第41話 進軍
ハイデルベルグ王国軍、5万の兵士。
軍に同行中の俺は、薄暗くなった空き地で強敵との戦いに興じていた。
一閃。
エッタの鋭い一撃が右側頭部に迫るが、寸でのところで躱す。
避けられるとは思っていなかったのだろう。エッタの上体は明確に崩れた。
すかさず横薙ぎを仕掛けると、
「くっ!? まだっ!!」
無理な体勢で俺の一撃を受け止めて、エッタが地面を転がる。
しかし、転がりながらも移動し続けているため、追撃するに値する隙が生まれない。
俺が迷う内に、エッタは体勢を整え飛びすさった。
……ちっ、失敗したな。今のは多少強引でも攻めとくべきだったか。
「ふぅ。さすがは剣聖といったところだな」
「いやいや、姫…………無名の女相手に手こずってるようじゃ、その称号は返上すべきかもな」
なんて、エッタは実質王国最強の剣士なのだから、別に剣聖が多少手こずってもおかしくはないんだけどさ。
「くはははははは!! 安心しろ!! いずれ妾に勝てる者などいなくなるのだからな!!」
剣を構えてエッタが自信満々に言い放つ。
大言壮語ではあるが、まるっきり夢物語とも言えない。
その証拠に、一瞬のうちにエッタから感じるプレッシャーが膨れ上がった。
――来るかっ!?
土煙を卷き上げて、エッタが肉薄してくる。
次々と荒々しく襲いかかってくる連撃。俺は逃げずに、真正面から同様に連撃で迎え撃った。
「かはっ!! 真っ向勝負か!! 面白い!!!」
真剣に、だが楽しそうに剣を振るってくるエッタ。
エッタに余裕はない。あったら困る。こっちだってギリギリだからな!
「10年早ぇっ!!!」
「ぅぐっ!?」
僅かに生じた隙を付いて、俺は鋭い一撃を入れる。
まともに俺の剣を防いだエッタは剣を手放しかけて、慌てて握り直す。
今度こそ、完全に明確な隙。
俺は迷いなく身体をひねらせて、エッタの右ほほ数センチのところを刺突する。
風圧でエッタの髪がかすかに揺れる。エッタの剣は、未だあさっての方向を向いていた。
「………………む……ぐぅ……」
「勝負あり、だな」
俺が勝ち誇ったドゥヤ顔で剣を下ろすと、エッタが腕をぶんぶんさせる。
剣持ったまんまだから普通に危ない。良い子は絶対にマネしてはいけませんよ?
「がああああああああああああ、悔しい!! 悔しいぞ!!!」
「はっはっは!! 潔く負けを認めるんだな。
なぁに、今のはいい勝負だったと思うよ? あともうちょっとだったねぇ?」
「本当にもうちょっとだったではないか!?
そなたの言い方では、あたかも物凄い差があるかのように聞こえるぞ!!」
「はーっはっは!!! 敗者の弁はこの上なく心地がよいですなぁ!!!」
「ぐぅぅぅぅぅ!!!!」
悔しそうにエッタが俺を物凄い目ぢからを込めて睨みつけてくる。
やばっ、ちょっと挑発しすぎたか? そりゃ少しは大人げないかなーとも思うよ?
