第32話 うたかたの夢
なんて、いつまでも座り込んでいるわけにもいかない。
立ち上がると、ばさりと強い風が吹いた。
…………おっと、致命傷入れたと思ったんだけどな。案外元気そうじゃねぇか。
レッドドラゴンはすでに人化を解いてドラゴンの姿になっていた。
こちらを睨みつけながら何も言わずに飛び去っていく。
「……アレは倒さなくてもよかったのか?」
エッタは、彼方へと飛翔していくレッドドラゴンを警戒するように見ていた。
「さてどうだろうな。レッドドラゴンに飛ばれたら追う手段なんてないし、奴が逃げるというならどうしようもないな」
今回はたまたま襲われてる人を助けただけだし、あいつを殺すことが目的ではないからこれでもいい。
ぶっ倒してレッドドラゴン素材を手に入れられれば、懐はかなりホッカホカになるけどさ。
「あ、あの…………」
声に振り向くと、レッドドラゴンに襲われていた素朴な感じのする茶髪の美人さんが立っていた。
「助けていただき、本当に、本当にありがとうございました。
レッドドラゴンなど、私にはどうすることもできませんでしたから……」
何度も頭を下げる美人さん。後ろに縛った髪がぴょこぴょこ跳ねて、ちょっとかわいい。
「いいんですよ。こっちが好きで首突っ込んだだけですから。
それより、怪我はないですか?」
「わ、私は大丈夫、です……」
「そか。ならよかった」
ほっとして思わずため息が出てしまう。
この綺麗な肌が火傷でもしてたらコトだからな!
「あ、あの……何かお礼を…………あまりお金は持っていないのですが、なにか……」
「いいですって。
そんなものより、貴女が無事なことがなによりの成果ですよ」
「え?」
ぽんっと赤くなって、慌てて俺から目を逸らす美人さん。
おっしゃ!! これ、決まっただろ!! 彼女、いい反応じゃないっすか!? じゃないっすか!?
とうとう俺はやっただよ!!! 苦節10数年、旅の途中で危機に陥っている女性を颯爽と助けるカコイイ俺の図、ようやく達成できたよ!!!!
こりゃもう、速攻俺にフォーリンラブコースじゃないっすか!? ここは押せ押せで行くしかないだろ!!!
「改めまして、俺はロイと言います」
「わ、私はフィラルと申します」
「フィラルさんですか、いい響きの名前ですね」
「そ、そうですか? ……ありがとうございます」
「フィラルさんは急ぎの旅ですか? もしよければ少し休まれてから行きませんか?
怪我をしていないとはいえ、体力は消耗しているでしょうし」
「は、はい! あの、私、実家に行く途中で……ですので、急ぐ必要はまったくありません!
私の家は、ジェフォードという村で…………あ、よろしければ私の家に……ああ!! けど、ここからだと、まだかなり距離があって……」
「ジェフォード村ですか?
昔、依頼で何度か行ったことがありますよ。
西の丘、だったかな? そこに生えているペレルクレイマ草を採取するために」
「ああ! ありますあります!! でもあそこは、コカトリスなどの魔物がいて、とても危険な場所で……ああ!! でもでもロイ様でしたら、あの魔物たちが相手でも苦にならないのでしょうか!?」
「ははは。フィラルさん、少し落ち着いてください。慌てなくても大丈夫ですよ」
「え!? …………も、申し訳ありません!! 私、こんな……」
「さっきまで、向こうの方で雨宿りしていたんです。立ったままなのもなんですし、そちらへ行って休みませんか?
どの道、このぬかるみでは馬も速くは走れないでしょう」
「そ…………そうですね。で、では、ご一緒させていただきます……」
さり気なくフィラルさんの肩を抱いてみると、俺を一瞬見てから恥ずかしそうに顔を下げた。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! なんだこのかわええ反応!!!? やべぇよ、やべぇぇぇぇぇ!!!! これマジでいけるんじゃねぇの!!!?
アレか!? やっぱり強い男はモテるのか!? おおお、お、俺、間違ってなかっただよ!!! 強い男はうぉうふゅぅぅぅぉぉおおぉぁぁあああああ!!!!?
「日も落ちてきていますし、今日のところはここで夜を明かした方がいいかもしれませんね」
「…………はい」
フィラルさんが俯いたまま、こくり、と小さく頷いた。
うっしゃうっしゃっしゃぁあああああぃぃッ!!! これもう行くっきゃないだろ!!!!
兵は拙速を尊ぶ!!!! 俺、特攻部隊を編成、ただちに大攻勢を仕掛けます!!!!! きゃっほぅぅぅううううぅぅ!!!!!!
テンションMAXどころか、リミットを軽くぶち抜いて空も飛べそうだ。今日はきっと良き日になるぞいっ!
「楽しそうだなぁ、ロイよ」
「ッ!?」
後ろから平坦な声をかけられて、ぽんっと肩に手を置かれた。
たったそれだけのことなのに、なぜか俺はびくっと身体が跳ね、全身からは大量の汗が吹き出してくる。
「妾も、ついていってよいだろうか?」
「あ…………あ、ああ当たり前じゃないっすか……何言ってるんだいエッタさん……。お、おおおおかしなこと聞きますねぇ……」
し、しまったぁぁぁ!? あまりのトントン拍子具合にテンション上がりすぎて、素でエッタの存在忘れてたぁ!?
「そうか? どうしてか、妾が邪魔のように思えてしまってな」
「じゃ、邪魔だなんて……そんなこと、あるわけないじゃないっすかぁ。あは、あは、あははははは!」
「そうよなぁ。不思議なこともあるものだなぁ」
おそらく、エッタはにこやかな笑みを浮かべているのだと思う。だって声がそんな感じだし。でもなぜだろう、今は絶対に振り返りたくない。そら恐ろしい圧力を感じる。
俺の全身は警鐘を鳴らして、手と膝はガタガタ震えまくっている。心臓なんてどっくんどっくん大運動会状態です。こんなプレッシャー、さっきのレッドドラゴンどころか、前魔王と戦った時でも感じませんでしたけどぉ?
極度の緊張状態に陥り必死に浅い呼吸を繰り返していたところ、フィラルさんがするっと俺の腕から抜け出した。
「エッタ様。さきほどは庇っていただき、ありがとうございました」
「うむ、お前も無事なようでなによりだ」
「エッタ様とロイ様は、私の命の恩人です。本当に何とお礼をしたらよいか……」
「妾たちは大したことはしていない。だからそのように大袈裟に捉えるでないぞ」
「で、ですが……」
「妾たちは出来ることをしたまでだ。感謝されるのはやぶさかではないが、あまりに気にされても困ってしまう。
それでも妾たちに思うところがあるのであれば、今後お前が見かけるであろう難儀している者たちに、出来る範囲で手を貸してやるがよい」
「…………エッタ様。
わかりました。そのお言葉、必ず果たします」
「まったく……だからそのように固くなるでないぞ」
子供のように笑うエッタ。
フィラルさんは、まるで太陽でも見ているかのように、眩しそうに目を細めた。
二人が並んで歩くさまは、まるで姫様と従者のようだった。
「…………」
あれ?
俺、忘れられてね?




