第22話 路地裏のやつら
期せずして、ちょうどいい塩梅に夜が更けてきた。
ちょっとした騒ぎになってしまったのは計算外だし、ましてやエッタとの関係性が妙なことになってしまったが、今更考えたところでどうしようもない。なるようになるだろう。
俺たちは昼間に来た路地裏へと向かった。
結局エッタもモニカも付いてくるようになってしまったが仕方ない。一応二人には戻るよう言おうかと思ったが、テンション上がったエッタが素直に聞いてくれるとは思えんし、目の届かないところいかれるよりも傍にいたほうが余計な心配をしないですむ。
目的地へと到着すると、昼間に会ったときと同じように爺さんが地べたに座っていた。
「よぉ兄さん、待ってたぜ」
俺の姿を見つけて、爺さんが立ち上がる。
「おう。で、爺さん、どんな奴を呼んでくれたんだ?」
「へへへ。昼間、兄さんの話をしたらな、いろんな奴が集まってくれたよ。
…………みんな兄さんに興味津々のようだぞ」
爺さんが口もとを歪ませるように笑う。
爺さんの笑みに善性は見えない。この路地の雰囲気と同じように、暗く濁っているようだった。
「ほう、頭数がいるのはいいが、俺の期待には応えられるのかな?」
「さてどうだろうな。それは兄さん自身が確かめてみてくれよ」
爺さんが立ち上がり後ろへと下がると、暗闇に紛れていた連中が何人も姿を現した。
どいつもこいつもチンピラ風で、殺気を隠そうともしない。
ぎらついた目線を俺に向け、後方にいるエッタやモニカに気づいた男たちは、よだれでも垂らしそうなほどダラしなく口を開けている。
男たちの後ろに下がった爺さんが、少しだけ気の毒そうな顔をした。
「しかし、兄さんも馬鹿だね。なんでこんな場所に女連れでくるんだよ」
「こっちだって事情があるんだ。
で、俺はこいつらをぶっ倒して話を聞けばいいのか?」
昼間に爺さんに大したことも頼まずに金貨くれてやったからな。
金目当てに頭数だけは集まってくると思ったぜ。
二十人はいるチンピラ男たちの中から、髭面の大男が前に出てくる。
「馬鹿いってんじゃねぇよあんちゃん!!! てめぇはここで死ぬんだよ!!!! てめぇの金と、後ろの女たちはかわいがってやるからよぉ、安心して死んじまえよ!!!!」
大男の啖呵に、周囲の連中も乗って、
「けへへへへへ!!! お、女なんて何日ぶりだ!?」
「よそ者なら、衛兵にしつこく追われるようなこともねぇだろ!!! まったく今日はツいてやがるぜ!!!!」
「金だ金!!!! 身ぐるみ剥いで、売れるものはなんでも売るぜ!!!!」
とまぁ、好き勝手ほざいてやがる。
ははは。お前らわかりやすくて好きだわ。
◇ ◇ ◇
「ひぃぃぃぃぃぃ!? もう勘弁してください!!! お願いしますお願いします!!!!」
「大丈夫大丈夫。俺はお前らから話が聞きたいだけだから。
殺さないから大丈夫」
「殺さないって、こいつら痙攣しまくってるんですけど!? このままじゃ本当に死んじまうよ!?」
「痙攣してるんじゃ死んでないじゃん、ダイジョブダイジョブ。
それにな、そこにいるエルフ様は凄腕の僧侶だから。お前らのような奴らにも、ちゃんと慈悲をかけてくれるって」
「おおぉぉぉい頼むよ僧侶様!!! こいつは両腕が向いちゃいけない方に向いてるし、こいつなんて顔が倍くらいに膨れ上がっちまってるだろ!!!
このままじゃマジで死んじまうよ!!!! 頼むから回復魔法かけてくれよおおおおおお!!!!!」
「え? ヤなんだけど」
「なんでダメなんだよおお!!!」
「だって疲れるじゃん。魔法使うのって集中力使うし大変なんだよ?」
「頼むってよぉぉォオオおおおおおおぉぉぉおおおお!!!! あんたたち、街のことが聞きたいんだろ!!??
