第25話 雨に降られて
翌日。
モニカをゼギレム帝国の首都アルレイドに残して、俺とエッタは早々にハイデルベルグ王国への帰路についた。
エッタはモニカと離れることを惜しんだが、すぐに気持ちを切り替えていた。
王国から来たときに使っていた馬はアルレイドに通じる街道から外れたところに繋いでいたのだが、幸い逃げることもなくその場に留まっていた。
俺はエッタと共に馬で王国を目指す。
当初、馬での移動は順調であったのだが、途中強い雨が降ってきたため移動は中止。
街道から少し奥へ行き、木々の下で雨宿りをしていた。
「結構降ってきちまった。この分だと今日はここで野宿することになりそうだな」
多少の雨なら強行軍しても構わないのだが、エッタもいる手前無理しすぎることもないだろう。
雨に打たれて体調不良になっても困る。ぬかるみに足を取られて落馬して負傷したり、馬が怪我して走れなくなったら余計時間かかるしな。
俺は雨に降られない位置取りをして、手で草を倒して簡易のクッションを作って座る。
エッタも俺と同じように草を倒して、ぽんぽん叩いて具合を確かめて隣に座った。
素直な行動に自然と微笑ましい気持ちになったのだが、
「なぁロイ。そなた、昨日はどこで寝たのだ?」
「ぶぇ!?」
唐突なブッコミに、思わず変な声が漏れ出た。
まずい……いくら相手がモニカとはいえ、ひとつのベッドで寝てたとか言ったらキレられるか!?
女がいる店に行っただけであの切れようだったからな。
エッタにはモニカと寝てたことは知られないようにした方が無難か。
別になんもやましいことはしていないし、知られたところで俺は潔白すぎるのだが無駄に怒られたくないし。
「妾は自室のベッドでそなたが来るのを今か今かと待っていたのだが……」
「いやそれは嘘だろ。お前これ以上ないほど爆睡してたじゃねぇか」
「…………そ、そう見えたかもしれないが、そうではないぞ!!
だ、大体だな!! 朝起きても誰もいなかったから隣の部屋に行ったら……」
「申し訳ありませんでしたッ!!!!」
俺はこれ以上ないほど見事な土下座を披露した。
帝国にいた路地裏のチンピラ連中なんて眼中にないほどの精錬な土下座だ。
「う、うむ…………そなた、その体勢、いやにしっくりくるが……まさかやり慣れているのか?」
「いえ、そうではありません。人前で行うのは初めてです」
常々練習はしているがな。
将来俺がハーレムを築いたとき、どんな不測の事態でピンチに陥るかわからない。
そのときのために、俺は迅速にかつ寛大な心で女の子たちに許してもらうため、土下座の訓練には余念がないのだ。
「まずは謝罪を。
しかしこれだけは信じてもらいたいのですが、確かにモニカと共にベッドで寝ていましたが、本気でマジであのすっとこどっこいエルフとは何もありませんでしたから。ホントにただ寝てただけっすから」
一応エッタとは仮の恋人として、お付き合いをするという話でまとまっている。
ほとんど勢いと誤魔化すためのような方便みたいなもんだが、約束は約束だ。
その状態で、いくらその気になりようがないモニカ相手とはいえ、ひとつのベッドで寝てるところを目撃すればいろいろとありえない想像をしてしまうのも無理はない。
元はといえば、よくわからんうちにモニカがベッドに乱入してきて寝ちまったせいで、俺に過失はほとんどないと思うんだが、それはそれとしてエッタには早々に土下座っておくべき案件だろう。
「うむ。そうらしいな。狭かっただろうに二人とも器用なものだな」
「確かに信じられないのも無理はない。だが誓ってあの顔だけエルフとは何も………………はい?」
なんだろう。今予想とは違う答えを聞いた気がする。
まるで、普通に考えたらとてもありえない物わかりのよさを発揮しているような……。
「妾はそれほど寝相がよくないからな。あまり狭いベッドだと度々落ちてしまうかもしれん!」
なぜか誇らしげに言うエッタに、俺は曖昧に頷いた。
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、エッタが力を抜いて笑った。
「モニカとのことは、すでに当人から聞いている。
ロイと寝たのは事実だが、何もなかったとな」
「え? そんなんで納得してくれるの……?」
「言っておくが、あくまでモニカであったからだぞ。
モニカであれば妾も信用できるからな。他の女であれば問答無用で斬っていてもおかしくない」
「おかしいから!? せめて話くらいは聞こうよ!?」
もしも昨日、あの店の女の子とハッスルしてたら殺人事件に出くわす可能性もあったのかよ!? この姫さん、やっぱり怖すぎるわ!!
「聞いたとしても、どうせそなたへの怒りはおさまらないだろうからな。
ならば先に斬ってもよいだろう?」
「よくねぇよ!?」
しかも斬るの俺かよ!
そりゃ浮気的な観点から言えば俺が悪いんだろうけどさ!!
だいたいどこを斬る気だよ!? 怖すぎて絶対聞きたくないわ!!
「ではロイよ、妾と逆の立場だったらそなたはどう思う?
妾がそなた以外の男と寝ていたとしたら?」
「…………そりゃあ」
ちょっとフクザツな気持ちにはなるわな。
一応、エッタには好かれているだろうなって思ってるし。
なんだよ、今までの態度はそんな軽いもんだったの? なんて考えちまうかもしれん。少なくともいい気分にはなれないな。
「ふふふ。なんだそのしかめっ面は?」
いつの間にかエッタが微妙に上機嫌になっていた。
今の流れで機嫌良くなる要素あったか? ギスギスするよりはずっといいんだけどさ。
…………あ、そうだ。どうせなら今のうちに渡しておくか。
俺は自分の革袋から碧色のブローチを取り出して、
「エッタ、これ」
「うん?」
目をパチパチとさせるエッタに手渡す。
「何がいいのかわからなかったから俺の趣味で選んじまったけど。気に入らなかったらすまんな」
ユエルにレッドドラゴンの羽素材のリボンを渡したのをエッタは気にしていたようだったので、帝国を出る前に魔法道具屋に寄って買ってきていたのだ。
時間がなかったから、えいやっと直感で選んだ。
「これを……妾にか?」
俺が頷くと、エッタは不思議そうな顔をして手の中のブローチを見つめていた。
むぅ、この反応、いいのか悪いのかよくわからんな。
文句言われても今更買い換えようもないし後の祭りなんだけどさ。
「エルゴダ鉱石が素材になってるから、一応装備者の魔法耐性を上昇させる効果がある、んですけど」
付与効果があるせいか結構値が張るんだけど、王女様への贈り物としては安物もいいとこだろう。
普通の王女様にやれば、こんなもんいるかと投げ返されてもおかしくないんだが…………。
エッタの反応を気にしていると、おもむろにエッタは自分の服、左の鎖骨付近に手をやり、
「…………どうだ?」
ブローチを付けて、若干顔を赤らめて胸を張った。
やっぱり王女様が付ける装飾品としてはショボイんだろうけど、それ抜きに考えればそれほど悪くはないと思う。
モニカあたりに渡したとしたら、「ブローチって年代の人が使うイメージなんだけど? あたしがババアってこと?」とか地雷を踏み抜きそうだけどな。
「いいんじゃないか?」
なんにしろエッタには似合ってはいると思う。
というか、元がいいから何付けても似合っちゃうんだろうけどね。
「そうか。よいか」
エッタはため息でもつくように大きく息を吐いて、
「礼を言うぞ。ロイ」
先程よりも顔を赤くして、口元をほころばせた。




