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第4話 そして、世界に平和が訪れて……

 連続する突きを、俺は大きく後ろへ飛びすさって躱す。

 草の上を靴が滑る間に、奴はすぐさま俺を追撃してきた。

 縦に振られる斬撃を、俺は剣を斜めにして受け流す。

 体勢を崩した奴に向かって、俺は反転し、その勢いで剣を叩き込む。

 奴はそれを予想していたのか、自然な動きで身を低くして躱す。

 即座に、下から奴の剣が俺の首をめがけて伸びてくる。


 俺は右腕を犠牲にして、奴の突きを止めて、左手で剣を振るい――――、


「…………っかー、ダメだダメだ!

 片手で止められるような剣なら苦労しねぇってのー」


 俺は剣を手放して、地面に大の字に倒れた。


 あー、しんど。

 やっぱ実戦から離れると、動き悪くなるよなぁ。

 ホント、別方向の試みを取り入れないことにゃ、弱くなる一方だぜ。まいったね、こりゃこりゃ。


 俺は地面に転がったまま、ぐぐーっと手足を伸ばした。

 太陽のまぶしさに目を細める。

 と、光を遮るように少女が歩いてきた。


「ん? クーチェか。

 どうしたんだよ、ゴブリンが爆裂炎(フレア・バースト)でも食らったような顔して」


「…………それ攻撃魔法でしょ? 焼死しちゃうよね、ゴブリン。どんな顔してるのよ、私ってば」


 クーチェが、いまいちキレの悪い返答をする。


「まったく変なこと言って。感心して損しちゃったよ」


「感心?」


「ロイさん、最初はぼーっと突っ立てて、何してるのかなーって思ってたんだけどさ。

 いきなり剣振り回し始めて、あっちこっちすごい勢いで飛び回り始めるんだもん」


「へぇ、俺が何やってるのかわかったのか?」


「さぁ? なんか訓練してるんだろーなーとは思ったけど。

 すっごい速いし、なんだかよくわからなかったから」


 そうか、見られてしまっていたか。この俺の影の努力、特訓風景を!

 たまたま宿の裏でやっていたわけだが、見られてしまったのならしょうがない!!


 いまいちクーチェの奴が俺の凄さを認識できていないようだったが、偶然修練しているところを見られてしまったのなら仕方ないよな。別に素人相手に、わざわざ俺の強さを見せつけようと思ったわけじゃあないんだぜ?

 だから、この後クーチェが村の人たちに俺の凄さを話してしまったとしても、それは偶然のことだから仕方ないんだぜ?

 そこから、もしかしたら村の女たちが俺に興味をもって…………にゅふふふふ。


「ふっ。大体は当たってるな。

 正しくは、想像した相手と戦う訓練をしてたんだ。

 神経研ぎ澄ませると、想像上で相手に斬られてるだけなのに、無茶苦茶痛かったりするんだぞ?」


「ふーん」


 あれ? めっちゃ興味なさそー。

 …………そりゃそうか。

 クーチェが男ならまだしも、冒険者でもない宿屋の娘が、剣の訓練に興味なんて示すわけないわな。


 俺が身体を起こすと、クーチェはすとんっと俺と隣り合うように座った。


「今のよりも、私は前見たやつのが好きだな。

 なんか踊ってるみたいだったし、綺麗だったから」


「前の、ねぇ」


 ここ最近は、今みたいな幻闘訓練と……あとは型だけど…………あぁ!

 なるほどなるほど、あの型なら踊ってるように見えんこともないか?


「流れるような動きっていうの?

 ロイさんには、今のよりも、あっちのが合ってる気がするな」


「ほほう。一丁前な意見言うじゃねぇかよ」


「ま、どーでもいいんだけどね。

 それよりロイさん、もうお昼だよ? 地鶏スープは冷めたら美味しくなくなっちゃうんだからさ。ほら早く早く!」


 クーチェに腕を引っ張られて立ち上がる。

 急かすクーチェに、俺は慌てて剣を回収して引きずられるように宿へと向かった。


 …………しかし、あっちのが合ってる気がする、か。

 一応最低限の修練は続けてたけど、そうなんかなぁ。




 ◇ ◇ ◇




 俺がザザ村に来て、すでに3ヶ月が経っていた。

 俺は村人と一緒に畑を耕したり、近くの山に行って薬草採取したり、付近のモンスターを討伐したり、そんな田舎生活をエンジョイしていた。


 ここ、ザザ村には、あまり外界の情報が入ってこない。

 それでも、たまには旅商人が訪れて、村の外の話を聞くことができた。


 勇者ユエル一行は、順調に旅をしていたようだ。

 ハイデルベルグ王国を出て一ヶ月もしないで、ゼギレム帝国領にいた四天王、力のグレゴリウスを討伐していた。


 さらに一ヶ月で、魔の四天王と技の四天王を討伐した。

 そしてさらに一ヶ月で、


「ロイさん、やっぱり勇者様はすごいんですね!

