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第34話 王国への帰路

 翌朝。

 昨日とはうってかわって、今日の天気は見事に晴れ渡っていた。

 澄み切った青空が広がって暑いくらいだ。


「本当にありがとうございました。

 レッドドラゴンから助けていただいただけでなく、馬までいただいてしまうなんて…………なにから何まで、本当にありがとうございます」


 フィラルが何度も頭を下げる。後ろに縛った薄い茶色の髪がぴょこぴょこ跳ねて、とてもかわいらしい。


「よいよい、そなたの故郷はまだ遠いのだろう?」

 

「エッタ様…………ありがとうございます。

 ロイ様にも、本当にお世話になりました。

 首都アルレイドを訪れることがあれば、是非冒険者ギルドへお立ち寄りください。この件について、緊急の依頼という形になるよう私から話をしておきます。ささやかではありますが、依頼料をお受取りください」


「うむ! そのときは、遠慮なく受け取るぞ!」


 フィラルが再度頭を下げて、軽快に馬にまたがった。

 俺も同じように馬に乗って、


「エッタ」


 エッタの手をとり引っ張り上げる。エッタは俺のすぐ後ろにまたがった。


「エッタ様、ロイ様、どうか良い旅を。それでは!」


 フィラルが慣れた様子で馬を走らせる。その様子をエッタと見送った。


「…………さて、妾たちも行くとしようか」


「だな」


 俺は手綱を操って馬を走らせる。

 二人乗りになったので多少速度は落ちているが、もともと体格のいい馬なので極端に遅くなるようなことはないだろう。 

 この分なら今日中には王国に戻れそうだ。


「……ふふふ」


「どうした、エッタ? 機嫌よさそうじゃないか」


「うむ。こういうのも悪くないなと思ってな」


「こういうの?」


「こうやって二人で馬に乗ることだ。

 自分で馬を操らないというのは妙な感じだが、なかなか快適だぞ」


「後ろに乗るなんてなかなかないと思うけど、そうなのか?」


「思ったよりも楽だな。もっと飛ばしてもよいぞ」


「平気か? 振り落とされるなよ」


「この程度、どうということは………………いや、落ちてしまったらまずいな。そうだ、危険は避けねばな……」


「エッタ?」


 後ろでなにやらボソボソと言っていると思ったら、エッタが俺の腰にぎゅっと抱きついてきた。

 おぅ!? な、何ですか急に!?


「こうしていれば落馬も防げるだろう?」


「……エッタがそれでいいなら、いいけどな」


 エッタの声がさきほどまでよりも明らかに近く聞こえる。

 馬に乗っていて揺れているので完全にはわからないが、背中に柔らかい感触が当たっている。ありがとうございます!


「しかしロイよ。そなたは本当に女が好きなのだな」


「うぇい!? な、なにを言っているのだね急に!?」


 こ、こいつ!? まさか俺が全神経を背中に集中させて、どことは言わないが、ほわほわんな感触を楽しんでいたのがバレてたのか!? なんだよ、罠かよ!? 罠でもいいけどな!!!


「フィラルを助けた時だ。

 レッドドラゴンが逃げていった後に話していたとき、そなた、かなり緩んだ顔をしていたぞ。

 先日のいかがわしい店に入ろうとしていた顔にそっくりであった」


「…………」


 そんなに緩んでましたかね?

