第20話 夜のおたのしみ
ユエルと別れたころには、大分暗くなっていた。
俺はモニカ達がとった宿へと戻ると、2人は一階の食堂ですでに夕飯をとっていた。
奥の席にいるエッタが俺に気づいて、ぶんぶんと手を振っている。
「ロイ! ロイ! こっちだぞ!!」
子どもか。
思わず苦笑いしながら、エッタの隣の席について店員にエールを頼む。
「おほはっはね。はんかふぁっふぁの?(遅かったね。何かあったの?)」
モニカは長パンをくわえていた。
エルフの口から長パンが生えてるとか、世界広しといえどもこいつくらいしかやらねぇだろうなぁ…………。
ホント、エルフの清廉なイメージをことごとく破壊してくれる奴だよ、こいつは。
「モニカよ、何を言っているのかまったくわからんぞ?
ちゃんと食べてから話すのだ」
「聞いて驚け。街にユエルがいた」
「ふぇぇえええ!? ほんほ!?(えぇぇえええ!? ほんと!?)」
「マジマジ、俺もびっくりしたわ。
ゾギマスの野郎でも、さすがに勇者さまを城に閉じ込めてはおけないらしいな。
おかげで役に立ちそうな話も聞けたよ」
「…………ほっふぁぁ。ふえうふぇんひふぉーふぁっふぁ?(…………そっかぁ。ユエル元気そうだった?)」
「元気もなにも、いつもどおりだったよ。
あの真面目な性格も別にいいっちゃいいんだけど、あいつはいつもあんなんで疲れんのかね?
少しはどこぞの軟体生物のようなエルフでも見習って全身の力抜けばいいのになぁ」
「ふぇー。ふぉれふぁれふぉふぉふぉふぁふぁー?(へー。それ誰のことかなー?)」
口からパンを生やしたエルフが、おもむろにエールの入ったジョッキを手にする。
すかさず俺は空になった食器を盾にして構える…………。
一瞬の隙が大惨事になりかねない緊迫した空気の中、
「…………お前たちが仲がいいのはわかったから、私にもわかるように会話してくれんか」
エッタが珍しくつまらなそうにぼやいた。
俺は改めてユエルに会ったことについて話し、モニカ達が何をしていたか聞くと、
「あたしたちは教会に行ってたよ」
モニカが4つめの長パンを手にした。
同じく4つめの長パンを食べ終えたエッタが得意気に胸を張った。
「私とモニカは教会が行なっている炊き出しを手伝ってきたのだ!」
「炊き出し? なんでまたそんなこと?」
「なんでって…………あれ? なぜ私たちはそんなことを……?」
「教会なら、もし死者が出るようなことがあれば葬儀の手続きが行われるでしょ?
数人ならまだしも、教会がてんてこ舞いになるくらいの人数ならきな臭いことがあったかもしれないってことだから」
「あぁ、そういうことか」
モニカはヒーラーなのだから、教会とも関わりがある。
顔を出して話をすることは自然だ。
「結局はなーんにもなくて、顔だしちゃった手前、炊き出しの手伝いをしてきたんだけどね」
教会なら、頻繁ではないにしろ貧困層向けの炊き出しをやってることがあるからな。
「モニカの包丁さばきはなかなかだったぞ。手際がいいのだ」
「エッタこそ、ちゃんと料理できて驚いたわ。美味しかったしね」
「くはははは、当然だ! 私は母上から教わったのだからな!