でもですね、昨日俺が負けたときはこんなもんじゃぁなかったですから。俺を倒したことを勝負が終わったその場でたっぷり自慢され、飯食ってる時にやっぱり自慢され、寝る前にもやっぱり自慢され……ってどんだけ自慢すれば気が済むんだ、お前は!! って絶叫するレベルだったのだ。
だから、多少やり返したところで俺に罪はないと思いますん。
未だエッタは納得いかないようだったが、勝敗は誰が見てもわかる形で決着している。何を言ったところで結果は覆りはしないし、己の器の小ささを露呈するだけだ。
「もういい! 妾は向こうで修練の続きをしてくる!!」
「おう、ごゆっくり~」
ひらひらと手を振る俺を完全に無視して、エッタはずんずんと大股で歩いていった。
あらー、スルーされちゃった。でもいい気分ですわー。
◇ ◇ ◇
現在、俺はハイデルベルグ王国軍、総勢5万の軍勢と共にゲノブル平原を目指し進軍中である。
ゲノブル平原はハイデルベルグ王国とゼギレム帝国との国境沿いに位置する。平原自体は王国領なのだが、帝国との国境沿いで小競り合いが多かった地域であり、その後も街や村を作ることはしなかったようだ。
王国軍が出陣する際、俺は簡単にだが兵の前に出て挨拶をした。
一応剣聖と呼ばれることもあり、パラパラと俺を知っている奴もいたようだ。それに、王国に滞在していた間は訓練所で騎士と稽古することもあったしな。
その俺が遊撃として戦列に加わることで、多少は兵の士気も上がったようだった。帝国優勢の状況に変化はないが、だからこそ打てる手は少しでも打っておきたいからな。
これだけ俺が王国に肩入れする代わりに、俺は近衛隊長に一つ頼み事をしていた。
近衛隊長は人の好い顔をして、
「お安い御用ですよ」
と、二つ返事で引き受けてくれたが、うまくやってくれていることを願いたい。
ちなみに、俺とエッタとの勝負も兵の指揮を上げる一環の一つだ。
結局エッタも参戦することになったのだが、さすがに存在自体を秘匿していた王女をこのタイミングで公表するのははばかられる。大騒ぎになっちまうし、必ずしもいい方に転ぶとは限らんしね。そんなわけで、エッタは単なる同行者ということになっている。
しかしながら、どうせなら強い味方が増えたんだよってことを知らしめるため、デモンストレーションとして俺と試合形式の勝負をしていたわけだ。
昨日はそれほど見物人は多くなかったのだが、今日は昨日の噂を聞いたからか兵士たちが何周も円になるくらいには集まっていた。
決して誤解して欲しくないのだが、別に昨日敗けた悔しさから今日は絶対に地力の差を見せつけて勝ってやるからなコンニャロなんてことは微塵も思っていませんよ?
そんな経緯で、エッタとの勝負の結果に大満足して超上機嫌になっていたところに、若い騎士が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「ロイさん、ロイさん!」
「おぅ?」
確か、こいつは王国に滞在していた間に何度か剣を合わせた新米騎士だ。
ルーニーっつったかな。同期の騎士の中では中くらいの強さみたいだが、剣筋が素直なのでこれから切磋琢磨していけば、ぐいぐい伸びそうな兄ちゃんだ。
「なんなんですか、あの人!? ロイさんと互角に撃ち合えるなんて、普通じゃないですよ!?
一体どこの国の人なんですか!?」
お前んところの国の第一王女様ですよー。
思わず出かかった言葉を飲み込んで、一息ついてから話し始める。
「流れの傭兵みたいなもんだな。
王国と帝国との戦争だって聞いて首を突っ込んできたようだ。
あいつは王国びいきで、帝国が嫌いみたいだからな、こっちの味方についたってわけだ」
「傭兵ですか? …………名前ってエッタさん、でしたっけ?」
「そうそう。見てのとおり腕は確かだからな。
俺と一緒に遊撃にまわることになってる」
「はぁぁぁぁ。これだけ凄い二人を同時に敵にするなんて、帝国といえど気の毒になってきますよ」
はははとルーニーが笑っていると、後ろから様子を伺っていた騎士たちが次々と押し寄せてきた。
「ロイさん!! エッタさんって、あんな強いのに滅茶苦茶綺麗じゃないっすか!? 実はどっかの貴族様とかだったりしないんですか!?」
