第3話 勇者パーティからの離脱
俺はわざとらしく咳払いをして、
「ところでな、ユエル。次の目的はあれだろ?
魔王四天王の内の一柱、力のグレゴリウスの討伐だろ」
「ですね。王国から一番近いですし。
人々への被害も、他の四天王と比べて大きいですから」
「んでよ。奴がいるのは、ゼギレム帝国領だろ?
あそこの大臣とはさー、昔派手に揉めてさー。
腹いせに、大臣が観客でいた御前試合で、手が滑った振りして剣投擲して風圧でカツラを飛ばしてやったことがあったんだよ。
いやー、あんときは傑作だったんだぜ?
慌てふためいて顔真っ赤にするハゲ大臣と、やっぱり顔真っ赤にして笑いを堪える陛下と皇后さま。
俺がすげー焦った顔して、「ももも申し訳ありませんでしたぁぁ!!」なんてクソ真面目に謝罪してやったら、俺と戦ってた近衛隊長が、我慢できなくて噴き出しちゃってさ。
そっからは、どんどん周りに笑いが波及していってなぁ。ホント面白かったんだぜー」
「…………」
「ま、そんなことがあったからね。
俺が帝国に行くのはね、ちょーっと気まずいんだよね」
「……ロイさん」
うわ。
お手本のような冷ややかな視線、いただきましたー!
……なんて、冗談はこのへんにしておくか。
俺は咳払いをして、ユエルをまっすぐに見た。
それだけで、いつも凛としているユエルに、更なる静謐さが宿る。
「マジな話、お前も大分強くなったからな。
わかってるだろ?
お前はもう、俺がいない方が強いってことを」
「…………」
ユエルは何も言わない。
それがかえって、ユエルが肯定していることを如実に表していた。
ユエル率いる勇者パーティは、ユエル、俺、僧侶のモニカ、魔法使いのティアン、盗賊のスヴェンで構成されている。
基本的に、俺とユエルが前衛で敵を引き付け、後方から魔法による攻撃と回復、スヴェンはそれぞれのフォロー役をつとめていた。
しかし最近になって、ユエルと俺の実力が徐々に離れてバランスが崩れてきていた。
ユエルは、強くなりすぎたのだ。
下手に俺がいると、周囲を巻き込む大技が打てないときがあり、かえって苦戦を強いられてしまうのだ。
今回相手をしたマクスウェルだって、短期決戦を見込んで最初からユエルに支援魔法をかけて戦いを仕掛けていれば、すぐに奴を倒すことは可能だっただろう。
相手の出方を様子見るつもりで開戦したのが、結果的にはあだとなったのだ。
パーティー全体が、ユエルの他に俺という前衛がいることで、何が起こっても大抵のことなら対処できると油断していた。
当初、殺人人形が大量に襲いかかってきたせいで俺たちは二手に別れ、俺はティアンとスヴェンを守る形で戦っていた。
しかしそれだって、スヴェンであればティアンを抱えて逃げ回り、時間を稼ぐことはできただろう。
つまり、俺は殺人人形を倒していたことで一見活躍していたように見えるが、実のところほとんど役に立っていなかったに等しいのだ。
「俺も、もうちっとやれると思ってたんだけどな。
年のせいか、これ以上の成長はあまり見込めない感じだし、ここいらが潮時だと思うんだよ」
俺の言葉に、ユエルが頭を振る。
「ロイさんは強いです。
私は、ロイさんの剣にはかないません」
「ただの剣術勝負なら、な。
でも実戦では別だろ?」
「…………それは……………………」
「剣持っただけの勝負なら、10回やればお前が俺に勝てるのはよくて2、3回だ。
本当にマジでやれば、俺はお前を完封する自信があるぜ?
