帝国での勇者 その5
思わず叫ぶように言葉を発したユエルに、フィラルは目を丸くさせた。
「もしかして……ユエル殿は、ロイ様をご存知なのですか?」
「へ!? ……あ、あー、その……」
動揺するユエルは慌てて誤魔化そうとするが、何も思いつかなかった。
ユエルが何度か意味の無い声を発していると、フィラルが首を振った。
「いえ、愚問でした。
勇者であられるユエル殿が、剣聖ロイ様を知らぬはずがありませんね。
10年以上前とはいえ、かつての魔王を倒した方なのですから」
「…………そ、そうですね! じ、実は彼とは会ったことがあるんですよ!
私が魔物を討伐していたときに、ぐ、偶然ですね、ばったり顔を合わせましてそのときにちょっと話したことがあるんですよ、本当ですよ!」
「なるほど。ユエル殿とロイ様がどのようなことを話されるのか、是非聞いてみたいものです」
「た、大したことは、特に何も…………」
尻すぼみになりながら、ユエルは胸に手を当てた。
(ま、まずいですね……以前のことを少し調べれば、私のパーティーメンバーの特徴くらいはすぐにわかるでしょう。ロイさんの名前までは出てこなくとも、見た目の情報から連想されてもおかしくありません……。
で、でもこの様子なら、城下町の露天で私と会っていたのがロイさんだったことには気づいていない? フィラルさんが控えていた場所からは距離がありましたし、あまりよく顔は見えなかったのかもしれません……)
「そ、それよりも、最近は休暇を取られる方が多いのですね?
この時期はそういう期間なのですか?」
ユエルは必死に考えた末の話題を挙げる。
我ながらどうでもいい話だとも思うが、純粋に疑問に思っていたことでもある。
ここ最近、フィラルの他に何人もの兵士が帰省しているらしいという話を耳にしていた。
「いえ、取り立ててそんなことはないのですが。
休みにつきましては、ゾギマス様の取り計らいではないかという噂がありますね」
「ゾギマス大臣の……ですか……?」
「あくまで噂ですがね。
昨夜は報告のためゾギマス様とお話しましたが、休暇を取ること自体については特に何も触れられませんでした」
「そうですか……………………え?」
ユエルは相槌を打ち、動きが止まる。
「フィラルさん…………貴女が帰ってきたのは、今ではないのですか?」
「いえ、昨夜のことですよ。
ほとんど深夜になっていたのですが、ゾギマス大臣より、すぐに報告をするようご命令がありまして」
「報告って、何をですか……?
私を護衛していたわけでもないのに……フィラルさんは、休暇を取られていたのですよね……?」
「そうなんですよ。
ゾギマス様に聞かれたことも、この休暇中にあったことだけですし。
……あ! そうでした! この後、ユエル殿にはゾギマス様のところへ来て欲しいと言われていたのです。
ユエル殿、私と共に来ていただけますか?」
微塵も悪意のない微笑みを浮かべるフィラルに、ユエルは自分が感じた違和感を押し殺して小さく頷いた。
ユエルとフィラルは小さな応接室のような部屋に通された。
「ユエル殿、よく来てくれましたね。どうぞお掛けください」
ゾギマスは一見して人当たりのよさそうな笑みを浮かべ、自分の正面の椅子に促す。
「…………」
ユエルが黙って座ると、ゾギマスは満足そうに頷いた。
「フィラル、案内ご苦労でした。下がりなさい」
「はっ!」
フィラルが一礼し、部屋から出ていく。
ゾギマスは数秒の間、扉を見て、
「……はは。そんなに警戒しないでいただきたいものですね。
少し勇者殿と話をしたいと思っただけなのですが」
「改まってする話とは、一体どのようなものでしょう?」
「今、兵には交替で休暇を与え、心身を充実させているところなんです。
嘆かわしいことですが、誇り高き帝国兵であっても、いざというときに彼ら全員が帝国のために命を張れる者たちではありませんので」
「はぁ、そうですか」
要領を得ない言葉に、ユエルは曖昧に返事をする。
「しかし、家族のためであれば違う。それは、恋人の、友人の、仲間の、恩師のためとも置き換えられる。
情ある人のためであれば、彼らは自らの命を犠牲にしようとも懸命に戦うことができる。
そうは想いませんか? ユエル殿」
「……かもしれません」
ゾギマスに、スヴェン自身とその家族を人質にされている状態での質問に、ユエルは怒りを露わにしながら答えた。
「そうでしょうそうでしょう。
実はですね、そろそろハイデルベルグ王国へと足を伸ばそうかと思いまして」
ユエルが息を飲む。
動揺がユエルを支配するが、見た目にはわからないほどの動作であった。
「おや、あまり驚かないのですね?」
「……帝国と王国の関係を考えれば、いずれそうなることは予想できるでしょう」
「確かにそのとおりですね。
王国は、手ごわい。トゥリエルズのように容易にことが運ぶことはないでしょう。
勇者ユエル殿、あなたにはその偉大な力を戦場で示していただくことになります」
「…………」
ぎりっと、ユエルが奥歯を噛み締める。
「は、は、は。そのような表情をされては、せっかくの可愛らしい顔が台無しですよ。
ご安心ください。あなたは王国の兵士と戦う必要はありません。
基本的には、あなたはそこに居てくれさえすればいい」
「…………え?」
「王国は手ごわいですが、帝国にとって決して勝てぬ相手ではありません。
もちろん、勇者殿に直接戦っていただいた方が楽はできますけどね。
帝国が戦力的に圧倒しているにも関わらず、勇者殿の力を借りたとあっては、帝国兵の誇りが傷つきます。
……もちろん、勇者殿が自ら戦いを望むのであれば、私としましては、是非に力をお借りしたいところですがねぇ?」
ゾギマスの暗い笑みに嫌悪を覚えながら、ユエルは首を振った。
「そうですか。それは残念です。
まぁ、ユエル殿は勇者で魔王を討伐した大英雄様ですからね。いかに相手が愚かなる王国であろうと、人類の守護者たる勇者が直接手を下せば、それは少なからず民の動揺を誘いかねません。
ですので、あなたはトゥリエルズのときと同じでいい。
ただそこに存在して、王国を威圧し、帝国の兵たちを鼓舞してくれれば。
それだけで、我ら帝国の勝利は揺るがない」
「……わかりました」
「しかし! しかしです!」
「っ!?」
いきなり語気が鋭くなったゾギマスの声に、ユエルは大きく動揺した。