知ってることは何でも話しますからあぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「えぇぇ、でもなぁ……こうまでなっちゃうと治すのも楽じゃないんだよね。
ねぇロイ、こいつら2、3人くらい減っても困らないでしょ?」
「おう」
「殺さないって言っただろおおおおおおぉぉぉおおおおおおお!!!! お願いしますからぁぁぁっぁあああぁぁぁあああああ!!!!」
そんな感じに程よく脅してやったおかげで、チンピラ連中はとても素直ないい子達になりました。
こういう奴らには、やっぱり力こそパワーだよなぁ。
ちなみにエッタは静かにしてるけど、襲いかかってきた男数人をきっちりのしていた。
微妙にニマニマしたまま男たちをぶっ倒していくもんだから、正直不気味でした。機嫌良さげなのは間違いないからいいんだけどさ。
それからは、突っかかってきたチンピラ達をモニカに適当にヒールしてもらって話をきいたところ。
曰く、商人ギルドが食料や消耗品の武具について規模不明の依頼を受けている。
普段は召集されない民兵が、ここ最近は予備隊として訓練をしていることがある。
魔法ギルドが新しい魔法の開発? なのか、正確なところはわからないが、何らかの大掛かりな実験をしている、等々。
街全体が動いているわけではないが、一部でおかしな動きがあるのは確かなようだ。
「で、爺さんは何か知ってるの?」
「わ、わわワシは大したことは知らん!! 申し訳ない!!!」
爺さんはこれ以上ないほど綺麗な姿勢で土下座している。
そんなビビらんでもいいのになぁ。
爺さんからすりゃ、俺から強盗するつもりで男たちを呼んだんだろうから、後ろめたい気持ちバリバリなんだろうけどさ。
わざわざこんだけの人数揃えてくれて俺は感謝してるんだぜ。
「ふーん。爺さん顔が広そうだし、何か面白いことでも知ってるのかと思ったんだけどさ」
「わ、ワシなんぞ所詮は路傍の石ころのようなもので…………はっ! そうだ!!
昨日か一昨日かわからんが、少し前に帝国領でレッドドラゴンが出たと聞いたぞ!!
レッドドラゴンなんぞ遥か遠方の霊山くらいにしかいないはずたと、兵士たちの間では騒ぎになっていたらしい!!!」
レッドドラゴンだと? 確かにそりゃ珍しいな。
レッドドラゴンと言えばドラゴンの上位種だ。前に遭遇したグリーンドラゴンとは比較にならない。
知性だって十分あるし、あまり意味の無い行動はしないと思うんだが…………ドラゴンなんて基本、魔王領の奥か人里離れた霊山にこもってるイメージだけどなぁ。
この前倒したグリーンドラゴンのように、特に意味も無く人に害をなす不良ドラゴンもいるにはいるが、レッドドラゴンがそれをするってのは違和感がある。
たまたま偶然が重なっているのか、それとも…………。
「幸い、そのレッドドラゴンはすぐに何処かへと飛び去ってしまったらしいがな。怪我人もなかったそうだ。
それ以来目撃情報はないらしいぞ」
「爺さん、それ誰から聞いた話なんだ?」
「帝国兵だ。
ワシらは真っ当な生活はしておらんからな。突発的な兵士の見回りでもあれば、何かしら理由を付けてしょっぴかれてしまう。
その当たりの情報がないとやっていけんのだ」
兵士か。
レッドドラゴンを相手にして負傷なしとか、そんなことできる奴なんて世界に何人もいないと思うんだが……。
そもそも戦闘にならなかったってことかね。
「ああ! あとは、王国領! ハイデルベルグ王国でもグリーンドラゴンが出たと聞いたぞ!!」
「そっかそっか、なるほどなるほど。
爺さん、そんなもんでいいよ。いい話をありがとな」
「へ、へへへへ!! この程度お安い御用ですよ!!!」
あらら、すっかり下手になっちゃって。
こうまで態度をころっと変えられると、どうこうしようって気にもなれんよね。




