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第38話 埋まっていた心

 エッタの蒼い瞳が、俺を捉えて離さない。

 いや、俺が目をそらせずにいるだけなのか。


「ロイ。そなたの気持ちを教えてくれないか?」


「…………」


 はにかんで笑うエッタは可憐で、高貴な女性のようで、恥じらいを覚えた少女のようでもあった。


 手を伸ばしてエッタを抱きしめたら、どれほど幸福に満たされるだろう。

 もはや明白だった。

 いつの頃からか、俺はエッタに明確な好意をもっていた。

 

 この姫様と一緒にいれば、どれだけ愉快で、どれだけわくわくすることか。これかも一緒にいられれば、どれだけ楽しいことか。

 この笑顔を護るためなら、俺はきっとどこまでも尽力できるだろう。


「…………」


「ロイ?」


 だというのに、俺の身体はまるで微動だにしない。

 エッタを抱きしめることも、好意を口にすることも。

 石化の魔法にでもかかったかのように、俺は動くことができなかった。

 

「……ロイ」


 エッタが笑う。

 前向きなエッタにはまったく似合わない、諦念の笑みだった。


「どうしてそなたがそのような顔をするのだ。

 泣きたいのは妾の方だろうに」


「…………」


「そなたは、困った男だ。

 何も言われなければ、まだ可能性があると思ってしまうではないか」


「…………俺、は……」


「そなたが妾を突き放せぬほどには好いていて、返答を躊躇っているのだと。

 そんな都合のよいことを考えたくなるではないか」


 エッタがベッドに手をついて俺に近づき、ゆっくりと頭を傾けた。

 俺の胸に、エッタの額が触れる。

 そこだけ異常なほど感覚が鋭敏になり、荒れ狂うような熱を発しているように思えた。


 このまま抱きしめれば、エッタの顔は晴れるだろうか。

 太陽のような笑みを浮かべてくれるだろうか。


「…………」


 しかし、俺の身体は寸分も動かずに、ただエッタの熱を感じているだけだった。

 奥底に刺さる鋭い刺のような違和感。

 それは小さく、しかし決して離さない強固な錠となって俺をその場にとどめた。

 そうして、いつかの自分の言葉が頭の中をよぎる。






    お前、ひとりか?   


    ……奇遇だな。俺もひとりだ。





 

 胸が締め付けられる。

 そこは荒れた村だった。

 夕日が差し込む村には、あちこちに破壊の痕が垣間見えた。

 そんな場所で、あいつは一人黙々と行動していた。


 ああ、そうだ……。

 俺は、俺を放っておく(・・・・・・・)ことなどできない(・・・・・・・・)


「……………………すまん」


 絞り出すように漏れた言葉。

 エッタが俺を見上げる。


「よい……惚れた腫れたはままならないこともあると、母上が言っていた」


 エッタは、誰にでもわかるような強がりの笑みを張り付けていた。


「ロイよ、感謝するぞ。妾に恋を教えてくれて」


 瞳を閉じたエッタの顔が視界を満たしたかと思うと、柔らかな熱と共にすぐさま離れていった。


「餞別としてもらっていく。

 ……文句は受け付けんぞ。剣聖であるのに、隙だらけのそなたが悪いのだからな」


 エッタは悪戯が成功して嬉しそうな、それでいて泣きそうな、くしゃくしゃの顔で走り出して。

 ぱたんっと余韻の残る音を立てて扉が閉まった。




 ◇ ◇ ◇




 それから2日が経った。

 俺とエッタが顔を合わせることはなかった。


 エッタは城の裏の敷地で訓練をしていると、近衛隊長から聞いた。

 ドーベングルズ将軍や近衛隊長と剣を合わせていると。剣の型についても、二人に師事しているらしい。


 俺は俺で、訓練場で王国兵を相手にしたり、自身の型を見直したり、自主訓練で練気れんきについて試行錯誤を繰り返していた。

 訓練に集中すれば、エッタと最後に会った夜からずっと胸に引っかかっている不明瞭なモヤが晴れる気がした。


 そうして、さらに数日が過ぎて…………、


「急報!! 急報です!!!

 ゼギレム帝国軍に動きあり!!!」


 事態は、明確に動き出す。

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