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 帝国での勇者 その4

 ユエルがその違和感に気づいたのは、起床し、簡単な身支度を終え、メイドが自分の部屋へと運んでくる朝食を待っている時だった。

 いつもは朝起きたときから夜寝るまで、ずっと傍に控えている帝国兵の姿がなかった。

 城に来た当初こそ、何人かの兵士が代わる代わるユエルの伴についていたのだが、ここ最近はもっぱらその役目はフィラルに任されていたのだ。


(フィラルさん、今日はどうしたんでしょう? もしかして寝坊でもしているのでしょうか?)


 不思議に思っている間にメイドが朝食を運んできたが、食事は一人分であった。


(……え?)


 フィラルは、ユエルの伴となった当初こそ、護衛すべき方と共に食事を取るなどという無礼なことはできませんと固辞していた。

 しかし、日々を通して少しづつ親しくなっていき、ユエルから「自分一人が食べているだけなのは落ち着きません」という要望もあり、共に食事を取るようになったのだ。


「あの……」


「はい、いかがされましたか? ユエル様」


「フィラルさんの分の食事はないのですか?」


「本日は、ユエル様の食事のみをご用意するよう、メイド長より命じられております」


「…………そうですか。いつもありがとうございます」


「もったいないお言葉です。それでは失礼いたします」


 丁寧に頭を下げ、メイドが退室する。

 扉が閉まると、ユエルだけが残された部屋に静寂が満ちた。




 朝食を終えたあとも、フィラルは現れなかった。

 ユエルは疑問に思いながらも、特段フィラルがいないことで困ることもないため、いつもの日課をこなすため裏庭へと来た。なんのことはない、剣の訓練である。


(……こうやって、一人で型を繰り返すことにも慣れてきましたね)


 余所事を考えながらの訓練では、あまり成果がない。

 そんなことはユエル自身よくわかっているのだが、つい頭に浮かんでしまう。


(あのころは、ロイさんがいて、モニカさんがいて、少し離れたところにスヴェンさんとティアンさんがくっついていて…………)


 ユエルは一通りの型を繰り返し実行し続ける。

 考え事をしながらでも、その動きは流麗かつ隙のないものであり、熟練の練達者の様であった。


(…………)


 幾度も繰り返した型が終わる。

 頬に流れる汗を拭い、ユエルは剣をおさめた。


(今日は、あまりよい訓練にはなりませんでしたね……)


 一人での型稽古には慣れていたが、いつもはユエルについている帝国兵がいた。

 他人の目があることにより、自然と気が引き締まっていた。

 ユエルは辺りを見回すように視線をやり、小さく息を吐いた。

 



 昼食を終えたあとも、フィラルの姿は見かけなかった。

 気になったユエルが食事を下げに来たメイドに問うと、


「フィラルは休暇を与えられ、実家へと帰省しています。

 数日後には戻る予定だと聞いております」


 とのことであった。

 フィラルがいない理由は判明したが、ユエルには別の疑問が浮かんだ。

 

(今まではずっと誰かが私についていましたが、今日はいいのでしょうか?

 ここ最近はずっとフィラルさんが私についていましたが、彼女でなくてはならない、というわけではないと思うのですが……)


 ユエルは、自分に付いている兵についてアレコレ意見を言ったことはない。

 大臣ゾギマスや彼の部下に数度、自分を護衛する兵について何か要望があるか聞かれることはあったが、特段何かを伝えたことはなかった。


(城に来てからそれなりに経ちますし、迷うようなこともないですから私は構わないのですが……)


 ユエルについていた兵士たちは、皆ユエルの護衛と思っているようであったが、護衛の状況をゾギマスに報告していることから、ユエルにとっては監視と同義であった。


(ゾギマスは用心深いように思えましたが、そういうわけではなかったのでしょうか?

 それとも、私を信用するようになった? ………………いえ、あの目を見る限り、それだけはありえませんね。

 しかしそれでは、なぜ私に兵をつけて監視しないのでしょう……?)


 当人に直接聞くわけにもいかず、ユエルは考えても仕方のないことだと見切りをつけ、城の中で思うように過ごした。




 ◇ ◇ ◇




 それから数日が経過した。


「ユエル殿、不肖フィラル、ジェフォード村よりただいま戻りました!!」


 朝、ユエルの部屋を訪れたフィラルが、格式張った敬礼をした。

 ユエルは内心その迫力にびくっと驚きながらも、フィラルが帰ったことを素直に喜んだ。


「おかえりなさい、フィラルさん」


「はい。急な休暇により、出立時にはご挨拶もできず申し訳ありませんでした」


「いいんですよ、そんなこと。ご家族はお元気でしたか?」


「それはもう、とても賑やかでした! 私の家には両親の他、弟妹が6人もいてですね。遊びたい盛りのチビたちも多いので毎日がお祭りのような家なのです。

 おかげで、私はあまり休む暇がありませんでした」


「ふふっ、お疲れ様です。とても楽しそうな家なんですね」


「はい!」

 

 眩しい笑顔を浮かべてフィラルが迷いなく頷く。


(…………家族が、本当に大切なんですね)


 フィラルの笑みに、ユエルは若干の羨望を覚えながらも、温かく穏やかな気持ちになった。


「そういえば」


 と、フィラルが思い出したようにユエルに告げた。


「実は帰省の途中で、レッドドラゴンに遭遇しまして」


「……えぇ!?」


 思わぬ言葉に、ユエルは目を見開いた。


「れ、レッドドラゴンって、あのレッドドラゴンですか!? 大丈夫だったのですか!?」


「はい。運良く旅の方々に助けていただきまして事なきを得ました。

 とても素晴らしい方々でしたよ。お二方とも勇敢で、レッドドラゴンに一歩も退くことなく戦い、見事撃退したのです!

 ……こんなことを言っては失礼に当たるかもしれませんが、私にとってはユエル殿と同じくらい尊敬できる方々でした。私の、命の恩人です」


 尊崇の念を抱いているように、フィラルは胸に手をあてる。

 いつもは少し固い印象のあるフィラルが、まるで夢見る少女のようだった。


(……無理もありませんね。レッドドラゴンを相手に立ち回れるような人なんて、早々いないでしょうから)


「そうですか、フィラルさんが無事でなによりでした。

 それにしても、レッドドラゴンをたった二人で撃退するなんて、名のある冒険者の方々でしょうか?」


「一人はエッタ様という女性冒険者でした。エッタ様は同じ女性とは思えないほど、とても綺麗な方なんですよ!

 まるで物語のお姫様のように可憐で、けれど強く、そして勇気のある方です。あのレッドドラゴンの魔法を前にして、恥ずかしながら私はどうすることもできずにいたところを、その方に庇われてしまいまして……。

 本当に、迷いなき騎士のような行動でした。いつか私も、エッタ様のような強さを手にしたいです」


「エッタさま…………ですか……」


 ユエルにとっては初耳の名前で、まったく心当たりはなかった。

 ランクの高い冒険者であれば、大抵名前くらいは聞き覚えがあるものだと思っていたので、ユエルは思わず首をかしげてしまった。


「それでですね、もう一人の方は男性でして…………私は、彼らに助けられた事実に舞い上がってしまって、そのことに気づいたのはしばらく後になってからだったんです。我ながら自分の馬鹿さ加減に呆れてしまいますね……」


 フィラルが苦笑し、頬を染める。


「その男性の名は、ロイ様。ユエル殿が討伐した魔王よりも前の魔王を倒した、剣聖……」


「ロイさんですって!?」

 

 ユエルは思わず、フィラルの両肩をつかんで声を上げていた。

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