母上は私などよりもよっぽど腕が立つぞ!」
エッタが上機嫌で5つめの長パンを手にとった。
こいつら、教会でも食ってきただろうにホントよく食うな……。
「で、ロイ。これからどうするの?」
「ユエルに会う前に、ちょいと顔出してきたところがあってな。
俺はそっちに行ってくる」
「どこへ行くのだ? 私も行くぞ!」
「いや、二人は遠慮してくれ。俺一人で行った方がいい」
「な、なぜだ!? 私が足でまといになるとでも言うのか!?」
興奮するエッタに、モニカが手をひらひらさせる。
「いいのいいの、任しておけば。
私たちが行っても面倒なことにしかならないんでしょ?」
「そうなるだろうな。無駄にトラブルを起こすこともないだろ」
「……むぅ。そなたたちがそう言うのであれば…………むぅ」
エッタはまだ不満そうなものの、一応は納得してくれたらしい。
やる気になってるエッタには悪いが、裏路地にいるような連中にエッタのような美人 (ついでにモニカも)が顔出せば無駄にテンションが上がりかねない。
厄介事のもとだからな。
◇ ◇ ◇
夕食後、俺は単独で宿をでる。
目指す先は昼間に回った裏路地なのだが、まだ時間が早い。
それならばと、俺は方向転換をして街中へと進んだ。
やがて、俺が足を止めたのは「イセリナ」と書かれた看板の前。
歓楽街に位置しているその店は、飲み屋のような飲食がメインというよりもむしろ……、
「そこの剣士のおにーさん! よってかない? ウチは評判いいよ!」
店の横にいたおねーちゃんに誘われてしまった。
誘われてしまったからには、断るのも失礼だな。それに、なんとか時間が潰せればなぁって思ってたところに誘われてしまったわけだしな。
うん、これはちょいと寄っちゃっても仕方ないことだ!
声をかけてきた女は、少しばかり濃い化粧だが、暗さも相まってそこまでキツい印象は受けない。
胸元がかなり大胆に露出した服で、ちょっとしたことで溢れ出してしまいそうだ。思わず視線を固定してしまいそうになる。男なら思わずチラチラチラ見くらいはするだろう。いや、俺ほどの強固な精神力がなければきっとガン見しちゃうね。
「君が案内してくれるなら、寄って行こうか」
「あら、剣士さん、私が好み? 嬉しいこと言ってくれるね!
いいよ! 行こ行こ!」
女がにっこり笑って俺の手を取り、店の入口へと向かう。
いきなり手をつないでくるとは大胆な! これはもしかしたら…………もしかするんじゃね? イケちゃうんじゃね!? 脈ありじゃね!?
急激にテンションが上がってくる俺。
うっきうきで女に続いて店の中に入ろうとしたところで、
「…………そなた、どこへ行こうとしている?」
淡々とした、しかし底冷えのする冷徹な声が響いた。
心臓を鷲掴みにするようなプレッシャーに、思わずびくっとして立ち止まってしまう。
恐る恐る振り返ると、そこには仁王立ちをした無表情のエッタがいた。ついでにモニカもいる。
「よ、よぉっす……、どうしたんだエッタ? こんなところで……」
「妾は、お前がどこへ行くのかと聞いているのだが?」
「どこへって、ちょ、ちょっと小腹が空いたからさ、ちょっと一杯くらい飲んでいこうかなぁ。なんて……」
「ほほう。先ほど夕食をとったばかりで、もう腹がすいたのか。ロイは健啖家なのだな?」
「ま、まぁね。ははは、ははははは……」
思わず笑って誤魔化そうとするが、エッタの目は1㍉も笑っていない。マジ顔すぎて怖ぇよ。
「…………お客さん、この娘だれなの? 知り合い?」
怪訝そうな顔をして耳打ちするおねーちゃん。
その瞬間、エッタのこめかみから、ぴきィっという音が聞こえた気がした。
「知り合いというかなんというかぐぉああ!?」
俺がしどろもどろになっていると、エッタが俺の手を取ってぐいっと、信じられない程強烈な力で引っ張られた。そんな乱暴にしたら肩抜けちゃいますよ?
エッタは俺の手を握ったまま小さく礼をした。
「私は、この男の妻です。夫が失礼しました」
「あ、はい。どうも…………え?」
「では、私たちはこれで」
淡々と告げて、エッタに引かれるまま店から離れていく。あぁぁあぁ、せっかくイケそうだったのになぁ……。
「ロイさぁ、少しは周り見なよ?
あたしたち、あんたのすぐ後ろにいたんだからさ」
モニカが、しょーがないなぁという顔をしている。
それにしても、二人がいなたんて全然気づかなかったわ。
「エッタはともかく。モニカ、気配隠すの上手くなったな?」
「かけらも隠してないからね。どんだけウキウキしてたのよ」
モニカがペチリと俺の額を叩いた。




