第39話 迫り来る脅威に向けて
ゼギレム帝国軍が動き出したという情報は、すぐさまハイデルベルグ王国に広がっていった。
「ロイ、帝国の件について話は聞いているな?」
「もちろんですよ。どこにいたって耳に入ってきそうな勢いじゃないですか」
俺は人払いされ要人しかいない応接室に通された。その中でも王は隙のない表情を崩さずにいた。
「しかし、降伏の勧告が来てから動き出すまで早かったですね。
帝国軍はどのあたりまで来てるんですか?」
「今頃はジャミド遺跡……国境沿いまで4、5日のところまで到達しているだろう」
本当に早いな。しかし、そのルートだとゲノブル平原あたりでの小細工なしの正面戦になるんじゃないのか?
ゾギマスの野郎には、からめ手を好む印象があるんだがなぁ。
まさか、バカ正直に正面突破を仕掛けてくるとは思えないんだけど……。
「実は帝国の使者がこちらへ示した書には、降伏勧告の他にも記されていたのだ。
――これを断じるのであれば、帝国と王国の国境にあるゲノブル平原にて、正々堂々長きにわたる決着をつけることを望む、と」
「…………マジですか?」
「マジだ」
思わず聞き返した俺に、王は重々しく頷いた。
平原での戦いだと、地形による有利不利がない。罠が張れないことはないが、ほとんど時間がないし効果は薄いだろう。純粋な戦力差がモノをいうから、帝国有利は揺るがなくなる。
普通に考えれば帝国が取る作戦としては妥当なんだが、そんな誰でも考えつくようなこと、ゾギマスの野郎がするんだろうか…………。
「で、王国側はその宣戦を受けるんですか?」
「帝国が真っ向勝負を提示してきたのだ。ここで退くわけにはいくまい。如何にこちらが不利であろうともな」
「厄介なことですね、国と国との戦いってのは」
これが俺のような単なる冒険者同士の何でもありの戦いなら、裏とったり奇襲戦仕掛けたりとかやりようはあるけど、大軍同士の戦いでそんな小回りはきかないだろう。
なにより、こうも宣戦布告されてしまえば国としてのメンツがある。
ショボイ戦い方での勝利では、そんなんでこれからも大丈夫なのかと民衆からの支持は地に堕ち、ゆくゆくは国が立ちいかなくなってしまうことになりかねない。
「なぁに、王者の戦いであれば望むところよ。
ドーベングルズ将軍をはじめ、我ら王国には頼もしき兵がついているからな!」
「はい、必ずや王国に勝利をもたらしましょう」
王の傍らで直立不動のガチムチ男が、部屋全体を震わせるような重低音の声を発した。
ハイデルベルグ王国軍を統括するドーベングルズ将軍。
相変わらずマッチョで渋かっこいいおじさまである。見た目からして超頼れそうな男で、事実そのとおりの人柄と能力なのだ。王国兵から絶大な人気を誇るのもわかるわー。
「しかし、いかな将軍といえど、この戦いは苦しい情勢となるのは目に見えている。
そこでロイ、お前の力を借りたいのだ」
「お、王!?」
ハイデルベルグ王が頭を下げたのを見て、周囲がざわつく。
大概の王の奇行には耐性のある近衛隊長や大臣ですら、この行動には声を上げた。
当然だ、一国の王が頭を下げるなど、普通に考えればあってはならないことだ。王は唯一の絶対的な存在でなければならず、そうでなくては民も部下も安心してついていくことはできない。
「剣聖としてのお前の力で、王国の勝利を確たるものとしてくれ」
王は頭をあげて、俺を正面から見据えた。
すげぇ眼力。頼み口調だけど、断ったらどうなるかわかったもんじゃないぜ。
「そこまで期待されても困りますけど、やるだけのことはやりますよ。
俺は遊撃でいいんですよね? 帝国軍の隊長格を端からぶっ倒しまくってきますよ」
「…………うむ、恩にきるぞ……」
王は、俺の手を取った。
手を貸すと言った俺に、王は未だ強い視線を注いでいた。
思わず俺は苦笑してしまう。
「わかってますよ。帝国兵だけを相手にするつもりはありません。
もしも勇者ユエルが出てくれば、俺が必ず止めてみせます。比喩ではなく骨くらいは折れそうですけどね」
帝国側が何を考えているのかまではわからないが、ユエルの存在は未だに秘されているようだった。
とはいっても大軍に同行しているのは間違いないので、噂にはのぼってしまうようであった。
そしてその噂は、王国の兵士たちにも徐々に広がりつつあった。
「………………悪いな、ロイ」
王はようやく緊張を緩めて、しかし複雑な表情をしていた。ほっとして、申し訳なさそうで、自分を攻めるような。
まったく、おっさんはずるいぜ。
あんたにそんな顔されたら、どうにかしてやるって思うしかないじゃねぇか。
それになぁ。
顔なんて全然似てないくせに、どうしてか王の表情とあいつが重なるんだ……。
「ロイ殿。危険の伴う任務を迷いなく受けるその姿勢、深く感服いたします」
「ドーベングルズ将軍、俺のはそんな殊勝なもんじゃないんですよ。
俺は俺で事情がありますからね。将軍のように、王国のためだなんて大層な理由じゃありませんから」
「理由に大層も貧相もありません。大切なのは、その者が実際に何を成すか、何を成そうとするかです」
「…………そうですね。結局はやらなきゃ始まんないですよね」
ドーベングルズ将軍の言葉は、不思議と胸にすとんっと落ちた。
あぁ、やっぱり将軍が人気あるのはわかる気がするわ。
「しかし、ロイ殿が引き受けてくださったことで、私も安心できました。
いかに殿下が強かろうとも、あの方だけではやはり無茶が過ぎますからね」
うん? 殿下?
…………うぅん……………………殿下、ですか?
殿下って………………殿下、ですよねぇ?
思わずぴたりと静止していると、近衛隊長が将軍に相槌をうった。
「そうですね。本当に姫様には驚かされます。
ついこの間までは、全力で突撃するような戦い方しか知らぬようでしたのに」
「まったくですね。いやはや、将軍としてこのようなことを言っていいものかわかりませんが、本当に頼もしい限りです」
「いずれは、用兵術についても学んでいただき、ドーベングルズ将軍の跡を継いでいただくというのもよいと思うのですよ。いえ、冗談ではなく割りと本気で考えているのですが」
「それはいい! 殿下であればカリスマ性はもとより、兵の上に立つものとしての振る舞いにも適しています。なによりも、王国兵にとって殿下の下に集うことは、あの方を護ることと同義。
兵として、美しい姫君を護るとあらば力の入りようが違ってきますからな」
「はっはっは! 男として、それは同意せざるを得ませんな、将軍!!」
楽しそうに盛り上がる将軍と近衛隊長のお二人方。
…………いや、楽しそうなのはいいんですけど、なぁんか妙な内容の話ぢゃないでせうか……
「くははははははははははははは!!!」
ドォン!! っと豪快にドアを開け放って乱入してきたのは、予想通りすぎるほどに予想通りすぎる、旅人服を纏ったジュリエッタ姫だった。




