第55話 戦いの終わり
慌てるユエルとヴィルさんを笑っていると、ぽんぽんと肩をたたかれた。
「ずいぶん楽しそうだな、ロイよ」
「エッタ? ……っと、さんきゅな」
エッタに魔剣を押し付けられるように渡される。俺の剣を取りに行ってくれていたようだ。
「治療はもういいのか?」
「見よ、すでに元通りになっている」
あ、ホントだ。右肩を斬られてたけど、これもうどこに傷があったのかすらわからんな。
……いやぁ、それにしても。
いやぁ、本当に見事な珠の肌ですなぁ。ハイデルベルグの姫さんは伊達じゃないね。眼福眼福。
「しかしあやつ、本当に勇者の名に違わぬ実力者なのだな。そなたと戦っているときのあやつは本当に強かった」
「ユエルが持ってる『勇者の加護』はそういうもんだからな」
支援系や回復魔法は効果倍増させて、攻撃系魔法はその大部分を抵抗しちまうんだからな。反則技みたいなもんだ。
今回はユエルを相手にして、改めてその恐ろしさが身に染みたよ。
やっぱり勇者は敵に回しちゃいけないね。うんうん。
「…………気に入らんな」
「へ? 何言ってんだよ?
そりゃ確かにおかしな能力だとは思うけどよ……」
どうしたんだ、エッタの奴? 妙に不機嫌なような気がする。そんなにユエルの勇者の加護が羨ましいのか?
「別にあやつの力が妬ましいわけではない。
妾が気に入らないのはそなただ」
「俺?」
なんで? 俺、なんかしたか? 思い当たる節、まったくないんだけど。
「…………すまん、そなたに当たっても仕方のないことだったな。
いや、それよりも倒すべき相手がはっきりしたのだ。むしろ僥倖とも言える」
「倒す? 何言ってんだよエッタ。もうユエルは俺たちに敵対するつもりはないと思うぞ?」
「ロイにとってはそうだろうな」
「いやいや、エッタにとってもそうだろ?」
「いいや、妾にとっては敵だ。非常に厄介な相手だ。それこそ、『勇者の加護』など話にならんくらいのな」
と、エッタはわけのわからんことを言いきって、ユエルのもとへ歩いていった。意味わかんねぇ。
「勇者よ、お前の剣だ」
「拾っていただいたのですね。ありがとうございます」
「お前は本当に強いのだな。いずれまた手合わせ願おう」
エッタの強いまなざしから目を離さず、ユエルは小さくうなずいた。
「……勇者よ、覚えておくのだな。
妾は負けるつもりなど毛ほどもないぞ」
「………………」
エッタの奴、ユエルに対してやけに火花バチバチだなぁ。俺のときよりもかなりムキになってるように見えるぞ。めずらしくユエルもちょっと好戦的に見えるし。
お互い同性だし、そう簡単には譲れんものでもあるのかね?
うんうん、いいライバルになりそうだね。
◇ ◇ ◇
ゾギマスの横に、音もなく影が降り立った。
「お前の目論見は、失敗に終わったようだな」
「な、何者だ!?」
影に、ゾギマスの側近たちが抜剣して剣を向けるが、影はまったく気にした様子がない。
ゾギマスが手を振ると、側近たちは訝しがりながらも次々と剣を収めた。
ゾギマスは嘆息して、忌々し気にロイを睨む。
「勇者であれば、あの剣聖をどうにかできると思ったのだがな……想定以上にもろい精神だったようだ。うまくいけば共倒れ、悪くとも片方は消えると思っていたのだが」
「甘いのは勇者ではなく、お前の考えだったようだな。
しかし、あれだけ戦えば十分か。すでに事は終わったようなものだ」
「……貴殿が出るのか? こちらには貴殿のもたらした技術、黒雛がある。
雛どもをけしかければ、王国は総崩れとなるが」
「それはそれでやるといい。俺は戦争に興味はない。
勇者と、それに並ぶ者どもは確実に始末しなければならんからな」
ほの暗い霧が満ちて、影は飛翔した。
◇ ◇ ◇
ゾギマスの奴、よりにもよって自国の兵士であるフィラルさんも使ってユエルを脅していたらしい。
だが、そちらに関してはたぶんなんとかなるだろう。
まさか今ここで人質に取るような真似はできないだろうし、この戦争を終結させてゾギマスの責任を問えば今の地位は間違いなく失うだろうからな。勝てばよいのよ。
……それに万一何かあっても、フィラルさん一人ならどうにでもできるだろうしな。むしろ何かあれば助けたお礼に、むふふな展開もワンチャンあるかもしれん。うふっ、素晴らしいね!
