。怪我のせいか、歩きにくそうな感じがした。
「言うほど簡単じゃなかったけど、今はこのとおり戦争の真っ最中だしね。城に常駐している兵も少なかったんだ。
モニカの手引きもあったし、逃げるのはそこまで大変ではなかったよ」
落ち着いた声色に大人の余裕が感じられる。
怪我をしていようが、スヴェンの旦那は変わらずのナイスダンディーだった。
「ロイ、久しぶりだな」
「おう! 旦那も元気そうでよかったよ。旦那の家族の件は、王国の近衛隊長に頼んで解決済みだから安心してくれ」
「そうか…………今回は本当に苦労をかけたな。すまなかった、ありがとう」
「俺はほとんど何もしてねぇよ。礼ならモニカと、隊長さんたちに頼む」
「……あぁ」
旦那が大きくため息をついた。
モニカには、スヴェンの旦那の家族を人質とされている件については何とかすると言伝を頼んでいたが、やはり心配だったのだろう。
旦那の顔には疲れと、それ以上の安堵の様子がうかがえた。
「そうなのよ。無事に城から抜け出せたのは、ひとえにあたしの地道な仕込みのおかげなのだよ」
「そんなことない。私も活躍した。魔法撃ち込んで、逃げるチャンス作った」
ドヤ顔気味のティアンに、旦那が明らかに顔色を悪くした。
「そ、そうだったな…………城、壊してたな……」
「兵たちが大混乱したのはよかったけどさ。
ティアンってば、あんな威力の魔法使っちゃって、どこぞの国からの襲撃とでも思われたんじゃないの?」
「そんな大事じゃない。人に当ててないし」
「でも盛大に壁破壊してたじゃない。ま、途中で逃げてるのバレちゃったし、しょうがないんだけどねー」
「そうそう」
笑い合う女性陣に反して、旦那の顔は超ひきつっていた。
よし、俺関係なくてよかった。城をぶっ壊した責任はきっちり3人でとってもらうとしよう…………って、こんなのんびり話している場合じゃないんじゃね?
頭上を見上げると、魔王とブラックドラゴン共は相変わらず中空に浮かんでいた。
ブレスを防がれたせいなのか様子見をされているようだったが、いつまた攻撃が来るかわかったもんじゃないな。
「モニカ。さっきのブレスって、また防げるか?」
「ちょっと難しいかなー。極大魔防護って詠唱時間長いのよ。遠目から見て明らかにヤバそうな雰囲気だったから、こっち向かいながら準備してたの。
詠唱が短い防護魔法だと、破られちゃうだろうしね」
なにそれ、ヤバいじゃん。
「ぷっ、そんな顔引きつらせないでよ。本当にヤバかったら、あたしだってもっと慌ててるよ。
さっきのブレスは凄かったけど、こっちには大魔法使い様がいるんだから。一発勝負なら負けないでしょ」
「そうそう」
軽い調子でティアンが前に出て、詠唱を開始した。
あ、そうか。ここは外だし、魔王は空飛んでるし、どれだけ魔法が広範囲になろうが問題ないんじゃん。
詩を紡ぐように詠唱を続けるティアンの周囲には、目に見えるほどの魔力が流れ始めていた。
小さな竜巻のようにティアンの周りを渦巻いて、やがて吸い込まれるようにティアンの手へと集中していく。
「……ブレスが来ます!」
ユエルの警告に合わせるように、ティアンが両手を空へ突き出す。
「暴撃雷嵐」
遥か頭上に落ちた雷撃が、浮遊する魔王とブラックドラゴンを幾度も貫いた。




