第40話 俺らしく
この部屋には、軍を統括する将軍や王を護衛する近衛隊長、実質的に政治の多くを司る大臣、そして言わずとしれたハイデルベルグ王がいる。
常識的に考えれば、そんな要人だらけのところに、ドォン!! っと豪快にドア開け放って入るとか許される訳がない。
訳ないんだけどねぇ……。
「これはこれは殿下、ご機嫌麗しゅう」
「うむ! ドーベングルズ将軍よ、ロイは話を受けたのか!?」
「ご安心ください。快く了承してくださいました」
「そうかそうか、くははははははは!!!」
部屋に入ってきた早々、ジュリエッタ姫は……エッタは、ドーベングルズ将軍に詰め寄っていた。
エッタの声につられるように、部屋の中の雰囲気が瞬時に一変してアホみたいな明るさに満たされる。
「あ、あのー。…………これって、一体……」
申し訳なさげに、俺は近衛隊長さんに尋ねる。
まぁ、だいたいはなんとなぁく予想つくんですけど……。
「実はですね、このところ、姫様と私、そしてドーベングルズ将軍で剣の訓練をしていたのですが……」
「ええ。なんか、そんな感じのこと、メイドさんや兵の皆さんから聞いたりしました」
「つい先日、姫様から提案がありまして。
私と将軍を同時に相手をして勝利したら、帝国との戦いに同行させろ、と」
「…………へぇ」
おっと。予想が確信に変わりつつありますよ?
「いくら姫様が強いと言っても、私も将軍もそこまで差を付けられているとは思っていません。
無茶をおっしゃられると思いましたが、姫様の頼みですし。王にも相談して了承されました。で、実際に戦った結果……」
「姫さんにやられてしまったって言うんですか? 近衛隊長と、将軍の二人が!?」
「はははは、いやぁお恥ずかしい限りです」
おい、何楽しそうにしてんだあんたは……。
自国の姫さんに、国の実力者最上位って言える人たちが二人がかりで敗けるってどういうことよ……。
「慢心したつもりはなかったのですがね。
それでも、姫様相手に将軍との二人でかかったものですから。どこかに油断はあったのでしょう。
ですが、姫様もなかなかしたたかでしたよ?
数日間の三人での訓練中、姫様は一度たりとも本気で動いていなかったのです。
私も将軍も、すっかりセーブした状態での姫様の動きに慣れてしまっていて、戦いの開始直後に本気で動かれて……」
……なるほど、予想に反して速く動かれたらきついよね。
自分より素早い相手と戦う術はあるけれど、目が慣れてないとあっという間に勝負がついてしまうことはある。
「我流の剣筋から、しっかり基本の型も取り入れられて、姫様は以前よりも確実に強くなりました。
そしてがむしゃらに戦うだけでなく、勝利に繋がる道筋についても考えるようになられたのです。
とても、頼もしく感じます」
「そう…………ですね」
ガチンコでやれば、エッタが近衛隊長と将軍の二人を相手にして勝つのは難しい。
それを打ち破ったのだから、危険な戦に同行しようとすることについて何も言えないのだろう。エッタは、マジで非の打ち所のない王国最強になってしまったのだから。
まったく、本当になぁ…………。
「ロイ! ロイよ!!」
「……あんですか、姫様」
馬鹿みたいに上機嫌な姫様が、ぐいぐいと俺の袖を引っ張る。
エッタの太陽みたいな笑みに、ついつられて笑ってしまう。
「そなたは遊撃だ! 妾と共に、帝国兵の度肝を抜くのだ!!」
「そりゃ相手はビビるでしょうね。名前の知られてない女が先陣切ってくるなんて夢にも思わんでしょうし」
王国第一王女だって事実を知れば、相手どころが自国の兵も度肝抜かれるだろうなぁ。
つか、まず俺が度肝抜かれたよ。
あれから落ち込むどころか、一筋縄ではいかない作戦考えて速攻で実践してるとかよ。
まったく、いろいろと気にしてた俺がバカみたいじゃねぇかよ、ホントにさぁ。
「ふふふ」
「どしたんですか?」
「そなたの顔を見て確信した。
そなた、本当は妾のことを好いているのだろう?」
