第46話 龍虎、相まみえる
目の前の、女剣士が剣を構える。
隙のない構えに、ユエルは間合いを気にしながら自分も剣を抜いた。
「……あなたは?」
「妾はしがない傭兵、ジュリエッタだ!」
胸を張って返答した女に、ユエルは「私はユエルといいます」と名乗った。
(キラキラとした金髪ですね。陽光に照らされた麦畑みたいです)
ジュリエッタの結った髪を目にして、ユエルは素直に綺麗だと思った。
「ここを通してもらえませんか? 私はあなたと戦うつもりはありません」
「…………ほう?」
ジュリエッタがぴくりと右眉を上げた。柄を持つ手に力が入る。
「帝国軍に加担するお前が、この妾と戦うつもりがないと言うか?
面白い冗談だな」
「無駄な戦いをする必要はないですから」
「妾も無駄な問答をするつもりはない。
そちらが来ないというのなら、妾から行こうではないか!」
ジュリエッタの接近に、ユエルは冷静に対処しようとして、
「……え?」
想定よりもあっさりと接近され、ほとんど反射で構えた剣によってジュリエッタの斬撃を防いだ。
「さすがは勇者だな!! そう簡単にはいかぬようだ!!!」
「くっ!?」
続いて繰り出される連続した突きをかろうじて弾き、ユエルは慌てて大きく跳躍して間合いを取る。
(この人、速い! 私やロイさんよりも、もしかしたらスヴェンさんよりも!?
ウソ、どうして……支援魔法だって使われてる様子もないのに…………普通じゃない!)
「くくく、驚いたか!? その反応、まるであのときのロイのようだな!!」
「ロイさん? それは一体どういう……」
「だが妾は、もはやあのときの妾ではないぞ!」
ジュリエッタは容易く距離を詰めて、素早い斬撃を繰り出す。
警戒していたユエルは、今度こそまともに受けることはできたが、受け流すほどの余裕はない。
(……速さも力も、あちらが上。
技量はまだ甘いところもあるようですが、私とはそれほど差がないですね)
ジュリエッタの連撃をまともに受け続けて、ユエルの手に痺れが生じてくる。
隙を見て何度か反撃をするが、ことごとくジュリエッタの剣に弾かれてしまう。
このままずるずると守備を固めているだけでは、倒されるのは時間の問題だった。
「……あなたは、何者ですか? ジュリエッタという方を、私は耳にしたことがありません。
これほどの実力を有していて傭兵稼業をしていながら、なぜ今まで表舞台に出てこなかったのですか?」
「妾は最近まで獣王国に行っていたからな!! この辺りを旅していた勇者が知らぬのも無理はない!!」
「そうですか。
帝国軍の部隊長を次々と撃破したというのは、あなたがたのことでしょうか?」
「そのとおりだ!! 妾とロイがいれば、容易いことであったぞ!!!」
不敵な笑みを浮かべながら、ジュリエッタが強烈な一撃を叩き込んでくる。
ユエルは剣でガードをするが、その威力に押され一瞬完全に動きを止めた。
もしも。
もしも、この人がいれば。
(私たちのパーティにこの人がいて、ロイさんと組んでいたのなら。
であれば、ロイさんは私たちのもとを離れることはなかったのでしょうか……)
「どうした!? 隙だらけだぞ!!」
ジュリエッタの渾身の横撃がユエルの胴へと迫る。
剣で防いだとしても、ジュリエッタの斬撃には強烈な踏み込みが完全に付加されている。ユエルの小柄な身体では弾き飛ばされるのが必至だった。
(戦いの最中に余所事を考えている場合ではありませんね)
隙を見せたのはわざとです。
そう答える代わりに、ユエルはさらに鋭さを増した目で的を定め、流れるように剣を振るう。
「風嵐絶華!」
ジュリエッタの横撃に的確に一撃を加えて狙いを外すと、ユエルは続けて嵐のような荒れるう風に身を任せるように、ジュリエッタに匹敵する速度で連撃を繰り出した。
「くっ!? ぬぐぐッ!?」
一撃だけをとってみれば威力はさほどでもないが、尋常ではない手数はそれだけで脅威である。
ジュリエッタは慌てて防御体勢に入るが、すべてを防ぎきることはできず、いくつもの斬撃が衣服や肌を斬り裂いていった。
しかし、致命傷を狙った斬撃はジュリエッタに一度たりとも届くことはない。
ユエルは早々に見切りを付け、大きく後退していく。
「どうした!? 怖気付いたか勇者!? 妾はまだまだやれるぞ!!」
「そのようですね。このままでは私の方が危ないでしょう」
「ほざけ! まだ随分と余裕な様子ではないか!」
「余裕などありませんよ。この状態ではね」
ユエルが後退した先には、フィラルと共に来てもらっていた僧侶が待機していた。
ユエルは僧侶の前に立つ。
「すみません。予定より早いですが、お願いします。
彼女を相手に、このままで勝つのは難しいので」
「わ、わかりました。それでは……!!」
僧侶が短い詠唱を終えて、ユエルに支援魔法をかける。
「大地の歌!!」
赤き魔方陣が地面に生じ、ユエルの身体を包むように上昇した。
ユエルの周囲に陽炎のような赤い霧が漂い続ける。
「ありがとうございます」
「い、いえ!! このような中級魔法しか使うことができず……」
「そんなことはありません。私には、これ以上ないほどの助けとなります」
僧侶はユエルに気を遣わせたと思い、さらに申し訳なさが募る。
ユエルは再度何か言おうとするが、おおっぴらに自分の能力を言うわけにもいかず言葉を飲み込んだ。
(……見ていればわかることでしょうしね)
ジュリエッタに視線をやると、ポーションを飲んで傷の具合を確認していた。
風嵐絶華によるダメージはかすり傷程度であったことから、簡単に回復した。
「ユ、ユエル殿!!」
フィラルが困惑したようにユエルへと半端に手を伸ばす。
「フィラルさん? どうかしましたか?」
「その…………い、いえ。どうか、ご武運を……」
「はい」
フィラルの迷いしか見えない言葉に頷いて、ユエルはジュリエッタの元へと跳躍した。
着地をして、ジュリエッタを改めて見る。
自信に満ち溢れ、堂々と剣を構える姿は美しかった。
お姫様のように可憐で、迷いのない行動。勇者である自分を前にして、まったくひるむことのない勇気……。
(…………ジュリエッタ……そうか。
もしかしてこの人が……エッタさま、なのでしょうか)
ちらりと後ろに目をやると、フィラルがぎゅっと拳を握りユエルとエッタの二人を見ている。
片時も目を離すまいという思いが溢れているようだった。
(…………手を抜くわけにはいきません。それだけの余裕もありませんから)
ユエルは剣を握り直し、駆け出した。