 俺的にはレッドドラゴンを撃退した頼り甲斐のあるナイスガイ感を出せるよう、頑張ってたつもりなんですけど……。


「妾にも、そなたがどういう人間なのかが少しはわかってきたぞ。

 誰彼構わず手を出そうとするのは、あまりよいこととは思えんな」


「えぇと…………そりゃ、まぁ…………よろしくはないですよね……」


「そうだろうそうだろう」


 エッタが力強く言い切る。


 俺もね、わかっちゃいるんだよ、一人の女だけに愛を囁くのが倫理的に正しいってのは。

 でもねー、いろんな女性からチヤホヤされまくるって漢の夢なのよねー。なんと言われようが諦めるつもりはサラサラないのよねー。


「だ、だからな? そなたは、もっと妾をだな……こ、ここ恋人たる妾を、構ったりだな……するべきだと…………」


「なに? もっと大きい声で言ってくれ!」


「………………か、仮であっても、妾たちは恋人なのだからな…………そなたは妾をもっと…………」


 ダメだ、馬が駆ける音にかき消されて全然聞こえん。なんで急にそんな小声になるの? しおらしくなってどうしたってんだエッタの奴は。

 なおも何度か聞き返すが、結果は同じだった。


「…………あぁ!! もういい!! なんでもない!!」


「そ、そう?」


 なんなの唐突に大声になって? そのトーンで話してくれれば普通に聞こえるんですけど……。


「と、ところでロイよ! そなた、昨夜は何をしようとしていたのだ?」


「え?」


「妾たちが寝入ってしまったときのことだ。

 そなた、剣を抜いただろう?」 


「…………」


 びくんっと心臓が跳ねるような感覚がした。


「そなたから僅かながら殺気が感じられたのでな。

 それで目が覚めたのだが、妾には特に周囲の気配に異常はないように思えたし、そなたも剣を抜いた以上のことは何もしなかったから、そのまま寝てしまったのだ。

 あのとき何かあったのか?」


「…………そ、その辺から魔物の気配がしてな? 離れてたし放っておいたらいなくなったから特に何も言わなかったんだよ」


「そうなのか? 妾にはまったく全然わからなかったぞ。

 ロイの感覚は鋭敏なのだな。魔物の気配を感じるコツとかあるのか?」


 やめて。誤魔化すためのウソを悪気なく追求してくるスタイルはやめてください。良心に直でグーパンされてるようで辛いっす。


「ロイ?」


「…………すまん、実はな……」


 エッタの純真さに耐え切れず、俺はあっさりとゲロった。


 フィラルの剣の柄に六芒星が刻まれたこと。

 それが帝国の優秀な兵が賜る剣であること。

 俺が帝国の大臣ゾギマスに恨みを買っていること。

 勇者ユエルが仲間とその家族を人質にされて、帝国に従っていること。

 俺の存在がゾギマスに知られたら、同じように俺も仲間を人質にされて身動きを取るのが難しくなるかもしれないこと。

 等々、諸々の事情をエッタに説明した。


「………………なるほど、それでそなたはフィラルを斬ろうとしたのか」


 エッタの声は平坦で、どういう感情なのかがまったくわからない。

 こりゃ嫌われたかな? 寝込みを襲うなんて、エッタのような真っ直ぐな性格なら到底許容できないことだろうし。


「それで? どうして斬らなかったのだ?」


「そりゃあ……」


 思わず言葉に詰まる。

 確かに俺はあのとき、わざわざ殺気を隠すほどに本気でフィラルを殺そうとしていた。


 だが、いざ実行しようとしても…………どうしてか、俺はフィラルを殺すことができなくなっていた。


「…………俺は、やっぱり戦争なんて馬鹿馬鹿しいと思ってるんだ」


「それは妾も同意する」


「帝国は、すぐには王国に攻めてくるようなことはないと思う。

 しかし現状を考えれば、仕掛けて来るのは間違いないだろう。

 戦争になって、兵隊同士の戦いが泥沼化して、まともに生きてる人たちが巻き込まれて死ぬのは本当にどうかしていると思う」


 世話になったザザ村の人たちを始め、過去に立ち寄っただけの村の人たちだって少しくらいは話したりして顔くらいは覚えてる人もいる。ほとんどの人がまっとうに日々を生きている。

 そんな人たちが戦乱に巻き込まれて殺されるなんて、納得できるわけがない。


「俺は、それだけは防ぎたい。

 だから俺は極力自由に動ける身でありたい。ゾギマスに俺のことを知られて、いらん妨害を受けるような事態は避けたい」


 なのに、俺にはフィラルが斬れなかった。

 …………まぁ、ちょっと考えてみればわかることだ。


「けどそれで、俺自身がまともに生きてる人を斬るのは本末転倒だよな」


 フィラルは…………フィラルさんからは、俺が接する限りまったく悪意を感じなかった。

 無論、帝国と戦争になれば話は別だ。綺麗事だけで戦場での殺し合いを避けることなどできない。しかし、今はまだそんな事態にはなっていない。

 それなのに、こちらの都合が悪いから殺すでは、俺が防ぎたい事態を俺自身が引き起こしているようなもんだ。


「そうか」


 エッタが呟いて、俺たちはそれきり何も話さなかった。

 エッタが何を考えているのか、どう思っているのか、俺にはまったくわからなかった。


 ……やっぱり、エッタにはこんなこと話さなければよかったか。

 結局未遂に終わったとはいえ、俺がフィラルさんを殺そうとしたのは間違いない。エッタが感じた殺気が誤魔化しようのない証拠だ。

 それでも最初に言っていたように、魔物がいたかもしれないってことで押し通して、余計な悪印象は与えなければよかった。

 必死で助けた罪もない相手を殺そうとするなんて、姫さまには許容できることじゃないだろうからな……。


 風を切って走る音を聞きながら、俺は女々しく後悔していた。


「ロイ」


「……なんだ?」


 いきなり話しかけられて、知らず返事に詰まった。

 エッタに何を言われるのかと思うと、ものすごく気が重くなった。


「あまり妾を見くびるな」


「…………え?」


 見くびるなって……なんでそんな話になるの?


「お前はもっと、妾を信用しろ。

 一人でアレコレ考え込みすぎるな。妾はお前の恋人なのだぞ」


 ぽすっと、エッタが俺の脇腹を叩いた。


「お前が間違っていると思えば、妾が止める。言って分からねば、殴ってでも止めてやる。

 妾を都合の悪いことから遠ざけようとするな。逆の立場であれば、お前ならきっと妾にそうするはずだ」


「…………」


「綺麗ごとばかりを並べられないときがあることくらい妾にだってわかる。それでも理想を追おうとするのは困難な道となるはずだ。そんな場所へ、お前独りで行こうとするな。勝手に妾を侮って、薄情な女にするな。まったくもって心外だぞ。

 妾はな、お前の恋人なのだ。お前の力になりたいと思うのは当然だろう」


 プリプリと怒るエッタ。

 不満を言ってる割には、それほど機嫌が悪そうには思えなかった。


「……………………恋人ったって、仮だけどな」


「なんだお前は! 今言うことがそれか!?」


 ドスドスっといい感じのボディブローが連続で入ってきた。

 ちょっとやめて!? 威力強いっすよ!? 本気で痛いんですけど!?


「げほっけほっ!? すまん! 悪かった、悪かったよ!!」


「馬鹿者が! つまらんことを言うからだ!!」


 一気に不機嫌ゲージが上がってしまったらしい。

 ボディブローはやめてくれたが、後ろから険悪な雰囲気が漂ってきてる。


「…………エッタ」


「なんだ?」


 おっと? いつもよりも大分声が低いんですけど? こりゃ本当に怒らしちまったか?

 そりゃ余計なこと言っちまった自覚はあるけど…………しょうがないだろ。ンなこと言われるなんて思わなかったんだから。


 結構……いや、かなり照れくさくて……嬉しくなっちまったんだから。


「ありがとな。

 エッタのこと、ちゃんと信頼する。何かあれば頼らせてくれよ」


「…………最初からそう言え、バカ者が」


 腰に回されたエッタの手が組み直されて、俺の背中は一層暖かくなった。

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