第53話 ありふれた出来事
一年近く前のことになる。
俺がそのことを耳にしたときには、何もかもが遅かった。
「…………ひどいもんだな」
壊滅した小規模の村を見回して、俺は無意識に大きく息を吐いた。
滅茶苦茶に叩き壊された家々、いたる所に血の跡が残されている。凄惨な状況を、容赦なく夕日が照らしていた。
じくじくとした感情が胸にこみあげてくる。
決して珍しいことではない、よくあることだと意識を切り替えようとして、結局うまくいかない。
「本当、ひどいもんだ」
沈んだ気持ちのまま、俺は集落の中を歩きだした。
人の気配を探そうとするが、生存者はおろか、死人すら見つからない。
これは人食いの類のモンスターの仕業か?
しかしおかしいな。聞いていた話だと、トロルのような怒号がしたって話だったぞ。
トロルなら、人を食うにしても肉だけのはず。最低限骨くらいは残るはずだ。何も見当たらないのは妙だが……。
不思議に思いながら、俺は破壊しつくされた村の中を練り歩くが、結局死体は見つからなかった。
念のため、周囲の状況も確認しようと村はずれの丘を登り始めたとき、ようやくその気配に気づいた。
「…………何やってんだ?」
丘の上にいたそいつは、小柄な少女だった。
少女は黙々と動いている。
一定のリズムで、定められた動きを繰り返していた。
近づくと何をしていたかはすぐに判明する。少女は地面を掘っていたのだ。
……あぁ、そういうことか。
少女のそばには、ところどころ損壊した死体がいくつも並んでいた。
「…………」
俺は声をかけようとして口を開くが、何も言わずに閉じた。
こんな時、どんな言葉だろうと意味はもたない。無意味なことをしても仕方ない。
俺は振り返って丘を降りて行く。
少女は俺に気づいた様子はなく、黙々と土を掘り続けていた。
目的のものを見つけて丘に戻ってくると、少女は変わらず掘り続けていた。規則正しい動きの中で時折汗が舞う。
ふと、少女が顔を上げる。
俺に気づくと驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに興味をなくしたように作業に戻った。
俺は小さく息を吐いて、少女から少し離れた場所で地面を掘り始めた。使うのは、先ほど村の中から見つけてきた古いシャベルだ。
最初はぎこちない動きだったが、すぐに身体が感覚を思い出したのか、一定のリズムで地面を掘り続けた。
掘ることに集中していたら、かなり時間が経っていた。日は沈み星がまたたいていた。
少女は損壊した死体を掘った穴に入れていた。
丁寧に、丁寧に。決してこれ以上壊れることのないよう、少女は汚れた身なりが更に汚れるのもいとわず、一人ずつ穴に埋めていった。
少女の近くに来て、死体を入れた穴に土をかける。
少女が俺を見上げた。
「…………」
「…………」
一瞬か、数秒か、それともそれ以上か。
俺たちは目を合わせ続けて、ほとんど同時に作業に戻った。
村人全員の埋葬が終わったころには、完全に暗闇に覆われていた。
……うぅ。
眩しさに、開きかけた目をすぐに閉じる。
って、眩しい? は? 朝?
「ッ!?」
急激に意識が覚醒して、がばっと跳ね起きる。
周囲は草原のようになっていて、眼下には損壊した小さな村が見えた。
あぁ、そうか。村人を埋葬してて、夜中に終わって、ちょっと休んでたら寝ちまったのか……。
軽く頭を振って頭をはっきりさせると、昨日の少女が視界に入った。
そいつは足を抱えて座ったまま、じっと村を見ていた。
「…………」
俺は荷物入れの革バッグからミュラの葉を取り出して、地べたに座り込んでいる少女に差し出した。
少女が俺を見上げる。
微妙に焦点の合わないような目をしていた。
「知ってるだろ、ミュラの葉。渋くて苦くてクソまずいやつだ」
ミュラは非常に丈夫で、水さえあげときゃ勝手に生えてくるレベルの植物だ。
それゆえ安価であるが、栄養面は確かで腐りづらいため、携帯食として非常に優れている。
味さえ終わっていることに目をつぶれれば、優秀な食物だ。味がすべてを台無しにしているが。
「…………」
少女は返事をしなかったが、ゆっくりと手を伸ばして葉を受け取った。
俺は革バッグからさらにミュラの葉を取り出して口の中に放り込む。
ぶえっ!? おえぇぇぇッ!? ホンッと、糞まずッッッ!!!!
思わず吐き出したくなるが、ひたすらに地面を掘りまくっていたため身体は疲労している。
多少寝たので少しは回復しているが、無理やりにでも何か腹に入れておけば結局はもたなくなる。でもこんな糞まずいの、やっぱり食いたくねぇなぁ……。
半ば涙目になりながら我慢して咀嚼していると、少女が俺と同じようにしかめっ面になって口を動かしていた。
それまで無表情だった仮面が崩れていて、俺は思わず小さく噴き出してしまう。
少女は俺を見上げる。
あ、ヤバ……今笑うのはマズったか……?
心配する俺をよそに、少女に気を悪くしたような様子はなかった。相変わらずそれはそれは不味そうに咀嚼して、無理やりといった具合に飲み込んでいた。
俺もどうにか飲み込んだ。なんだか村人たちを埋葬したときよりも疲れたように感じるな。
俺はぐーっと伸びをして、力を抜いてからつぶやくように言った。
「お前、一人か?」
「…………」
視界の端で、小さくうなずいたのが見えた。
「奇遇だな。俺も一人だ」
俺が苦笑すると、少女は俺を見てぱちぱちと何度か瞬きをした。
どちらからともなく手を伸ばして少女は立ち上がって。
そうして、俺たちはだれもいなくなった村を出た。




