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第37話 本当に言いたいこと

 エッタがいきなり俺を睨んできた。


「聞け! ロイ!」


 エッタが片膝立ちして、俺の襟を引っ張る。

 危うくバランスを崩しそうになるが、寸でのところで耐える。


 つ、辛いんですけどこの前傾姿勢……。

 というか、俺は一体なにを言われるんですか? 姫さん、すげーキレてるみたいなんですけど……。


「妾はな、妾は…………旅をしたことなどなかった!」


「…………はぁ」


 そりゃそうだと思いますけど。

 エッタさんは一体何を言いたいんでしょうか?

 

「獣王国に留学した期間はあるが、そのときも伴を連れての外出すらほとんどなかった。

 店に入ったり、露天のモノを買うなどもってのほかだった。

 妾は王国の王女なのだから、万一のことが起こらぬよう、そういった警戒は当然のことなのだろうがな」


「……まぁ、そうだな」

 

「だから妾には、この旅が初めてだったのだ。

 長い道のりを馬で駆け、自由に街を歩き、人と触れ合い、同じものを見て同じものを食べる仲間がいる。

 何もかもが妾には初めてのことで、この先、決して忘れることのない出来事だ」


「…………」


「そなたにとっては、たった数日の旅であったかもしれない。

 いくつもしてきた内でのちょっとした旅なのかもしれないがな。

 しかし、妾にとっては……」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ」


「……ロイ?」


「あのなぁ、単なる剣士で冒険者の俺が、国の姫様と旅する機会なんてあるわけねぇだろ?

 それもとびっきり強くて、王族の癖にやたら気安くて、何にでも興味示して、笑って、怒って、ガン泣きまでして。

 そんな姫さんと旅したとか、めちゃくちゃ印象深すぎるわ。たった数日だったのがウソのようだよ。こんなに濃い旅、他に挙げろって言われても思いつかねぇほどにな」


「そ、そうか……それは喜んでいいことなのか?」


「さぁな。とにかく俺にとっちゃ、たった数日だろうが、決してちょっとした旅なんかじゃなかったよ。

 だいたいだな、野盗ならともかく、レッドドラゴンを相手にするなんてよっぽどのことなんだぞ?

 あんなん相手に単独で挑む奴なんて、普通いないからな? それが王国の王女とかよ、ないわー。まずないわー。世界中探しても絶対そんな奴いないわー」


「な、なんだその言い方は!? そなた、妾を馬鹿にしているだろう!?」


「別にー。ワタクシはカケラも殿下のことはお馬鹿になどしていませんけどぉ?

 殿下がそう思われるのでしたら、そうなのかもしれませんなぁ?

 あげく、死んでもおかしくないレッドドラゴンの魔法を前にして、見ず知らずの者のため身を挺すなどワタクシには決して真似できないお馬鹿な…………おっと、いと尊き行動ですなぁ?」


「お、お前!! よくぞ言いおったな!!!

 いいだろう!!! お前がその気なら、その喧嘩買おうではないか!!!!」


「はっ! 言ったな!? よぅし、さっさと剣とってこいよ!!

 部屋出てそのまま逃げるなよ!!!」


かせ!! お前など素手で十分だ!!! そこに直れ!!!」


 その場で立ち上がって、俺たちは互いに顔がくっつく程に睨み合う。


「…………」


「…………」


 数秒後、ふいっとエッタが顔を逸らした。

 まなじりは下がっていて、頬が赤い。

 そんな様子を見ていると、頭に上ったはずの血が急激に降りていき、すぐさま顔にめぐってきた。


「……違う。妾が言いたいのはこんなことではないのだ」


「そ、そうか……」 

 

 なんだろ、なにがトリガーだったのかよくわかんないけど、とにかく自分でも驚くほどムカついて、そのクセあっという間に怒りが冷めていってしまった。


「と、とにかく俺が言いたいのはだな、いくつもある内の旅の一つじゃなかったってことだよ。

 レッドドラゴンの件だってな、俺は…………その、ただ心配だっただけでな……エッタの勇気と行動力はすげぇと思うけど、本当にヤバい死んじまうような無茶はして欲しくないというかだな……その、悪かった……」


「う、うむ。わかった…………なんだ、すまなかった。心配をかけたな」


「…………おう」


 どちらからともなく、俺たちはベッドに座り込む。

 原因不明の怒りは収まったのだが、身体に溜まった熱は一向に去らなかった。 


「……ロイ」


「なんだ?」


「妾はな、こんな風に怒ったことなどなかったのだ。

 謝るようなことなどなかった」


「そ、そうか……」


「旅の中でも、あんなにも笑って……本当におかしくて。

 あんなにも怒って……本当に腹立たしくて。

 あんなにも泣いて……本当に悲しくなって」


 エッタが顔を上げる。

 蒼色の澄んだ瞳が僅かに揺れていた。


「それでいて、こんなにも心惹かれることなど今まで一度もなかったのだ。

 …………聞け、ロイ」 


 エッタがはにかんだように笑う。


「妾は、そなたが好きだ。

 この先もずっと、妾のそばにいて欲しい」

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