第49話 剣聖と勇者
天空から落ちてくるような斬撃を、身体を硬くするようにして受ける。
見た目にそぐわない強烈な振り下ろしに、俺は危うく剣を取り落としかけた。
……まったく、相変わらず圧倒的な力だな!
間近で見るのが久しぶりすぎて、ついうっかりまともに受けちまったじゃねぇか。おー、手がしびれやがる。
「はぁッ!!!」
「ッとぉぉ!!」
的確に俺の左肩を狙った突きを、剣を振って弾き飛ばす。
以前の俺なら半ば勘任せの撃ち払いだったが、今はほとんど見えている。
短期間だが、エッタとは結構訓練したからな。
このくらいの速さなら、エッタとそう変わらない。まだ見切れる範囲だな。どうやら、ユエルにかけられてる支援魔法は並レベルのようだ。
連続でユエルが繰り出す幾つもの突きをすべて弾き、
「おらよっ!!」
連続突きのタイミングを見計らって、強引に斬撃を割り込ませる。
ユエルは一瞬眉を動かしながらも、身体を振って器用に避ける。
「おまけだ!!!」
間合いを潰し、手が届くほどに接近し、俺は柄を斜め下からユエルの顎へと叩き込む。
打撃の感覚が手に伝わり、ユエルが大きく後退していく。
「…………っ」
ペッとユエルが僅かに顔を振って唾を飛ばす。
いや、唾じゃない。血だ。
柄攻撃は当たりはしたが、ユエルも柄でガードしていたため僅かな衝撃が入った程度だ。
何の成果もないよりはいいんだけど、不意をついた攻撃をこうも簡単にかわされるのはきついもんがあるなぁ。
「ロイさん、前よりも強くなってますよね?」
「あ、わかるか? いやぁ、今はなかなかいい訓練相手がいてさぁ」
「…………」
「技量はちょいと未熟だけど、やたらスピードもパワーもあってなぁ。今のユエルくらいなら、そう変わらんレベルなんだよ。
驚くよなぁ、勇者とタメ張れるレベルの動きするとか。
おかげで、単純な力押しに関しては結構慣れることができてな」
「…………それだけではないですよね?」
「おう。そいつがなんでそんな動きができるかっていうとだ、練気っていう身体能力強化の方法があるみたいでな。俺も初耳なんだが、どうも獣人の国でそういう技術があるらしくてよ。俺はようやく少しは使えるようになってきたんだが、エッタと違って、まだ常時発動とはいかなくてな」
先ほど連続突きに対して、強引に斬撃を割り込ませたときに使ったりとかね。
剣技ほどじゃないけど、俺はかなり意識して集中しておかなければ練気は失敗する。
「残念ながらユエルには扱えそうにないと思うけどな」
「そうですね」
「わかるのか?」
「なんとなくですけど、ジュリエッタさんと戦っているとき、違和感がありましたから」
はぁ。どういう感覚なのかわかんねぇけど…………ユエルなら、なんとなくわかっちまっても不思議じゃないか。戦いに関する勘は異常に鋭いからな。
「しかし、このままだと勝負に時間がかかっちまいそうだな」
「彼女のように、ロイさんも一か八かをしてもらえれば、すぐに決着はつくと思いますよ」
「俺は慎重派だからなぁ。そういう賭け事は好きじゃない」
「私もです」
言って、ユエルがさらに後退していく。
フィラルさんや帝国の僧侶がいる場所よりも、さらに後ろへと下がっていった。
「うん? あれって……」
いつからいたのか、待機している帝国軍勢のかなり前に何人かが出てきていた。
そのうちの一人は、戦場にはまったく似つかわしくない格好をしている。
ユエルはそいつの横まで移動した。
「って、ゾギマスじゃねぇかよ!?」
あの野郎、なんでこんな前線まで出てきてやがるんだ?
っていうか、なんかあのハゲ…………まるで詠唱でもしてるような……………………。そういや、あいつ元神官だったか。それも結構、高位の、だった……ような………………。
あれ? もしかして、ヤバくないですか?
デンジャーなことに気づいた俺は、即座に回れ右をしてダッシュする。
全速力で退却して、ぐわしっとそいつの肩を掴んだ。
「うわっ!? な、なんですかあなた、急に!?」
「どうしたのだ、ロイ? そんなに慌てて?」
離れていたエッタはこの上なくのんきな様子だった。
今も肩の傷の処置中だったのか、右肩付近だけ服を上げて肌を晒している。瑞々しい肌に血と傷跡が痛々しく見えるが、顔色は良好なようだ。今はエッタの相手をする余裕はないので、俺は真正面のそいつ、僧侶に食う勢いで聞く。
「あんた、神々の祝福は使えるか!?」
「神々の祝福、ですか……? む、無理ですよ。そのような上級魔法、私には……」
「なら、大海の輝きは!? 深緑の祈りは!?」
「……深緑の祈りなら」
偉い! あなた、よく修行してますね!! 将来はいいお婿さんになれますよ!!
「よし!! それ俺にかけてくれ!! 今すぐ!!!」
「え? でも、まだ彼女の治療が完全にできては……」
「よい、こやつの言うとおりにしてやれ」
僧侶が、おずおずとエッタを見ると、エッタは自信満々に頷いた。
若干迷いながらも、僧侶が詠唱を開始する。
エッタの奴、俺が慌ててるのがなんでだかわかったんだろうか? いや、絶対わかってないよね。
「で、ロイよ。深緑の祈りとはなんだ?」
「そこからかよっ!!」
支援魔法に決まってるでしょぉぉぉ!!!
「エッタ!! お前は帰ったら絶対に魔法の勉強しろ!!! 剣士だって最低限の魔法の知識がないと、対処できない時だってあるんだからな!!!」
「そ、そんなに怒らんでもよいではないか……」
エッタがしゅんっとして、直後素早く振り返る。
悪寒を感じて、俺も振り返った。
「…………」
見知った俺ですら、怖気の走るような気配だった。
結局のところ、俺はわかっていなかったのだ。
味方にいたときは頼もしさしか感じなかったその力が、自分に振るわれたときどうなるかということを……。
そして。
僧侶が呪文を唱えたときと、俺たちが飛び去ったのはまったくの同時だった。




