第44話 戦況
「ぐぬぁぁああああ!?」
エッタと帝国の将軍が一騎打ちをする中、勝負を決する一撃が入った。
「くはははははは!!! やはり妾を相手にするには力不足であったな!!!!」
エッタは胸を張り、剣を持った手を高々と掲げ、堂々と勝利を宣言する。
対して帝国の将軍は斬られた腕を抑え、苦悶の表情を浮かべながらエッタを見上げていた。
死にはしないだろうが、腕の傷は浅くはない。この状態で剣を持つことはできないだろう。
「アルザス将軍!! 今は退きましょう!! その御身体で戦い続けるのは不可能です!!!」
側近らしき男が乗馬したまま将軍の元へと駆け寄る。
将軍は不服そうに逡巡していたが、それもわずかな時間だった。
「…………一度態勢を立て直す!! この場は退くぞ!!!」
すぐに決断して馬に乗り、後方へと退いていく。鮮やかな引き際だね。
……と、こっちものんびりしてる場合じゃないか。
「エッタ!! ついて来い!!!」
囲みが薄い場所を見極め、すぐさま突破を仕掛ける。
帝国兵たちは、自分たちを指揮していた将が退却したことから多少の混乱が見受けられる。
俺とエッタは無駄な戦いはほとんどすることなく、帝国軍の巣窟から抜け出したのだった。
◇ ◇ ◇
王国軍と帝国軍が開戦してから、俺とエッタは遊撃部隊としてたった二人で帝国軍に仕掛けていた。
少数すぎる精鋭なので、最初は帝国側の侮りもあり無双状態だったが、俺とエッタの実力が向こうに伝わっていったせいか、迂闊に突っ込んでくるような兵はいなくなっていた。
隙が少なくなった相手に仕掛けるのはどうしてもリスクが伴う。
体力的な疲労も重なり、俺とエッタは王国軍指揮本部の一角まで後退していた。椅子に座り、疲労回復に効果がある薬草茶をちびちび飲んでいた。ちなみに、ほげ面は外している。
「殿下、ロイ殿。お二人とも、素晴らしいご活躍ですね」
王国軍の実質的総司令を務めるドーベングルズ将軍が、俺たちの下を訪れてきた。
「すでに3隊もの部隊を退却させたと報告が入ってきていますよ!
帝国軍のおののく様がまぶたに浮かぶようです」
「当然だ!! 妾とロイが組めば向かうところに敵はいないのだからな!!!」
「まったくその通りのですな!!」
はっはっはと笑い合う将軍とエッタ。
「…………おや、ロイ殿? 浮かぬ顔ですな?」
「ええ、まぁ」
「くははははは!! ロイめ、まだ帝国軍を倒し足りないのだろう!?
よかろう!! もう十分に体力も回復した!! 再度斬込みをかけるとしようか!!!」
「はいはい、ちょっと落ち着いてね。今はテンション下げてていいからね」
エッタが勢い良く椅子から立ち上がったので、頭をぽんぽん押して座るように誘導する。
「む…………むぅ」
あら? エッタの奴、存外素直に座ったな?
てっきり文句でも言われるかと思ったけど…………別に気にするほどでもないか。
「して、ロイ殿。何か心配ごとでもありますかな?」
「俺とエッタの戦果がドーベングルズ将軍の耳にまで届いているのなら、当然帝国側の将軍にも伝わっているはずです。
俺たちを止めるために軍として組織的な対応を取るか、もしくはあいつを……勇者ユエルが動かしてくるのではないかと」
「勇者殿ですか…………確かに、それは非常に頭の痛いところですね……」
「そもそもユエルが未だに姿を表していないのが、少し気にかかるところではあるんですけどね……」
最大戦力のはずのあいつが出てくれば、王国側にはどうしたって動揺が生まれる。
帝国側はユエルの存在を未だ秘していた。
そして王国兵の大半は、帝国側にユエルがいることを知らないのだ。
ユエルの存在を王国兵たちに伝達するか迷ったところではあるのだが、警戒したところでユエル相手にできることはほとんどない。剣では大半の者が圧倒されるし、魔法で圧殺しようにもほとんどの攻撃魔法は糞高い魔法抵抗力により弾かれてしまう。
ならば士気を下げるだけだと、ユエルの存在は幹部だけが把握をしておき、ことさら知らせるようなことはしないこととなった。
幹部にはユエルの姿が確認出来た際は、速攻で部隊を下げるという全力退却の指示を徹底させた。
出たとこ勝負で危険は伴うが、最初からビビリまくるのとどちらがいいかと言われれば判断に迷うところだった。
「ともあれ、ユエルに出られたらこっちが全力で対処しても厳しい。せめて万全の状態にしておかないと、すぐさまぶっ倒されちまうかもしれません……。
将軍、王国軍と帝国軍、今はどちらが優勢ですか?」
「現状は五分五分、といったところでしょう。
当初数の上では帝国に分がありましたが、お二人の活躍のおかげもあり、勢いはこちらが上回りました。
精強とうたわれる帝国軍を相手にしていることも踏まえれば、今も均衡を保っているのは上出来と言えるでしょう。
……しかし、数の上では依然向こうに分があります。
このままの戦況が続けば、結果はおのずと見えてきてしまうかもしれません」
とすると、王国軍が帝国軍に勝つためには、何がしかの変化が必要になるか。
俺とエッタでその変化をもたらすことは不可能ではないだろうけど…………。
「なぁ、ロイよ」
「ん? どうした?」
「そなたは随分と勇者を警戒しているが、勇者とはそれほどまでに強いのか?」
今更すぎる質問だけど、そういやエッタにはユエルのことをあんまり話してなかった気がするな。
「そりゃ強ぇよ。魔王だって倒してるし、なにより俺はあいつの実力は間近で見てきたしな。
あいつが本気になれば、少なくとも俺よりはずっと強いぞ」
「…………ふぅん」
エッタがなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。
笑ってるような怒ってるような、元気がないような興味津々なような…………それでもあえて言うなら、虫の居所が悪いって感じだ。
あれか、最強たる妾の前に立ちふさがる者は例外なく倒してくれるわ!! とでも思ってるのかね?
「ならばロイよ、勇者が現れたときは……」
「ドーベングルズ将軍!! 緊急事態です!! 至急本部へとお戻り下さい!!!」
ひどく慌てた様子で汗だくになった王国兵が、転がるように将軍の前で膝をついた。
この慌てよう…………もしかしなくても、ユエルが動き出したってことか……。
「何があった?」
「あ、あちらを!! あちらをご覧ください!!!」
兵の指差す方を見ると、遠方で戦う王国と帝国の兵たち、そして巨大な黒い塊が蠢いていた。
…………。
「な、なんだあれは!?」
僅かな沈黙後に、ドーベングルズ将軍が動揺した声をあげる。
黒い巨大な塊? まとわりついているのは……黒い霧か?
にしたって、一体なんだっていうんだ、あのデカブツは!?