そんなことを談笑していたのだが、俺たちは素早く飛びのいた。
直後、そいつは天より墜ちてきた。
轟音とともに地に降り立ち、悠然とした態度で俺たちを睥睨する。
黒衣を纏った男は、濁りの入った瞳でユエルを捉えた。
……おい、ちょっと待てよ…………いきなり現れてなんだこいつ!? 感じられる重圧が普通じゃねぇぞ!! 人化したレッドドラゴンとも比較にならねぇんじゃねぇか!?
尋常ではないプレッシャーを前に、ヴィルさんはすでに全身に汗をかいている。
目だけで合図を送ると、ヴィルさんは一瞬だけ躊躇したが乗馬して王国軍の方へと走っていく。
こいつは冗談もくそもなく、本気でシャレにならん相手だ。
黒衣の男はヴィルさんを一顧だにせず、ユエルを真っ向から見続けている。俺とエッタも眼中にはないらしい。
無視するなと言いたいところだが、この感じは本当にシャレにならん相手だ。エッタも十分わかるらしく、一切の余裕が感じられない。
ユエルは、はっとして、それを振り払うように顔をしかめた。
「あなたは………まさか……いえ、そんなはずが…………」
「久しいな、勇者。名はユエルだったか?」
言葉を発した男から、どす黒い霧が噴き出したように感じる。
無論、これは霧じゃない。おそらく魔力なんだろう。膨大な魔力がこいつの身体から漏れ出ているんだ。
「本当に矮小な姿だ。とても俺を倒した相手とは思えんよ」
「…………魔王、ゼーレスドーグル。生きていたのですね」
魔王? 魔王ゼーレスドーグルだと!?
それならこの凄まじいプレッシャーも理解できるが、ゼーレスドーグルってユエルたちが倒した魔王じゃねぇのか!?
「人に殺されるほどやわではない。と、言いたいところではあるが、あの戦いは完敗だった。
この俺の呪に満ちた魔力に抗った者など、この世界には貴様以外存在しない。見事と言わざるをえないな」
「あのとき、確かにあなたの首は斬り落としたはずですが……」
「そうだったな。貴様を見ていると、ないはずの傷がうずくようだ」
男、魔王ゼーレスドーグルは首元に手をやり暗い笑みを浮かべる。
「あの時、戦いに勝機を逸した俺は、精神体を飛ばしてあの場より消えたのだ。貴様が斬り落とした首は、ただの木偶人形よ。
まったく、この俺が退くなどとんだお笑い草だ」
「…………精神体、ですか。そんなことができるとは、魔王とは厄介なものですね」
「褒めているのか? それとも貶しているのか?
安心しろ、勇者。あのような卑しい真似、二度とせん。敵を前にしておめおめと逃げるなどという屈辱、二度も耐え切れるはずがない。魔王たる俺の自我が砕け散ってしまうだろう」
暗い笑みを浮かべたまま、魔王の手の上に黒球が生まれる。
「今日は、あのエルフの僧侶はいないのか?
さて、魔を払う勇者よ。高位の回復魔法もなく、貴様は何度俺の魔弾に耐えきれるのだろうな」
「……ッ!?」
魔王の手から黒球が放たれる。
ユエルへと高速で射出され、中空で膨張したそれは周囲を巻き込んで爆裂した。