俺はお前の癖も、パワーも、弱点も熟知しているからな。何より、絶対的な経験の差がある。
でも実践では、それらはすべて覆る。
ウチには優秀なヒーラーがいるからな」
「…………」
俺の言葉に、ユエルは沈黙する。
ユエルが勇者たるゆえん。
ユエル自身の剣の才能と努力もあるが、ユエルにはパーティーメンバー以外にはほとんど知られていない、特異な能力があった。
それは『勇者の加護』と呼ばれ、ユエルにかかる魔法は、その魔法を唱えた者が有する才能限界以上の効果をもたらすのだ。
すなわち、回復魔法がユエルにかかれば、未熟なヒーラーでもたちまち傷を修復させる。
支援魔法がかかれば、アホみたいに力が増強し、疾風のごとき速さを手に入れるのだ。
そして、本当に稀有な才能のある優秀なヒーラーが、このパーティにはいるのだ。
俺にかかる素の支援魔法も十分強力だが、ユエルにかけられる支援魔法の効果とは比べ物にならない。
しかも傷ついても、ユエルに回復魔法をかければ重傷だろうが短時間で復活を遂げるのだ。
そのくせ、攻撃魔法に対してはアホみたいな魔法耐性を発揮して効果がないという、まさしく無敵の力がユエルには備わっていた。
ゆえに、実践では俺とユエルの力は、大きく差が開く。
他の仲間には、魔法や、罠解除の技術等、ユエルにない得意分野があるが、俺にはない。
俺には剣しかない。
だから俺は、もはやこの勇者パーティーには不用な存在となっていたのだ。
「これから先、お前の戦いは間違いなく激化する。
魔王四天王の一柱を倒しちまったからな。奴らも警戒するさ。
正直、俺が必死になって倒した前の魔王よりも、今の魔王のが確実に強い。
四天王のマクスウェルですら、総合的な戦力で言えば、過去の魔王に匹敵するレベルだったからな」
「…………」
「そんなんだからよ。俺はここでおさらばだ。
どっか適当な村でも見つけて、のんびり隠居生活を楽しむとするよ」
「26歳って、隠居するような年ではないと思いますが」
「俺だってまだやれるつもりだったよ。
でもさ」
俺はユエルに向けて右手を出す。
「……後は頼んだぜ。勇者様」
にっと笑う俺に、ユエルは表情を変えずに黙って俺の手に合わせた。
馬鹿みたいに頼りない手だが、この手がいずれ世界を救うだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あの…………もう手、離していいよ?」
間の抜けた俺の言葉に、ユエルは素直に手を離した。
いつまで経っても、ユエルが無表情のまま握手をした手を見ていて、握ったままだったのだからしょうがない。
こういう情緒というかお約束の流れを、ユエルはもうちょっと学ぶべきだよなぁ。
うーむ。情緒、情緒かぁ…………。
「ユエル」
俺の呼び掛けに応じて、うつむき気味のユエルが顔を上げる。
俺はユエルの肩口に差していたエイリンの花を手にして、ユエルの髪に差してみた。
「うんうん。よく似合うな」
黒髪に白い花がよく映える。
こういうのも情緒だよなぁ。
ユエルがぱちぱちと何度か瞬きをした。
ユエルは、そっと花に手を触れてから、そのまま俺を見上げて、
「ロイさ……」
「あーー!! ユエルも、ロイもこんなところにいたーーーー!!!
なにしてんのさぁ二人ともぉ!!」
両手にジョッキを装備した酔っぱらいエルフが、ぐへへへへへとエロオヤジのように笑いながら、獲物を見つけたとばかりに俺たちを補足した。
こいつもユエルと同じように最初はドレスを着ていたはずだが、いつの間にかいつもの神官服に着替えていた。
この泥酔エルフが、実は勇者パーティーのヒーラーだと誰が想像できるだろうか? いや、できない。
モニカは、肩まで伸ばした翠色の髪をばっさばっさと振りながら、
「二人とも飲んでないのぉ!? こんな日に飲まないとかありえないんですけどぉ!?
さすが王国だよねぇ!! いい酒がいーっぱい揃ってるの!!
南方のクフクフシュバルザ地方の地酒まであってさー。マジすごいんですけどぉ!?」
頭の中が有頂天のモニカを前にして、俺とユエルは顔を合わせた。
「こいつが一番自由で勝手」
「相違ありませんね」
「何なに、何の話ー!?
あ、ところでさー、ロイー。ユリウス伯の娘さんと会ったでしょ? 「ワタクシ、子どものころから剣聖英雄譚が大好きで、ロイ様にずっと憧れていましたの…………ぽっ」だってねー!
モテモテだねー! よっ、この色男!! あの娘超かわいかったよね!! やったねロイくん、逆玉バンザーイ!!!」
はい? ユリウス伯の娘さん……?
………………だれそれ、初耳なんですけど……。
「ユエルもさ、あの娘と話してたでしょー?
やっぱ貴族の娘さんは金髪が正義だよねー。もーお人形さんみたいで超かわいい!!
あ、でもあたしはねー、やっぱりユエルが一番好きー。でへへへへへ」
と、モニカはユエルに抱きついて、肩口に顔をすりつけていた。
両手に持ったジョッキの中身が一滴もこぼれないのは、神業と言ってもいい。
「モニカさん、飲みすぎですよ?」
「だいじょーぶだーいじょーぶーー。後で酔い覚ましの魔法かけるから、いくら飲んでもだいじょーぶーーー♪」
「まったくもう、モニカさんったら…………ん? どうしたんですか? ロイさん。ぼうっとして」
「……おいユエル! いたのか、可憐な令嬢!? しかも俺に興味を持ってるようなレアものが!?」
「ええ。だから言ったじゃないですか?
ロイさんの話を聞きたがっている方々がいると。令嬢の方もいたので、探してきます、と」
「………………………………」
あぁん。
なーるほどね。
……俺にはそういう意味にはとれなかったよ、ユエルさんや。
「王国ばんじゃーい!! 勇者ユエル、ばんじゃーい!!! キャハハハハハハハ!!!」
糞うるさい優秀なヒーラーの声が、喧騒から離れた王城の庭によく響いていた。