第6話 いつか、また
俺は宿の自分の部屋に戻り、簡単に身支度をしていく。
数ヶ月の間、ここには世話になったが、あまり物は多くない。
手早く革バッグに詰めて背負い、剣を手にして下に戻る。
時間にして十分くらいだろう。
それだけでなぜか、食堂の雰囲気はこれ以上ないほど緊張感が高まっていて、一触即発の状況になっていた。
「あなたが以前、ロイさんと旅をしていたのはわかりました!
それで結局、二人はどういう関係なんですか!?」
「だからぁ、さっきから何度も言ってるでしょ?
むふふな関係よ♪」
「それじゃ全然わからないですよ!?
あなたなんなんですか一体!?」
「エルフですが何か?」
「むぅうううううう!!! そうじゃなくってぇ!!!」
モニカとクーチェが、激しく口論していた。
即発しそうなのはクーチェだけだけど。
「…………何してんの?」
「ロイさん!?」
「お、早かったね。じゃ行こっか」
モニカが席を立ち、軽やかにステップを踏んで俺の腕を取った。
……おい。なんだその手は。
「馬があればいいんだけどねー。
ま、なくてもいいよね? 少しくらいゆったりまったり、散歩みたいな旅もいいもんだよねー?」
モニカは、俺の腕に身体を押し付けるようにしている。
傍から見れば、完全にバカップルに見えるだろう。
一体どういう了見かと抗議の視線を送ると、モニカがクーチェからは見えないように、ぱちりぱちりとウインクしてくる。
「合わせなさい。巻き込みたくないんでしょ?」
俺にだけ聞こえるような小声で話す。
これも傍からは、モニカが俺に顔を寄せて甘く愛を囁いているいるように見えてしまうかもしれない。
…………。
はぁぁぁぁぁぁ。超気が進まねーーー!!!
………………けど、下手に事情を誤魔化すよりも手っ取り早いかぁ。
「な、な、な…………!?」
クーチェは驚愕の表情で、腕を組む俺とモニカを見ている。
一方的にモニカが俺にくっついてるように見えるが、俺もされるがままにしている。
クーチェの視線は完全に、「なんだこいつら!?」状態だ。アホ共を見る目だ。心が痛い。俺の繊細な精神がヤスリで削れていく。
「それじゃ、ロイが長い間、大変お世話になりました。
ばいばい、お嬢ちゃん。シナモン・ティー、美味しかったよ♪」
「……悪い。じゃあな」
モニカは腕を組んだまま、俺をゆっくりと、だが確実に引っ張っていく。
俺は手早く宿屋の料金とモニカのお茶代を置いて、モニカに連れ立って宿を出るのだった。
「……………………」
ぽかーんと口を開けたままの、クーチェを置いて。
◇ ◇ ◇
さすがに世話になった村の人たちに、黙って出ていくわけにも行かない。
俺は村長、畑を耕しておすそわけしてくれたばーちゃん、釣り仲間のおっさん連中に旅に出る旨を告げて回った。
隣に、無駄に距離の近いモニカがいる状態で…………。
「あたしのこと、誰にもなーんにも聞かれてなかったけど、逆に察されてるみたいで照れちゃうね?」
「うるせー、お前は黙ってろ!」
こいつ喋らないと、まともに見えるのホントやだ。
これだからエルフっつーのはよぉ。
外面だけは無駄にいいの、本当にやめて欲しいです。
ちなみにこいつ、20代中盤くらいに見えるけど、本当は80超えたババアですから。
俺もモニカと出会ったときは、完全に外見に騙されていた被害者だったわけですよ。
当初、こいつが俺に気のある素振りしてるから、俺がなけなしの勇気を出して誘ったら、すぱーーっと態度変えて、「こんなに簡単に引っかかる人初めて見た!!!」って、指差して爆笑しやがったからな。
純情な男心を弄びやがってよぉ!!!
そんなわけで、俺はこいつがどれだけ外見が美しかろうが決してなびくことはないのである。
そもそもこいつ、人をからかうだけで全然その気ないしな。何度かひっかかってる俺が言うのだから間違いない。
「亭主関白は流行らないわよ、ダーリン?」
「だーりんはマジでやめろぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐふぐふぐふふふ♪」
俺の怒声など、どこ吹く風。
冗談抜きで気持ち悪い笑い声を上げて、モニカはくるくる回っていた。
こいつ、俺を陥れてそんなに楽しいか?
くそ、この村じゃ結構真面目に生活してたのによぉ。
…………まぁ、遊びに行くような店もないし、真面目にならざるをえない状況だっただけって言い換えもできるけどさ。
それにしたって、だれかれ構わず声かけるようなことはしてねぇし。
ここ最近は余所者感も大分薄れてきて、村の人たちも俺に対する警戒心は消えてきたみたいだし、そろそろアタックしてみてもいいかなぁ~? なんて思ってた矢先によぉ……。
ひどくない?
ため池側に住んでるリヨンさん、キュっと引き締まった腰をしてて、雰囲気も柔らかいし好みだったんだけどなぁ。
モニカの噂が流れたら、っていうか絶対流れるし。
今更誤解だって説明したところで、どこまで信じてもらえるのやら……。
ザザ村での俺って、確実に終わっただろ。悲しみ。
村の外れまで来て、這々の体で歩く俺の背中を、モニカがバシバシと叩く。
「まーまー。仕方ないって。
何かを手に入れようとすれば、おのずと別のものが手から溢れていくものさぁ」
「知ったふうなこと言いやがって……」
俺のこれからの気力を削いで何がしたいんだね、お前は。
「でも、ちょっと遅くなっちゃったね。夜になるまではまだ時間あるけど、どうする?