ニヤリと笑うエッタに、俺は思わず目を逸らした。
「……さぁ、どうだろね」
「うむうむ、無理をする必要はないぞ。
やはり母上の言うことに間違いはなかったな。
押して押して押して、それでもダメなら引いてみよ、と。さすがは父上ですら手のひらの上で転がす母上よ」
エッタの母親ってどんな人なんだろ。
話に聞く限り、とりあえず100%勝てる気がしねぇです。
「…………とは言っても、アレは妾も少々堪えたぞ。
正直に言って、そなたに袖にされるのはもう二度とゴメンだ。次は確実に仕留められるときを狙おう」
「それを直接俺に言ってどうしたいんだよ、お前は……」
「なに、作戦はあれど妾は正々堂々が好きだ。
これについては、特にこだわってこそだと思うしな」
姫さんが、ちょっと頬を染めながら俺の腕をバシバシ叩いてくる。
……これもエッタの母親直伝の作戦だったらどうかと思うけど、エッタじゃ地だろうなぁ。なんつーか、ゴリゴリと胸の奥のやわいところを抉られるような攻撃だよ。
俺がエッタにされるがままにしていると、将軍と近衛隊長がにこやかに話し始めた。
「お二人とも仲が良さそうで、大変結構ですな」
「まったくそのとおりですね。この戦いが無事に終わった暁には、是非ともお二人の晴れ姿を見たいものです」
「おお! それはよいですな! 戦いに疲弊したところでの祝い事は、兵や民の気力にも繋がりますぞ!」
おいおい、大臣まで混ざり始めちゃったよ。
なんつーか、やっぱりこの国って、ハイデルベルグ王だけじゃなく、どっかお気楽な人たちが集まってる気がする。そういうの、嫌いじゃないけどさ。
…………いや、そうだな。
バシバシっと俺は両手で自分の頬を叩いた。
「ロイ? どうしたのだ?」
「ちっと気合を入れたのさ。
最近の俺は、どうも俺らしくなかったと思ってな」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
そもそも俺はハーレム目指してたんじゃねぇか。
多少引っかかるところがあろうが、なぁんでエッタがわざわざ好意持ってくれてんのに引いてたんだ俺は? アホかよ。ここは更なる攻勢に出て、ちょっと嫉妬深いエッタにハーレムを認めさせるほどにまで好かれるようにするのが常道じゃねぇか!
王女相手にハーレムは無謀?
ぶわぁぁっか野郎ッ!! そんな程度でびびってて、剣聖がやってられるかよ!!!
それに帝国を撃退することに成功すれば、活躍次第ではマジで現実的な可能性だって考えられるってもんよ!!! うむ、そうだ!!! そうに違いない!!!!
よっしゃ、よっしゃ、よっしゃぁぁぁああああ!!!! やる気出てきたぜぇぇぇぇぇええええええ!!!!!
「…………むぅ。なんだかそなた、またよからぬことを考えていないか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ、姫さん! 俺はいつだって本気でマジで真剣だぜ!?」
「すでに阿呆なことを言っている気がするのだが……」
エッタがジト目で俺を見ながら、呆れたようにため息を吐く。
「まぁ、今はいいとする。
…………ロイ、改めてよろしく頼むぞ!」
「おうよ! 帝国の連中に、一丁派手にぶちかましてやろうぜ!」
「当然だ! くははははははははははは!!!」
エッタの高笑いを聞きながら、俺は内なる闘志を燃え上がらせて…………、
「…………………………………………」
「な、なんすか……?」
「………………………………………………………………………………」
「いや。……だから、なんすか?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
「あの、痛いんですけど……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
血の涙流しながら無言で肩を握りつぶそうとするの、やめてくれませんかねぇ? ハイデルベルグ王。




