表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/74

第19話 勇者様へ、剣聖から下心をこめて

 思った以上にハイデルベルグ王国にとって、ゼギレム帝国の情勢はよろしくないのかもしれない。

 俺は舌打ちしそうなのを我慢して、


「ユエル、次はどこを目標としているか聞いてるか?」


「いえ。トゥリエルズに向かったときも、前日の夜に言われたくらいですから。

 今のところ、私自身は城内で自由にしていることがほとんどです」


「……なるほど」


 この賑わった街の雰囲気とは裏腹に、事態は切迫しているのかもしれない。

 となると、やっぱりモニカにはあちらの仕事をしてもらうことになりそうだな。


「ロイさんは…………王国側についているのですか?」


「そうだ。この馬鹿げた事態をどうにかしようと思ってたんだがな。

 そう簡単にはいかねぇようだってことはわかった」


 ゾギマスの野郎、地下に潜るような攻め方しやがって。相変わらず嫌らしい野郎だ。

 それに少数とはいえ、実際に軍を動かせるってのは厄介だ。

 このままのんびりと北の小国郡を相手にしてくれればいいんだけど、そう楽観的には考えてらんねぇな。


「ロイさん、私は……」


 ユエルが僅かにうつむく。

 その後頭部を、俺は軽く手の甲で叩いた。

 

「下向くんじゃねぇよ。

 スヴェンの旦那の件で、お前がもどかしさを感じてることくらいはわかってる。

 でもな」


「…………」


「今こうして、ここにいるのはお前の意志だろ?

 自分以外の何かのせいにしていられるほど、ぼーっとしてられる余裕はねぇぞ。ましてや勇者様にはな」


「……それは…………わかって、ます」

 

「だったら堂々としてろ」


「はい」


 ユエルは軽く頭を振った。迷いを振り切るように。

 復活の早いやっちゃな。真面目ちゃんは弱気になるのも精神安定させるのもお手軽だ。


「…………ところで、やっぱり今もお前を見張ってる騎士っているんだよな?」


「いますよ。さすがにすぐ近くにはいませんけど、少し遠目から私を監視してます」


 ちっ。確かに妙な視線は感じるけど…………ほとんど気配が感じられねぇな。

 言われなかったら、待機しているかどうかなんてまったくわからんかったぞ。


「彼女は騎士ですが、どちらかというと隠密に近い存在ですね。気を抜くと、ついいないものだと思ってしまいます。

 おかげで、無駄に気を張り詰めすぎずに済んでいますが」


「…………お前も大概神経ぶっといよな」


 普通は、いるかどうかわからん奴が、でもおそらくいるって状態だったら余計気になっちゃうんじゃないの?

 けど、やっぱり見張りがいるんじゃ、手は打ったほうがいいな。

 

「おっちゃん、おっちゃん」


「しゅん」


「しゅんじゃねぇよ、おっさん!

 そのツラでいつまでも一丁前に落ち込んでんじゃねぇぞ!」


「しゅんしゅん」


 ……こ、こいつ糞うぜぇ。

 別にここじゃなくってもいいんだけど…………いや、ダメだ。ただでさえ不自然なのに、これ以上変な行動はしたくねぇ……。


「おっちゃん、このほげ面くれ」


「「え?」」


 おっちゃんが驚き、ユエルが驚愕する。

 俺は気にせず懐から金を出して数え始める。


「ほい、金貨70枚な」


 おっちゃんに手渡すと、おっちゃんは俺と金を交互に見て戸惑っている。


「な、なんで急に……?」


「そういう気分だ! よく見たら、味があるじゃねぇかこの面!」


「ほ、ほう!! わかるか、このよさが!!」


 すまん、本当はまったくわからんわ。

 喜ぶおっちゃんから、俺はちゃんとおまけのレッドドラゴンの羽を素材にした紅いリボンも受け取る。


「また来いよ~」


 俺がユエルの背中を軽く押してその場を離れる。

 おっちゃんは上機嫌で手を振っていた。


「ロ、ロイさん、何考えてるんですか!? そんな悪趣味なものを買うなんて!? 正気ですか!?

