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第60話 乱入者現る

「このっ…………離せ……離せ、勇者よ!!」


「耳元で大声出さないでください。気が散ります」


「お前が、妾を離せばよいだけ…………おおぉっ!?」


 ユエルはその場ににとどまることなく身を躍らせ、黒雛のブレスを避け続ける。腕の中で騒ぎ続けるジュリエッタが跳躍の反動に動揺するが、ユエルはお構いなしに地を蹴り身を躍らせた。

 ユエルの腕の中で、ジュリエッタは肩で息をしながらも不満を漏らす。


「……お前に抱えられるなど……不愉快極まりない。

 妾はまだ誰にも…………ロイにも、このようなことはされたことがないのだぞ……」


「そうですか。私はありましたよ」


「お前……喧嘩を売っているのか? そうなのだな?

 よし、降ろすがいい……あの魔物と共に地べたに這いつくばらせてやろう……」


「馬鹿なことを言うだけの元気はあるのですね。

 でしたら、早々に体力を回復させ、剣技を使えるまでに戻してください。私だけでは、あの魔物は倒せません」


「うるさい……やはりお前は気に食わん……離せ、離すのだ」


 胸元をつかんでくるジュリエッタの手は弱々しい。限界まで剣技を使用した反動である。


(怪我はポーションや僧侶ヒーラーの魔法で治せても、体力だけは自然に戻るのを待たなくてはならない。

 本当なら、ジュリエッタさんには下がってもらって休息に専念してもらいたいのですが……)


 腕の中で騒ぐジュリエッタを見て、ユエルはその考えを却下する。この無鉄砲さでは、回復する前に絶対に飛び出してきてしまうと確信できた。

 そのため、ユエルは無理やりにジュリエッタを抱えて黒雛からの攻撃を避け続ける羽目になったのだ。


(……ジュリエッタさんの体力か、私の勇者の加護か、どちらかが戻ればよいのですが)

 

 ユエルは、未だ力が戻らない自身の身体に舌打ちしたくなった。感覚的にもう少しで戻りそうな前触れはあるのだが、まだ時間が必要だった。

 肝心なところで役に立たない力など、ないも同然だ。

 自己嫌悪に陥ったユエルは、眼前に迫る黒雛の腕に気づくのが遅れた。


「……ッ!?」


 慌てて跳躍し、直前までユエルがいた地面を黒雛の腕が押しつぶした。


「…………」


「…………」


 亀裂の入った地面を見て、ユエルとジュリエッタは肝を冷やす。

 悔しそうに咆哮する黒雛からユエルは全力で距離を取った。


「お、おい勇者よ……今だけは特別に我慢してやるから、集中するのだぞ……しくじるなよ……」

 

「ええ、そうします……」


 先ほどまでよりも二人の距離が近くなっていたが、無意識的なことで双方気づいた様子はなかった。

 

(しかし、私自身の体力も限界が近い…………このままでは、いずれ……)


 ユエルが、いっそのこと何もかも投げ捨てた特攻でもしようかと覚悟したときに、唐突にその怒号が響いた。

 思わず目をやると、筋骨逞しい男が雄々しい馬に跨り、十数の兵を引き連れ走っている姿が目に入った。男は非常に好戦的な表情を浮かべて豪快に笑っている。


「…………父上!?」


 ジュリエッタが目にした人物を見て驚愕した。




 ◇ ◇ ◇




 うそーん。


 魔王を相手に絶賛苦戦中の俺は、視界の端に入った光景を見て思わず二度見した。

 少数の兵を引き連れた騎兵隊がいたのだが、その先頭にいたのがヤバいくらいの覇気とカリスマを放っているオッサンだったのだ。超目立っていたのだから、二度見くらいしてしまうんだけど。


 いやいや、なんでハイデル(あのオ)ベルグ王(ッサン)、こんなところにいるの? 自由すぎるってレベルじゃないでしょ……。


「つか、近衛隊長も一緒じゃん。あの人たち、王国の護り完全無視かよ……」


 アホだ。何考えてやがるんだ、あの人らは? こんなところに王が来て死んだりしたらどうすんだ! どうせ考えるのを放棄したんだろうけどさ、アホすぎんだろ!


 思わず罵倒したくなるが、どうにもこうにも可笑しくて笑いだしそうになってしまう。

 ああ、本当にアホだ。そして俺もアホだ。


「どうした、魔剣の? それは諦念からくる笑みか?」


 絶対的優位の魔王から嘲笑される。

 無理もない。俺の剣は魔王には通じず、地力の差をひっくり返す剣技にも対応されはじめ、魔王の剣が俺を捉え始めていたのだ。このままでいれば、斬られて致命傷を受けるか、魔弾に撃ち抜かれるかは時間の問題だった。


「いいや。向こうの方が決着つきそうだからな。

 俺たちもそろそろお開きといこうかと思ってよ」


 俺が首で示してやると、魔王が顔を向けて不愉快そうに舌打ちした。


「元がブラックドラゴンと言えど、所詮はまがい物か。

 ……そうだな、もうよい頃合いか。人間どもの研究も結局は役立たずだということがわかったのだしな」 


「頃合いだと?」 


「俺の力はすでに大方戻ってきている。これ以上人間の国に身を隠す必要もないだろう。……たとえ奴らに捕捉されようと返り討ちにする力は十分に蓄えた。

 懸念していた勇者も、所詮は人間。俺の真なる敵にはなりえない」


 魔王がくぐもった笑いを漏らすと、その身に変化が生じた。

 耳障りな咆哮を上げ、巨大化していく。いや、ただ大きくなるわけじゃない、こいつは……。


「…………そうか……お前、精神体になって逃れたって言ってたな。ユエルにぶっ倒された後、ブラックドラゴンに憑いたってわけか」


 魔王の言っていたブラックドラゴンもどき、黒雛よりも二回りは巨大な、正真正銘のブラックドラゴンが目の前にいた。

 無論、中身は魔王なのだ。野良のブラックドラゴンとは比べ物にならない力を持っているだろう。


 魔王はブラックドラゴンの姿となり、天に向かって咆哮する。

 すると、ひとつ、ふたつ。上空に次々とブラックドラゴンが召喚されていく。

 虚空より現れたブラックドラゴンは人々の頭上を旋回した。


「……剣聖よ、人間にしてはなかなか楽しめたが、もうよい。遊びの時間は終わりだ」


 上空に現れたのは9体のブラックドラゴン。

 そのすべてが下方に向けてブレスを放ち、帝国軍、王国軍、両軍の兵を襲った。

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