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 帝国での勇者 その6

 ゾギマスが目を見開き、暗い光りを灯しながら哄笑した。


「偶然、これはなんの偶然か! はははは!! ははっははははっはは!!!!」


 ゾギマスがこれまでの冷静さを捨て、愉悦に歪んだ哄笑をあげる。


「フィラルが会ったというではないですか、あの剣士に!! あの剣聖に!!!

 この私の提案を一蹴し、陛下の信頼を得ながらも帝国を離れ、以後、一度も帝国を顧みなかったあの愚か者が!!!!

 あれだけの力を持ちながら、その力を有効に活用することもできない、あの痴れ者が!!!!」 


 興奮していたゾギマスが、ゆっくりとユエルに視線を合わせる。


「ユエル殿は、彼を知っていますね?」


「…………」


「は、は、は。隠さずともよいのですよ。

 勇者殿が以前に組んでいたパーティーには、剣士がいたというではありませんか。

 喧伝はしていないようでしたが、殊更に隠していた訳でもない。少し調べれば、あの男であることくらいは想像がつきます。

 なぜ彼があなた方のパーティーを離れたのかまではわかりませんがね。その後の足取りも判然としませんでしたし」


「……あの人は、関係ありません」


 静かに、しかし強い語気で言うユエルに、ゾギマスは満足そうに頷く。


「私があの男を警戒すると同様に、あの男も私を警戒しているでしょう。

 現状を知れば、王国につくのではないかと思っていました。

 しかしまさか、直接帝国にまで来ているとは思いませんでしたよ。

 ユエル殿? あなたが休暇を取られて城下町へと赴いた日、彼と会っていますよね?」


「…………それ、は……」


「あの日、フィラルからの報告にあった人着で、もしかしたらとは思っていました。

 そして、昨夜フィラルから聞いた話で確信できました。

 レッドドラゴンからフィラルを救った凄腕の剣士は、ロイと名乗ったそうではないですか。

 さて、勇者殿は、剣聖殿と密会して一体なんの話をしていたのでしょうか?」


「あ、あれはっ…………あれは、偶然です。本当に、偶然なんです…………ロイさんとは、何も、大した話は……」


「は、は、は。そうですね、そうでしょう!

 あなたがこの城に来てから、外の人間と連絡が取れたとは思えない。ずっと、護衛の者がついていましたからね。

 そちらには僧侶ヒーラー殿がいましたし、現状をあの男に伝えることはできたでしょうが、あの日にタイミングよく待ち合わせるなどという芸当はできないでしょう」


「…………」

 

「彼はふざけた男ですが、実力は確かだ。

 あなたがいなければ、今でもあの男が人類最強であっても私は驚きません。

 そんな者を擁する王国とぶつかり合えば、どのようなイレギュラーが生じるかわからない。帝国といえど、必ず勝利できるとは断言できなくなる。

 ………………勇者ユエル。私の言いたいことはわかりますね?」


「……私に、ロイさんと戦えと言うのですか?」


「そのとおりです。

 いえ、できればそのままあの男を葬っていただくのがベストで……」


 瞬間、ゾギマスは凄まじいまでの悪寒を感じ、すぐさま言葉を切る。

 武にまったく精通していない自分でも感じられるほどの、あからさますぎるほどに明確な殺気。

 迂闊にこれ以上話せば、一切の躊躇なく、目の前の15の小娘によって即座に自分の命が消し飛ばされてしまうのだと本能で悟った。


「…………は。そのように、興奮しないでください。

 ちょっとした冗談です」


 無言でにらみ続けてくるユエルを前にして、ゾギマスは初めて目の前の少女を心底恐ろしいと感じていた。

 しかし、その感情は一切表には出さず、ゾギマスは余裕を持って話し始める。


「彼を殺せ、とまでは申しません。ですが、戦闘不能程度にはしていただかないとこちらも困ります。

 でなければ、彼にもあなたと同様の方法を取らざるを得なくなる」 

 

「…………スヴェンさん、そして、ご家族の身柄で脅す気ですか」


「私は決してそのようなつもりはないのですがねぇ?

