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 帝国での勇者 その2

 北の小国、トゥリエルズを降伏させたのは一昨日のことだった。

 ユエルは勇者として、帝国の大臣ゾギマスに随行し、トゥリエルズとの交渉の場で姿を現した。

 トゥリエルズの将軍ザナドゥレは、明らかに動揺する。


「な…………なぜ、勇者殿がこのようなところへ……!?」


「私のことは気にせず、交渉を続けてください」


「そ、そうおっしゃられましても…………」


 ユエルは、ザナドゥレ将軍の様子を見て気の毒に思った。

 同時に、自分という人物が、他人に対してどれだけの影響を与えてしまうかということも痛感していた。


 将軍が動揺するのも無理はない。

 先日、魔王を倒したばかりの勇者を、帝国は擁してきた。

 圧倒的な戦力差に加えて、軍隊とも引けを取ることのない力を持った勇者まで敵に回して、まともな戦いができるわけがないのだ。


 ザナドゥレは、ゾギマスからの降伏勧告に、従うほかなかった。


 結局、トゥリエルズ国は、政治体系や軍事に変化はなく、表面上はなんら変わらないものであったが、ゼギレム帝国の軍兵の受け入れ、軍兵に対する帝国への金銭の支払いが発生し、事実上帝国の支配下となったのだった。




 ◇ ◇ ◇ 




 トゥリエルズとの詳細な交渉は部下に任せ、ゾギマスは翌日にはゼギレム帝国へ向けて馬車を走らせていた。

 ユエルも残る必要はないため、ゾギマスと共に馬車に乗り、共に帝国への帰路についていた。

 

「ユエル殿、ご苦労様でした。

 貴女のおかげで、トゥリエルズとの交渉も揉めることなく終えられそうです。感謝しますよ」


「……いいえ。私は何もしていませんから」


「とんでもない。勇者ユエルがいるからこそ、私たちは少数の軍兵だけで事を進められたのですから。

 やはり、魔王を倒した勇者というのはすばらしいものです」


「…………」


「今更言うことでもありませんが、ユエル殿はトゥリエルズの街でゆっくりしてきてもよかったのですよ?

 確か、あそこはガラズ細工が盛んで、様々な工芸品を取り扱っていたはずですから」


 ゾギマスの言葉に、ユエルは顔をしかめそうになる。


(帝国の支配に加担した私が、どんな顔をしてトゥリエルズの街を歩くというのでしょう)


 しかし、ユエルは内心の不満は表に出さず、ただ首を振った。


「勇者殿は、あまり嗜好品に興味がないのでしょう。

 これまでは戦いの日々だったのでしょうから」


 ユエルの代わりに答えたのは、ユエルの隣にまるでお目付け役のように座っている騎士であった。


「フィラル、そんなことはないだろう?

 勇者殿はまだ成人したばかりと聞く。珍しいモノには心惹かれるはずだ」


 ゾギマスが大仰に手振りをして、


「勇者殿のおかげで、想像以上にトゥリエルズとの交渉は順調に進みそうです。

 数日中は勇者殿に動いてもらうことはないでしょう。

 帝国へ戻ったら、是非とも我が帝都を……」


「ッ!?」


 ユエルはゾギマスの言葉を聞き流していたが、弾かれたように立ち上がる。


「ど…………どうしました、勇者殿……?」


「何かがこちらへ向かってきます。おそらくはモンスターでしょうが……強い気配を感じます」


「な、なんだと!?

 …………くっ!! 兵士たちよ!! 周囲の警戒を厳にしろ!! 注意を怠るな!!!」


 ゾギマスが周囲の兵士たちに命令を下したときには、ユエルは馬車を飛び出していた。

 速度を緩めた馬車を置いて、ユエルは一直線に進行方向へと疾走する。


(これだけのプレッシャー…………魔王領でも果ての方でしか感じたことがない。

 たぶん、これは……) 


 ユエルは剣の柄に手をかけて、一瞬だけ迷ってから結局剣は抜かずに走り続けた。

 このときにはすでに、前方上空に陰が浮かんでいた。


「ちょっと待て、あれって…………」


「まさか…………ドラゴンか!?」


 ユエルに遅れて付いてきていた兵士たちが足を止める。

 まだ距離はあるものの、その巨体は恐るべき速さでこちらへと飛行してきていた。


(やはり、レッドドラゴンですか……)


 ユエルは兵士たちから十分な距離を取れたのを確認して、足を止めた。

 間もなく、レッドドラゴンが悠然と地に降り立った。

 その身体、見上げるほどに巨体で5メートル近くはあるものの、ドラゴンの中では小柄である。

 しかし、この大きさがレッドドラゴンの標準サイズだ。

 そして人にとっては、5メートルもあれば威圧感は十分である。

 レッドドラゴンが喉を鳴らしただけで、後方で棒立ちしている兵士たちは竦み上がった。


「レッドドラゴンとは…………勇者殿、お力添え願います!」


 ユエルの監視役の騎士、フィラルは剣を抜いてユエルの隣に並び立った。

 フィラルの額には、すでに汗が浮かんでいた。

 レッドドラゴンのプレッシャーに押しつぶされないよう、フィラルはいつも以上の力で剣を握っている。


「待ってください。少し話をしてみます」

 

「話!? ドラゴンとですか!?」


「レッドドラゴン、それも成体であれば話ができないということはありません。

 フィラルさんは下がっていてください」


「勇者殿!?」


 ユエルは無造作に歩きだして、レッドドラゴンの目前まで移動する。


「ここを通してもらえますか?

 できれば手荒なことはしたくありません」


「…………」


「どうしてこんなところにいるのかはわかりませんが、わざわざ争うことはないでしょう?」


 レッドドラゴンを前にして、まったく怯えずに話すユエル。

 ドラゴンはユエルを見下ろして、


「お前は、勇者か?」


「そうです。それがどうかしまし……」


 ゴオオォォォォオオオオオオオオ!!!


 突然、レッドドラゴンが口を開け、炎のブレスを放ってきた。

 ユエルは立ったまま、まともにブレスをその身に受ける。


「勇者殿!?」


 後方にいたフィラルにまで、ブレスの熱が伝わってきた。

 人間に直撃すれば、焼け死ぬことは免れない。


 しかし、


「随分と乱暴な挨拶ですね」


 ユエルは、まるでそよ風にでも当たったかのように、炎の中に平然と立っていた。

 帝国兵が騒然とする中、レッドドラゴンは眼光鋭くユエルを射抜いた。 


「…………ふん、話に聞いていたとおりか。

 我の炎を受けて平然としている人間がいるとは、お前は確かに勇者のようだな」


「一体どんな話を聞いていたのですか?」


「魔の力の及ばぬ、人間の娘」


「そういうわけではないんですけどね」


 ユエルが手で払うと、炎はあっさりと霧散した。


「それで、ここは通してもらえるのでしょうか?」


「……勇者相手に、我が戦うことは無意味だ」


 レッドドラゴンはユエルの後方に一瞬だけ顔を向け、翼を広げ勢い良く飛び立つ。

 みるみると高度を上げ、レッドドラゴンは彼方へと飛び去っていった。


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