第42話 贈り物
兵たちと剣を合わせて稽古をしたからか、すっかり機嫌を直したエッタと夕食をとっていた。
「ロイ、ロイ!」
「どうしたよ?」
干肉を噛みながら剣の手入れをしていると、エッタが俺の肩をバシバシ叩いてきた。痛いよ。それと剣持ってる人の肩叩くのは危ないからやめましょうね。
「明日はな、あやつら10人を相手に戦おうと思うのだ!
今日は5人までしか相手をしなかったからな! 一息二息で形勢をこちらに寄せられたが、10人相手ではそうはいかんだろう!?」
「あー、そうかもな。なるべく隙の少ない一撃を意識するべきだな」
数人相手なら敵の練度や陣形にもよるが、一撃目が多少大振りでも即座に反撃されることは少ない。
でも人数増えて何発も入れるんじゃあ、ちっと頭の回る奴ならタイミング読んで攻撃してくる奴も出てくる。余裕かましてたら多少の実力差があろうとも、こちらが攻撃している隙をついてブスっとやられることだってある。
「うむうむ! 強敵を相手にするときとは違う戦い方をしなくてはな!」
「というか、エッタ。帝国に行く道中で野盗相手にしたときは、そんな感じで戦ってなかったか?」
あんときは野盗側に十数人いた。
確かエッタは、野盗相手に斬り結ぶようなことはなく、大体一撃で片付けてたような気がするけど。
「奴らはほとんど丸腰だったではないか。防具を装備している兵には、防具ごと叩き斬るか、無防備な部位を狙わんといかんからな。少々気を遣わねばならん」
「そだな」
「そうだろう、そうだろう!」
エッタが一人で納得して腕組みしながら、うんうん頷いている。
……いやぁ、なんつーか、本当にエッタは変な環境で育ってきたんだな。
ある程度の強者なら当たり前にやっていることを、今頃になってぶち当たってるなんて。
こんだけの強さがありながら、魔物との戦闘はおろか、対人でも1対1ばかりしてきたみたいだし。
「くくく。明日が楽しみだな」
おうふ、一見して可憐な笑みに見えるけど、意味考えると返って物騒具合が増すな。
ルーニー達は大丈夫だろうか?
「ほどほどにしといてやれよ? 帝国軍と接敵するのは明後日なんだからな」
「わかっている。妾も嫌がる兵と訓練しようとは思っていない。あくまで希望者だけだ」
エッタの奴、本当に楽しそうに笑ってやがる。
今まで経験したことない形式での訓練になるし、新鮮で面白いんだろうなぁ。
遠目から見た限りだけど、険悪な雰囲気どころかわいわいやってたようだし、兵との距離は近くなっていたように見えた。
いいことだと思う。どうせ共に戦うなら、よく知らん同行者よりも、強さを知っている味方のが多くの場面でプラスに働くし。
…………デメリットがないとは言わないけどな。
「そういえばロイ。妾に交際を申し込んできた奴がいたぞ」
「へ………………へぇ…………そう……」
これだよ!
冒険者だろうと兵隊だろうと、ちょっと外見のいい女が仲間になると、すーぐ熱あげちゃう系のチャラチャラした男がいるんだよ!
ったく、当人は勝手に親近感わいてるのかもしれんけど、相手の女はいい迷惑してることがほとんどなんだからな!
………………あ、なんか急に胸に大穴があいたような痛みが……別に過去の様々なトラウマがフラッシュバックして、俺の心を爆砕しまくってるわけじゃないんですよ?
「そやつにな、俺が勝ったら付き合ってくれと言われた。妾好みの、とても胸に響く告白だった……」
おいおい、何乙女チックな目で夜空見てるんですかこの姫さんは!?
まさかその男に落ちちゃったりしてたりとか…………。
「そ、それで、どうなったん?」
「全力で相手してやったら一撃で吹き飛ばしてしまってな。そやつが気を失ってしまったので、それでしまいだ」
「…………」
身も蓋もねぇ話だな。
たぶんルーニー達と一緒にいた、あの金髪イケメンだったと思うんだけど、さすがに同情するぜ。
「…………明日も早いし、もう寝ておくか」
「そうだな」
エッタと共に就寝準備に取り掛かる。
といっても、すでに簡易テントは用意されているし、簡単に寝床を準備するだけなんだけどね。
エッタは大多数の兵には王女ということを秘されてはいるが、さすがに本当に一般兵と同じ扱いをするわけにはいかず、将校と同じように個室のテントが与えられている。
当初は、なんであの女個室なの? と周囲から訝しがられていたが、昨日今日の俺との試合で、強いからかーと納得されているようだった。
実力社会ってわかりやすくていいよね。
準備を終えたエッタが、テントの中からひょっこりと顔を出す。
「ロイ、今日はそなたもこちらで寝るか?」
「寝ませんよ」
エッタは個室テントだけど、俺は一般兵と同じように外で寝ている。
軍からはエッタと同じように個室テントを用意するとは言われていたが、野宿には慣れてるし変に気を遣われるのもアレなので断っていた。
「ふん、つれない奴め。
気が変わったらいつでも入ってくるがいいぞ」
「はいはい。おやすみ」
テントの隙間から、ちらりと見えた不満気なエッタは薄緑のネグリジェを着ていた。
王城で見たナイトドレスも似合っていたが、ネグリジェも悪くないよね!
…………あ、そうだ。すっかり忘れてた。
「エッタ、ちょっといいか?」
返事を待たずにテントの中に入ると、エッタは布団の上でわたわたと慌てた様子で腕を上下させていた。何してんだろ、この姫さんは? いつでも入ってこい言うてたでしょ。
「な、なななななんだ!? も、もしかして気が変わったのか!? そなたもこちらで休むのか!?」
「いや違くて。
渡しておく物があったのを思い出したんだよ」
「……わ、渡しておくもの?」
「おう、これな」
懐に入れたままだった翠色のブローチをエッタに手渡す。
「…………これ、前にもらった……」
「そうそう。王国にいた間、城下町の店をまわってたときに偶然同じものが一つだけあってな。
前のブローチは砕けちまっただろ?」
前にエッタにあげたブローチは、レッドドラゴンの魔法をモロに受けたときに魔法を防ぐための効果を発揮して砕けていた。
一度限りとはいえ、レッドドラゴンの魔法を防いだ効果はでかい。エッタが持っている剣はいい剣ではあるようだが、さすがに俺の魔剣のように魔法を斬ったりすることはできないし、保険として装備しておくのは悪くないだろう。
それにエッタも、ブローチ自体を結構気に入ってたように見えたしな。
「ありがとう、ロイ」
目を細めて、エッタが微笑む。一瞬、その表情が年上のように落ち着いて見えた。
…………へぇ、エッタってこんな顔もするんだな。
エッタがブローチをそっと台の上に置くと、悪戯をするような顔で近づいてきた。
いや、近くね? 近……
「…………」
「…………」
すっと、エッタの顔が離れていく。
思わぬ接触を受けて、無性に顔が熱くなってきた。
「感謝の気持ちだ。
……そなたを驚かせてやろうと思ったのだが…………これは、思った以上に…………照れくさいものだな」
顔を赤くしてはにかんでいるエッタを見て、俺は頬をかいた。
「あー、ありがとう……」
「うむ…………では、妾はもう休むぞ」
「お、おう」
半ば呆けたまま外に出て、なんかよくわからん間に寝ていた。