「あああ! それ俺も気になってたんだよ!! 話し方も妙に古風な感じがするというか……」
「今どき『妾』なんて言う人いないよなぁ」
「だがそれがいい」
「「「「わかる!!!」」」」
斉唱する騎士達に思わず苦笑する。
「お前ら元気いっぱいだな? 昨日だって試合はしてたのに」
「だって昨日はロイさん、負けちゃったじゃないですか? 驚きすぎて何も言えなかったんですよ」
「俺、ロイさんがふざけてんのかと思ってた」
「剣聖が仕掛けるドッキリみたいな?」
「勝負もあっという間に決着ついちゃったしな」
「話しかけていいものかって困惑してたんですよ」
はははははっ!! すみませんねぇ、あっという間に負けて、ふざけたように見えちゃって。それも実はマジで戦っちゃってましてねぇ。
あの姫さん、本当にぐんぐん強くなっちゃってまして、普通に負けちゃったんですよねぇ。
…………はっ!? いかんいかん。恨み節発動している場合じゃなかったわ。
「で、今日のを見て、エッタの実力が並じゃないってのはわかったのか?」
「そりゃもう!」
「だったらいい機会だ。あいつに試合申し込んで来いよ」
「えぇ!? い、いいんですかね? 俺たちじゃ、きっと相手にならないですよ? 手合わせをお願いしても断られてしまうんじゃぁ……」
「大丈夫、エッタは挑んでくる相手は容赦なく叩き潰すから」
「大丈夫じゃねぇ!?」
びびる騎士たち。
しまった、騎士達にもエッタに親しんでもらおうかと思ったのだが言葉のチョイスを間違えたか?
向かってくる相手は例外なく葬り去るとか、残らず地べたに這い蹲らせるとか…………ダメだ、物騒な言葉しか出てこねぇ。
俺が頭を抱えていると、騎士の内の一人がびしっと手を挙げた。
「ロイさん! え、エッタさんは、今フリーっすか!?」
「へ? ……フリーっていうと……」
「恋人はいるのかってことです!」
「…………あーっと、いや、どうだろうなぁ……………………正式な相手は、いなかった気がするが……」
存在を秘匿されていたせいで、政略結婚とかの類もないみたいだし。
エッタにとって俺は、恋人(仮)だしね……。
「マジっすか!? うぉっしゃあああ!!!」
いきなり吠えた男を中心にして、仲間の騎士たちが取り囲む。
「おい、お前特攻する気かよ!?」
「おうよ!! 俺は惚れたぜ、あの強さと可憐さに!!!」
「漢やなー。がんばれよー」
「エッタさんに試合申し込んで、俺が勝ったら………………いや、あの人には勝てそうにないか。
よし! 勝っても負けても交際申し込んでみよう!!!」
ぐぐっと拳を固めて突き上げる青年騎士。
高身長のロン毛金髪兄ちゃんで、かなりイケメンだ。混じり気のない金髪だし、こいつもしかしたらイイとこの貴族の出なんじゃないの? エッタの隣にいたら普通にしっくりきそうな感じに見えるんですけど……。
よし、今のうちに潰しておこう。
「え、エッタは確かー、自分より強い男が好きらしいぞ?
勝てない内は、変なこと言わない方がいいんじゃないかー? もしかしたら、悪印象持たれちまうかもしれないぞー?」
「マジっすか!? くっそぉぉぉ、俺は一体どうしたら……」
よし、落ち込んだ! イケメンが手ついてがっくし来てるわ!! これなら安心だろー。
「勝たなきゃ相手にしてもらえない、か。
……こうなったら、お前の愛の力でゴリ押すしかないな!!」
「マジか!? そうだよな!! うっしゃああああ!!!」
復活早っ!? なんなのこいつ!? ルーニーも余計な励まししてんじゃねぇよ!?
「それじゃあ、俺たちエッタさんのところ行ってみますんで!
ロイさん、失礼しますっ!」
わらわらと騎士達がエッタの歩いていった方角へと駆けていく。その数は百をくだらないくらいになっていた。
気のせいではなく、いつの間にやら人数増えまくってるじゃねぇか。
う、う~ん…………まぁ、大丈夫だよな…………多分。
俺にどうにでもなるもんでもないし、ぼーっとしててもしょうがない。
飯の準備でもしましょうかね。
……おっと、別にエッタの分も用意するのは一人分も二人分も手間は変わらないからですよ?




