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第33話 暗き夜に

 パチパチと薪が弾ける音が響く。

 かすかに注ぐ月明かりは暗く、辺りは夜の静寂に包まれていた。


「……はぁぁぁぁぁぁ」


 思わず特大のため息を吐いてしまう。

 焚き火から少し目線をズラせば、そこにはフィラルさんが眠っていて、その横にはエッタがやはりすやすやと眠っていた。


 レッドドラゴンを倒した後、俺たちが休憩していた場所に戻ってきたのだが、非常に悲しい出来事があった。いや、嬉しい出来事が何も起こらなかったというのが正しいのか。


「……はぁぁぁぁ」


 もう一度ため息を吐く。


 こちらに戻ってきてから間もなく日も落ちた。

 夜の移動は危険だし、ましてや雨が降っていたため地面の状態にも影響があるので、フィラルさんも含めてここで夜を明かすこととなったのだが……。


 フィラルさんとエッタが意気投合したのだ。

 フィラルさんは剣を差していたし、格好からして冒険者なのだろうとは思っていたけど、多少は剣に覚えがあるらしく、同性ということもあってエッタにあれこれと聞いていた。

 エッタやユエルのような、女剣士――ユエルは勇者だけど、実質は剣士みたいなもんだ――はいるにはいるが、やはり数は少ない。一般的には男の方が力があるし、代わりに女には魔力が多い傾向がある。

 で、レッドドラゴンに立ち向かうような実力のある剣士なんて、ほんのひと握りだ。それが女剣士であるなら、世界で幾人もいないだろう。


 そんなわけで、エッタはフィラルさんにとっては憧憬の対象となってしまったらしい。エッタの話に関心して、何度も大きく相槌を打ち、しきりに感心していた。

 エッタも、フィラルさんが熱心に聞くもんだから、上機嫌で獣王国にいたころの話をしていた。さすがに身分については一切触れなかったけどね。


 俺はというと、二人が親睦を深める間、置物のようにぽつんっと鎮座していた。

 いや、俺はいいんだよ? 女の子二人が仲良く話してる光景は目の保養になるし。

 別に無視されてるわけじゃないから、たまには俺にも話振ってくれてたし。ちょっとその割合が1割に満たないくらい偏ってたけどさ。

 いや、本当にいいんだよ? エッタも同年代の同性と身分を気にせず話す機会なんて中々ないだろうしな。いつも以上にはしゃいでいたように思う。まぁ昨日まではモニカがいたけど、アレは見た目はともかく実質ババァなので。


 ともかく、そんな感じで二人は意気投合し、やがて話し疲れたのか二人して寝落ちしたわけですよ。


「……すぅ…………すぅ……」

 

「…………くー……くー……」


「ぅん…………すぅ…………」


「………………くかー……」


「……くぅ………………すぅ…………」


 エッタだけじゃなく、フィラルさんも完全に熟睡しています。ホント、マジで何も起こらなかったんですわ、一夜のロマンス的な何かが。

 いや、いいんだけどね? 別にそれ目的で助けたわけじゃないですから? すこーしだけ期待しちゃった程度ですから? 何もなくて超がっかりしてるとかないから。ほんのちょっとね。ちょこっと……ちょこーっと、何かあってもよかったんじゃないかなぁとは思ってるけどさぁ…………………………。


「…………すぅ……」 

 

 よし決めた。せめて寝顔だけでもガン見しておこう。

 一緒に旅してる連中だとあんまり気にならんのだけど、ほとんど知らない女の子の寝てる姿ってなんかこうグっとくるものあるんだよ。断っておくが、そこにエロい気持ちはないのだよ? 真摯なね、慈しむ心がね、こう自然とほわわわわーんっと湧きあがってくるものなのさね。


「……すぅ…………ぅん…………」

 

 衣ずれの音をさせて、フィラルさんが寝返りをうつ。寝返りした拍子に若干服がはだけてしまう。


 …………。

 ふぅむ、尊い想いが更なる急上昇中です。とりあえず、チラリと垣間見える胸の谷間に向けて手を合わせておきます。はーっ、ありがたやありがたやッ!


「…………ん?」


 俺が感謝の祈りを捧げて改めてフィラルさんをガン見したところで、脇に置かれた剣が目に入った。

 見た目一般的な剣で大した特徴もないと思っていたのだが、柄の部分に何かが彫られていた。


 ……あれ? これ、見覚えあるぞ。

 かなり昔だと思うが、この六芒星紋様、確かにどこかで見たことがある。

 なんだっけ……………………なんか、すげー愉快なことがあったときに見かけたような……………………………………なんだっけかなぁ……………………………………………………、


「あ、ゾギマスのヅラ吹っ飛ばした時じゃん!」


 そうだそうだ。昔帝国で御前試合したとき、俺と戦った近衛隊長の剣に彫ってあったよな!

 ゾギマスのヅラが飛んでって、隊長さんがウケまくったせいで試合は有耶無耶になったけど、その後開かれた慰労会で隊長さんと飲んでたときに教えてもらったんだよなぁ。

 六芒星は、帝国兵でも真に選ばれし優秀な兵のみが持つことが許された稀少な剣で、単なる兵士とは一線を画す者として尊敬の眼差しを受けるとか…………なんとか……………………。


「…………」 


 そこまで思い至って、俺は剣を手にする。

 俺は無意識に気配を消し、息を殺して、極力音を立てずに鞘から引き抜いた。


「…………」


 この女、帝国兵か。

 六芒星が刻まれた剣を所持しているならば、帝国の中枢、ゾギマスの野郎と関わりがあってもおかしくない。


「くー」


 暢気に眠っているエッタが視界の端に映る。

 安らかな寝顔だった。エッタの寝息に呼応するように、俺の心は暗く深い底へと沈んでいく。


「…………」


 現在、帝国と王国ですぐさま戦争が勃発するほど逼迫した状況ではないだろう。

 だが帝国の首都で見聞きしたことを踏まえれば、このまま何事も無く平穏に過ごせると考えるのは現実逃避もいいところだ。

 ゾギマスがユエル達にしたように、俺までスヴェンの旦那や家族を楯にされるのは避けたい。

 帝国が王国に攻めてきた時、勇者であるユエルと相対する王国兵の士気を保つためにも、ユエルを抑える役目の人間が絶対に必要不可欠だからな。

 

「…………」


 殺気をダダ漏れにするような愚は犯さない。

 寝込みの相手を襲うなら、自らの個を殺し暗闇に埋没して、わずかたりとも相手に悟られぬまま遂行すべきだ。


「……すぅ…………すぅ……」


 数回、呼吸を観察するが変化はない。

 俺は剣の切っ先をゆっくりと動かした。

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