 しかし、彼は物わかりが非常に悪い。困ったことに、彼がどういった反応をするか私には検討がつかない。ですから、あなたに力で抑えていただくのが一番です。

 よろしいですね、勇者殿?」


「……………………」


 ユエルは、拳を握り締めながら、僅かに首を縦に振った。


「は、は、は。これで懸念の一つが晴れました。

 どうか勇者殿、私を、帝国を、くれぐれも裏切らぬように。

 あなたが我々を信用していただいているのは重々承知していますが、万が一のこともありますから。どうか短慮を起こさないでいただきたいものです。不幸の嵐が起こることなど誰も望んでいないのですから」


「…………安心してください。無用な心配です」


「であることを祈っていますよ。

 なに、私もここ数日のあなたを見ていて、とても安寧を得られました。

 あなたはフィラルの報告にあったとおり、帝国の味方だ。

 フィラルの言うとおり、勇者ユエルは決して帝国を(・・・)裏切らない(・・・・・)


 ゾギマスの含むような言い方に、ユエルが眉をひそめる。


「フィラルの見立ては間違っていなかった。

 ここ数日のあなたは、兵の護衛がついていないにも関わらず、何らおかしな行動はしていない。

 フィラルは正しかった。そしてきっとこれからもフィラルは正しい。そうですね?」


 ゾギマスの言葉に、ユエルは言い知れぬ不安を感じる。そしてそれは事実だった。


「帝国兵として、フィラルの判断に重大なミスは許されない。なによりも絶大な影響を及ぼす勇者殿のことです。

 もしもそれが間違っていれば、私は優秀だと思っていたかわいい部下を処罰しなければならない。

 わかりますよね、勇者殿?」


「…………なにを…………何を言っているのですか、あなたは……?」


 喉がカラカラに乾いていた。

 ユエルは無意識に、短い呼吸を何度も繰り返す。


「勇者殿。くれぐれも、私を失望させないでくださいね」


 席を立つゾギマスに、ユエルが激昂する。


「……ふ、ふざけないでください!! スヴェンさんだけでは飽き足らず、今度はフィラルさんまで利用するというのですか!?

 あなたは、自分の国の兵士を一体なんだと思っているんですか!?」


「誇り高き、帝国の兵士ですよ」


「馬鹿な!? こんな扱い……」


 尚も言い募ろうとするユエルをゾギマスが遮る。


「ユエル殿。くれぐれも、私を失望させぬよう」


 ドアまで移動して振り返ったゾギマスの目の暗さに、ユエルは言葉を失った。

 部屋から出ていくゾギマスを、ユエルは黙って見ていることしかできなかった。






 通路を歩くゾギマスの下に、音も無く影が降り立つ。


「あれでよかったのか?

 勇者は、帝国を裏切りはしないのか?」


「その可能性はない。

 勇者には、人を殺さずに済む道を示した。

 あの娘は、その身に持つ力に比べて甘すぎる。反抗し、未確定の結果を得ようとするよりも、確実な妥協を欲するだろう」


「ふん。ならばそれで構わん」


 影が音も無く消える。

 消えた影に一瞬だけ目をくれて、


「…………すべては、帝国のために」


 静寂に満ちた通路で、その呟きはどこまでも響くようだった。





 ◇ ◇ ◇





 ユエルは馬車に揺られながら、隙間から漏れ出す光に目を細める。

 対して、隣に座るフィラルは晴れ晴れとした表情だった。


「ご安心下さい、ユエル殿。

 王国など、我らが帝国にかかれば物の数ではありません。

 必ずや勝利をおさめ、彼の地を帝国のものとし、平和をもたらしてみせましょう」


「平和、ですか……」


「そのとおりです。皇帝陛下は人の身には及びもつかぬほど聡明で、他国の民であろうともないがしろにはしない慈悲深きお方です。

 必ずや、王国などよりもよき統治をすることでしょう」


「……そうですか」


 ユエルは、外に向けていた視線をフィラルへと向けた。


「フィラルさんは、帝国のために戦うのですか?」


「ええ、勿論ですよ!」


 フィラルが、どんっと胸を叩く。

 いつもよりも感情が高ぶっているのは、これからの戦いに向けての武者震いかは、フィラル自身にもわからなかった。


 フィラルは自分をじっと見てくるユエルの瞳に、少しだけ冷静さを取り戻した。


「…………なんて、それがすべてではありません。

 以前お話したと思いますが、私の家はチビたちがたくさんいるのです。

 私が頑張ることで、それがあの子たちのためになるのであれば、やらない理由はありません。

 貧乏は辛いですからね」


 あははと笑うフィラルに合わせて、ユエルも微笑んだ。

 その後も雑談をしてから、ユエルはフィラルに少し休むと告げて目を閉じた。


(…………私は……)


 あれこれと形のあやふやなものがユエルの頭に浮かび、結論は出ることなく、ぐるぐると思考の海に溺れていく。


(…………………………ロイ、さん……)


 馬車の中に僅かに降り注ぐ光に、ユエルはわけもなく手を伸ばしたい衝動にかられる。

 帝国と王国の戦端が開かれるまで、残り数時間のことであった。

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