 僕は旅先でいろんな人に勇者様の話を聞かれますけど、この話をすることができるなんて、本当に本当に夢みたいですよ!!」


 そんな感じで、行商人の少年は興奮して話し始めた。

 宿屋の食堂の一角を借りて商談をしていたのだが、それも無事終わった矢先のことだ。


 なんの話と言うまでもない。勇者が、ついに魔王を討伐したのだ。


「あぁ!! 僕にも力があったら、勇者様と一緒に冒険をしてみたかったなぁ!!」


「冒険、好きなのか?」


「はい!! でも、僕には剣も魔法も才能なくて……。

 ひ弱だし、周りからは冒険者としての能力はないねって言われてしまって。

 だからまぁ、行商人をしているのは、その名残というかですね……」


 あはははと苦笑する少年。


「これはこれで、楽しいんですけどね。

 勇者様の活躍を聞くと、やっぱり僕も冒険がしたかったなって思っちゃうんですよね…………。

 あ、まずい!? 僕、この後、村長さんのところにも寄らなきゃいけないんですよ!!

 これで失礼しますね!!」


 少年は慌てて荷物をまとめて出ていった。


 うんうん。若いって、いいねぇ。


「……なーんか、ロイさんがおっさん臭い顔してるー」


 クーチェがカウンターに頬杖ついて、半眼で俺を見ていた。


「お前ね。おっさんにおっさんって言うの、普通に傷つくからやめなさいね」


 おっさんはね、意外と繊細な生き物なんだよ?


「にしても、勇者様、とうとう魔王を倒しちゃったんだね。

 じゃあ、世界は平和になるのかな?」


「だろ。俺ん………………前も、そんな感じだったからな。

 急に魔物が全滅するわけじゃないけどよ。

 魔王による魔物の活性化はなくなるわけだし、魔物の被害が減るのは間違いねぇよ」


「ふーん。でも、この村にいたら、あんまり関係ないよね」


 いや…………まぁ、そうなのかな?

 俺が狩ってるゴブリンやコボルトだって、別の村のが近いこともあるし、あくまで念のためって感じだしな。

 いつかのオークによる羊の被害だって、その前の被害があったときのこととなると、年寄りでもなきゃ実際に経験はしていなかったみたいだし。

 偶然なのかなんなのか、ザザ村は魔物に襲われにくい場所にあるのかもしれない。


「ところでさ、クーチェ。

 お前、勇者のこと嫌いなの?」


「べつにー」


「……なんか最近、勇者の話になると、お前、微妙に不機嫌になってる気がするんだけど?」


「そんなことないよー。

 ロイさんこそ、勇者様の話になるとニヤニヤしちゃってるんですけどー。

 勇者様って若い女の子なんでしょ? それでロイさんがニヤニヤするのは、キモイよ」


「………………お前さ。ほんっと、そういうこと言うのやめてくださいね?」


 マジで傷つくからな。

 下手したら、夜寝る前に思い出して、ちょっと涙目になったりするんだぞ。






 そんな風に、ユエルが魔王を倒したことも、俺にとってはどこか他人事のようだった。

 ユエルならやれると思っていたし、俺自身は平和でのどかな村にいたのだから、無理もないかもしれないが。


 しかし数日後。

 宿屋の食堂でゆったりと、昼食後の茶を飲んでいると、


「大変大変大変だぞーーーーい!!!!

 ロイ!? いるか!? いないのか!? ロイやーい!!!!

 可憐でキューティーなモニカちゃんがやってきたぞーーーーい、っているじゃん!!!!

 いるならちゃんとすぐ返事してよ、もー!!!!」


「…………モニカ!?」


 懐かしさを容易にぶっちぎり、即座に圧倒的鬱陶しさを感じさせる騒がしさ。

 勇者パーティの凄腕ヒーラー、モニカがザザ村へと駆け込んできた。




 そしてこの瞬間から、俺を取り巻く状況は大きく変化していくこととなるのだった。

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