今日は村に泊まって、明日の朝出発する?」
「…………いや、状況がわからねぇからな。少しでも早く王国に行っておきたい。
日が落ちるまで歩いて、夜は野宿だな」
俺とモニカの足なら、数日の道のりでハイデルベルグの王都へ到着できるだろう。
どこかで乗合馬車でも捕まえられりゃいいんだけどな。期待はしないでおこう。
しかし数日とはいえ旅となると、久々にクソまずい携帯食の世話になるのか。
最近はずっと村でまともなもん食ってたからなぁ。あのマズさに、俺、耐えられるかな……?
「なぁ、モニカ。
お前さ、村に来るまでの道中、何食ってた?」
「うん? これだけど?」
ごそごそと神官服から取り出したものを、モニカが口に入れる。乾燥したミュラの葉だった。
ミュラは非常に丈夫で、水さえあげときゃ勝手に生えてくるレベルの植物だ。
それゆえ安価であるが、栄養面は確かだ。
味は渋くて苦くて、クソまずい。俺が持ってる携帯食よりもクソまずい。
「…………それ平然と食ってるの見ると、お前ってエルフなんだなぁって思い出すよ」
エルフって、基本的には菜食だもんな。
「うぅん? それ、どういう意味かなぁ?
こんなに光り輝く美貌のモニカちゃんを捕まえて、ロイ君は何をほざいているのかなぁ?」
モニカが笑顔で、俺の脇腹に鋭く拳を突いてくる。地味に痛い。
「まったくロイは……。
この状況で、食べ物の心配してるなんて、のん気なんだか大物なんだか」
「兵站は重要だぞ? 飯を疎かにしてて、勝てる戦いを逃す場合だってあるんだからな。
それに村の食料は新鮮さが圧倒的なんだよ。
貧しい村ならいざ知らず、ここみたいにちょいと余裕のある村だと、大抵の街よりもよっぽどイイもの食ってるぞ」
「そういえば、村で作るチーズとか、超お酒に合って美味しいのあったりするからね」
「だなぁ。ここは地酒はないけど、果実酒は豊富だったな。
こんなことなら、もっといろいろ飲んでおけばよかったぜ。
ゆず酒が基本なんだけど、こいつにレモンと調合したハーブを入れると、パンチとほどよい甘さがあってだな……」
「もー!! ロイの馬鹿!! 想像しちゃったじゃない!!! 飲みたくなってきちゃったでしょぉぉぉぉ!!!!!!」
「痛ぇよ!? 叩くな!?」
狂暴化したモニカをなだめながら歩いていると、村の出入口に到着していた。
出入口と言っても、かろうじてボロボロの立て札があるだけで、警戒している人間がいるわけでもない。
当然、今も誰もいないと思っていたのだが、
「…………やっと来た」
ひょっこりと、クーチェが立て札の陰から顔を出した。
「あら、お嬢ちゃん。
見送りに来てくれたの?」
クーチェは僅かにモニカに視線をくれてから、こくりと頷く。
「これ、途中で食べて。
パンに焼いたオーク肉挟んだだけだけど、携帯食料よりはマシでしょ?」
「お…………おう。助かるぜ。……ありがとな」
「うん」
紙につつまれたそれを手渡されて、俺は革袋へと収める。
その間、クーチェはずっと俺を見ていた。
「…………………………旅には出ないって言ったくせに」
ぼそっと漏れた言葉に、俺はバツが悪くて頭をかいた。
「……あー。なんだ、ちっと事情ができちまってな。
早々にどーにかしないといけない厄介な案件ができちまったというか……」
「あっそ。別に聞いてないけど」
ふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして、クーチェは視線を外した。
村にいたのは数ヶ月程度だったけど、ここまで不機嫌なクーチェは初めて見たかもしれない。
その理由が、俺が急に村を出ていくからってことなのだとしたら、悪いなって気持ちと、少しだけ面はゆい感じがする。
…………せっかく餞別まで持ってきてくれたんだしな。
その分俺は、つまんねぇ話でも置いてくか。
「クーチェ」
「……なに?」
「俺は、剣取ってから、どっか一つのところに長くいたことはねぇ。
俺の故郷は、魔物に滅ぼされてなくなっちまってるし、旅してばっかだったからな。
だから、俺には帰る場所ってのはねぇんだ」
「…………そうなんだ」
クーチェの目が一瞬見開かれた。
まぁ、つまんねぇ話だ。
「お前にとっちゃ、数ヶ月なんてあっという間だろうけどな。
俺には、すげー長く感じたぜ。
この村はどこかのんびりとしてて、時間に追われるようなことはなかったしな」
「……うん」
「それが退屈だったかって言うと、決してそういうわけじゃなくってな。
つまり何が言いたいかってーと…………」
いつの間にか俺をまっすぐに見ていたクーチェに、俺ははっきりと告げた。
「いずれまた、戻ってくる。
ここは居心地がいいからな。のどかに暮らすには、ちょうどいい」
「そう。
……………………なら、あの部屋、また使えばいいんじゃないの?」
「そうだな」
「そうだよ」
互いに目を合わせたまま、ふっと同時に笑った。
クーチェは、ぽすっと、慣れない感じで俺の胸に拳を突き出してきた。
「なんて言ったらいいのかわかなんないけど…………がんばってね、ロイさん」
「おう。さんきゅ」
拳を引っ込めたクーチェに、俺は軽く手を挙げた。
クーチェは笑って、小さく手を振った。