第36話 お姫様の訪問
就寝前だからなのか、エッタは薄い水色のナイトドレスを着ていて、いつもまとめていた髪は下ろしていた。
そんな格好をしていると、お姫様だと言われても何の違和感もないな。
エッタは部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めてパタパタと走ってきてベッドにダイブした。
薄い水色のナイトドレスがたなびいて、ぼすっといい音を立ててシーツに埋まった。
「どわっ!? ……ったく、なにしてんだよ。18にもなる姫さまがやることかい?
城に戻ってきたんだから、もっとお淑やかにだね……」
「モニカに言われたぞ。ふかふかのベッドではこうやって飛び込むのがマナーだと」
あんの馬鹿エルフ、本当にロクでもないことしか言えないですね。
「ハイデルベルグ王が見たら泣くぞ…………あ、いや、あのおっさんじゃニタニタ笑うだけか……。
近衛隊長や大臣が見たら悲しむぞ…………あ、いや、あの二人じゃ暖かく見守るだけか……。
エッタの母親が見たら…………」
「母上には先ほど会ってきたが、面白そうだと言って一緒にやってくれたぞ。
二人してやったら、反動で身体がぽーんっと跳ね上がって楽しかったな!」
ダメだこの城の連中、早くなんとかしないと……。
「ロイはやらんのか?」
「俺がそんな子供みたいなことするわけがないだろう」
「そうか?」
濁りのない純粋な視線は心が痛くなるね。すみません、26歳にもなってベッドにダイブしちゃうおっちゃんで。
「って、そんなことするために来たわけじゃないだろ。
なんか用か?」
「用というか、ちょっと話をしに来ただけだ」
エッタが巨大なベッドにちょこんっと正座する。
……ちょっと待って!? どうでもいいけど、俺今すごい発見したわ!! ベッドに正座する女の子って3割増しでかわいく見えると思います!!
今度スヴェンの旦那に聞いてみよう。きっと力強く同意してくれるはずだ。
「ロイ、そなたは今後どうするつもりなのだ?」
「俺か? とりあえずこのまま城に待機させてもらって、帝国の様子見だろうな。
帝国の動きが出てきたら、臨機応変にやるつもりだ」
「そうかそうか。ということは、まだしばらくは城にいるということだな?
ならば、これから毎日手の空いているときは妾に剣を教えるがいい! 型とやらの種類はまだ他にもあるのだろう?」
キラキラと目を輝かせるエッタ。
なんの不都合もないので頷くと、エッタはぱぁっと輝く笑顔も放ってきた。眩しいっす。
だが、そうだな。俺も練気のコツを今のうちに掴んでおかないと。
レッドドラゴンとの戦いでエッタへと向かって走ったとき、あの時は確かに出来たはずなんだが、結局出来たのはあの時だけなんだよな。
練気がどういうもんかってのは何となくわかったような気がするんだけど、実際にやるとなると話が違ってくるんですよね。
「もちろん型だけでなく、実践もやるからな!
ロイよ、覚悟しておくのだぞ!!」
「はいよ。楽しみにしてるぜ」
「その余裕、いつまで続くか見ものだな。くははははははは!!!」
豪快に笑うエッタだったが、ふっとその笑みを消して、鋭い眼差しを俺に向けてくる。
こういう表情と纏うプレッシャーは、親父さん譲りだ。
「……ロイ。帝国は、本当に攻めて来ると思うか?」
「あぁ。小国のトゥリエルズに仕掛けたのは、実際にユエルの影響がどの程度あるかというテストでもあったんじゃないか?
そいつがこれ以上ないほど明確な結果を生んだんだ。準備が出来次第、王国に攻めて来てもおかしくないと思うぜ」
「そうか。…………ふん、帝国ごときに王国の領土を踏みにじらせたりはせぬ。
帝国兵がいかに精強と言えど、妾の剣で霞へと返してくれるわ」
物騒なことを言い出す姫さんだ。
しかし、何か思い違いをしていないでしょうかね、エッタさんは。
「エッタ。お前、もしかして帝国との戦いに参戦するつもりなのか?」
「当たり前だ。妾はハイデルベルグ王国の王女なのだぞ? 王族として帝国の魔の手から民を守るために戦うのは当然のことだ」
「…………」
「うん? どうしたロイ? 頭など抱えて」
「…………あのですねぇ。あなたは王国の王女なんですよ?」
「うむ」
「そんな方を、危険な戦に連れていくわけがないだろ。
エッタは王と一緒にお留守番だよ」
「な、なんだと!?」
驚愕するエッタ。そういうところまでそっくりなのかい、あんたら親子は。
「だ、だが父上は王子であった頃、戦に出陣したと聞いたぞ?
確か、デニヒュビュフェルム高原で大量のオークを相手に戦ったと……」
「そりゃ戦力的に勝てる戦いだったからだろ。格下との戦なら死ぬ可能性はほぼないだろうからな」
オーク相手なら、あのおっさんなら無双できるだろうし、よしんばオークキングが現れても王国の近衛兵なら十分に対抗できるだろう。
「戦場に出るのは上に立つものとして貴重な経験になるだろうし、民の受けもいい。王族がいれば兵の士気も格段に上がるしな。
だが、それはあくまで絶対に勝てる戦いだけの話だ。のんきに王族が出張って死んじまったら元も子もない」
まぁ、わざと犠牲を出して悲劇として兵の怒りを糧にする手法もあるだろうが、そりゃ最後の最後のやり方だ。
まして、あの娘大好きの親馬鹿王のことだ。そんなこと、絶対に許したりはしないだろう。
「むぅ……そうなのか…………。では、帝国と開戦したとしても、妾は戦いに行くことはできないのか……」
そんな残念がるようなことじゃないだろ。
どんだけ戦闘狂なんでしょうかね、この姫さんは。
「帝国の強兵との戦い、楽しみであったのになぁ」
「自国の精兵で我慢しときなさい。俺も相手するから」
「…………むぅ」
なおも不満すに口を尖らせている。
戦争なんて行ったところで、いいことなんてないと思うんだけどな。
「しかし…………であれば、言うべきは今か………………」
キっと、エッタが俺を睨んでくる。
え? なに? 俺なんか地雷踏んじゃいました?




