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第51話 奥の手

 圧倒的な力の差だった。

 ユエルの斬撃が振るわれるたび、俺は死の恐怖に抗わなければならなかった。

 盛大に殺気が込められた刺突を必死に顔を振って躱し、身の毛もよだつような水平斬りに対して細心の注意を払ってこちらの剣を滑らせてそらせる。

 一瞬たりとも気が抜けない。汗を拭う暇などない。

 多少の剣の技量などモノともしない、絶対的な力の差がそこにはあった。


獅子連斬(ししれんざん)


「ッ!?」


 考える間もなく、俺は即座に剣を構えて防御する。

 神速の、それでいて重厚な三連撃がはしる。急所だけは護れるよう、最短の動きだけで対応する。


「あぐっ……」


 左腕が悲鳴を上げる。


 斬られたか!?

 だが、浅い、この程度ならまだやれる!

 まったく恐ろしいまでの連撃だ。まだ、かすり傷程度しか斬られてないのがウソみたいだぜ!!


「そらっ!!」


 時折、思い出したかのように反撃してやるが、ユエルにはまるで通じない。羽虫を落とす勢いで弾かれるのが関の山だった。


 それでも、まったく反撃しないわけにはいかない。

 こちらの攻撃の意志がないとみなされれば、今よりももっと強烈な攻め手がとんでくる。防御の意識を一切捨てた、攻撃全振りのアタックなんて絶対に受けたくねぇ。


「ちぃッ!!!」

 

「無駄です」


「うらぁッッ!!!」

 

「この程度」


「おらあああああ!!!!」


「私には通じません」


 ユエルは俺の突きを上へと弾き、反動をつけて振り下ろしてくる。

 一見して隙だらけの大振り、しかし他の追随を許さない剣速の前にはその隙も消失する。


 かろうじて俺の防御は間に合ったものの、叩きつけられたような斬撃に成すすべもなく吹き飛ばされた。

 盛大に地面を転がりまくって、ようやく止まる。

 慌てて立ち上がるが、ユエルは俺を吹き飛ばした位置から動いていなかった。


「どうしました。もう、終わりですか?」


 悠然とした態度。

 こんな舐めたこと言われれば、普通ならまず怒りがこみ上げてきそうなもんだ。ましてや相手は小娘ともいえるような線の細い少女だ。

 

 ……だから、俺は不敵に嗤う。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。

 まだ戦いは始まったばかりだろ?」


「そうですね。では、準備運動はこのくらいでいいですか?」


「……この野郎」


 思わず笑いが引き攣る。

 なんつうひどい性格してやがるんだ、こいつは。

 これだけ力の差を見せつけられたあとにンな言葉をぶつけてくるとか、俺じゃなきゃ絶望して泣き出してるとこだぞ。


 だが、確かにユエルの言葉には同感だ。ちょうどよく間合いも取れたことだしな。

 準備運動はもういいだろう。


「エッタ!!!」


 後方に離れているエッタに呼びかける。


「なんだ!? 妾の援護が必要か!? 化け物相手なら、二人がかりでも構わんだろう!! よし、今行く……」


剣を投げろ(・・・・・)!!」


 左手を伸ばしてエッタの方へと向けた。

 一瞬、エッタの動きが止まり、


「…………ふんっ!!」


 真っ直ぐに投擲されたエッタの剣が俺の手に収まった。


「さんきゅーな」


「その剣は、本来なら他人に貸すなどもっての外なのだからな!! 利子は高くつくぞ!!!」


「出世払いで頼むわ」


 軽口を叩きながら、俺は構える。

 ユエルに対してやや半身になり、左手に持ったエッタの剣を前方へと押し出し、右手に持った魔剣を下段にした、双剣の構え。慣れた両手剣とはまったく感覚が異なるが、思った以上に手になじんだ。


「…………ロイさんの二刀流というのは、初めて見ますね」


「そりゃそうだ。これを実戦でやるのは実に十年振りだ」


「それが、ロイさんの足掻きですか」


「おうよ。ちっと埃かぶってるかもしれんけど、年季は十分だぜ」


「…………」 


 ユエルの姿がゆらりと揺れたと思うと、瞬速で間合いを詰めてきた。

 合わせるように俺もユエルへ向けてはしる。


 ユエルは俺が向かってくるとは思っていなかったのか、僅かに動揺した素振りをみせる。迫り来る斬撃が今までよりも鈍い。

 今までは待ってばかりだったから、調子に狂いが生じたのかもしれない。それとも、俺の二刀流を警戒しすぎてなのか。


 なんでもいい、こっちはせっかくのチャンス、逃す気はないぜ!


「よっと!!」


 暴風でも生み出しそうなユエルの斬撃を左の剣で滑らせ、右で斬り上げを狙う。

 ユエルは身体を捻って躱すが、続けて左から腹部へ突きを入れる。


「このッ!?」


 ユエルが慌てた様子で俺の突きを弾く。弾くだけにしては強烈な剣速だ。まともに受ければ、片手で持った剣など成すすべもなく弾き飛ばされるだろう。

 けど、これは俺にとって予想どおりの行動だ。


 左手に持った剣が弾かれたのは、剣先だけ。突きを入れたのはただのフェイントで、すぐに引いていたのだ。

 ユエルの反応が良すぎて、本来は空振りさせるつもりが弾かれちまったけど、幸い剣を弾き飛ばされるほどではない。

 ユエルは反射的に俺の剣を弾いてしまって、次の攻撃を放てる体勢にない。


 ……さて、そろそろ反撃モードといこうか!


双連閃そうれんせん!!」


 袈裟斬りと逆袈裟斬りを左右から同時に振り下ろす。

 ユエルは一瞬戸惑ったものの、俺の二振りから逃れるため素早く後ろへとステップした。

 俺はユエルを追って大きく一歩踏み込み、右、左の順で斬り上げを放つ。


「くっ!?」


 ユエルは剣を横に構えて俺の二連斬もガードした。

 俺はさらに追撃の剣技を繰り出す。


回乱轟迅かいらんごうじん!!」


 斬り上げの二連斬を回転しながら連続で3度繰り出す。

 それぞれ狙う場所を変化させているので、剣の出どころが非常に見えにくいこの剣技をまともにガードするのは至難の業だ。


 案の定、ユエルでも全てを防ぐことはできず、俺の剣が2、3度身体を削る。 

 しかし、ユエルもただではやられてくれない。


「せいッ!!!」


 剣技の終わり際を見極められ、即座に俺に斬りかかってくる。

 回乱轟迅かいらんごうじんに対抗する手段は、先を取って技の前に斬り伏せるか、技の終わりにかぶせるように反撃を繰り出すかが定石なんだが、ユエルの奴、初見の技によくもまぁいい反応するもんだ。


 俺は双剣でユエルの斬撃をどうにか受け流し、そのまま横に回る。

 ユエルは俺を横目で見ながら、斬りかかってきた勢いを殺さずに駆け抜けていく。


 数歩分距離を置いて、ユエルが素早く振り返る。

 先程までの余裕の表情は消え、額に汗が吹き出していた。


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