 それとも、本当に趣味が変わってしまったのですか!?」


「……お前、ナチュラルに失礼な奴だよな。気持ちはわかるけど」


 こうやって真面目ちゃんは人知れず人を傷つけるのだな。


「いいか、聞けユエル。俺はあの露店で悩んでいた青年だ。

 恋人に渡すためのプレゼント選びをしていた、悩める青春青年だ。

 んで、お前はたまたま通りかかっ……」


「えええええ!? ロイさん恋人がぶぶぶぶぶぶ」


「大声で人の名前呼ぶな! 俺の金貨70枚を台無しにする気かお前は!?」


 慌ててユエルの口を手でふさいで、俺は小声で絶叫する。

 

「ぶ?」


「お前はたまたま通りかかって、俺のプレゼント選びを手伝ってくれた親切な人!

 もちろん、俺とお前は初対面でまったく知らない人同士だ。

 ましてや俺は『ロイ』なんて名前じゃない。ましてや剣聖なんかではない。

 ……いいな?」


 二、三度まばたきをして、ユエルが頷く。

 ようやくユエルも俺の意図を察してくれたようだ。


 もしユエルについてる見張りが、俺の顔を知っているなら後の祭りだ。そんときは諦めるほかない。

 しかし知らないのであれば、俺はユエルの旧知ではなく、偶然会った平民Aということにしておきたい。

 ゾギマスの野郎に俺の存在を知られたら粘着されそうだし、途中離脱とはいえ勇者パーティの元仲間が帝国領内にいるとわかれば、ユエルのように自由を阻害される可能性はある。

 俺だって、スヴェンの旦那や家族を盾にされたらやりにくい。

 だから極力、俺のことは帝国側に知られたくはない。


 俺はユエルの口から手を離して、


「この方便にのるかは、お前次第だ。

 お前が、どの程度帝国につく気なのかは知らんけどな。

 王国との戦いを有利に運びたいってのなら、俺のことも帝国の情報を話したこともゾギマスに伝えたほうがいいぞ」


「…………ロイさん。私は」


「ちなみに俺は、俺の存在が帝国に知られると困る。ハイデルベルグ王国もめっちゃ困る。

 だから、かわいいあなたにはこちらをプレゼント攻撃!」


「え?」


 戸惑うユエルに押し付けるように、俺は紅のリボンを手渡した。

 ユエルは目を白黒させて、俺と自分の手に収まったリボンを交互に見ている。


「こちらのリボン、なんと魔力増幅効果付きなのです。

 わぁ、付与効果が付いてるなんて、すっごくお得ぅー」


「…………私、魔法使えないんですけど」


 呆然とした感じのユエルに言われて、はっとする。


 そうだしまった! 付与効果意味ないじゃん!

 だがしかし、今更後には引けん! 他にまともなもん持ってないしな!!


「こ、細かいことは気にすんな! ちゃんと装飾品として使えるだろ!?

 じゃ、確かに渡したかんな? 受け取ったよな? お主受け取りおったな?

 受け取ったということは、そういうことだぞ!」


「ちょ、ちょっと待……」


「申し訳ありませんが、返品は受け付けておりません」


「なんですかそれ!?

 だいたい私は、こんなもの受け取らなくても……」


 ユエルが慌ててリボンを俺に突き返そうとしてくる。


 ぬぅ? こいつなんという強情な。黙って受け取ればいいものを。

 ユエルのことだ。不本意とはいえ受け取ってしまえば、俺の頼みも無下にはできんはず……。


 あ、そうだ。


「待てユエル。そういやお前、魔王を倒したんだよな?」


「そ、そうですけど……」


「そのリボンはな、討伐祝いだ。

 魔王を討伐するなんてすごいなー。

 よくやった、ユエル。さすがだユエル! ユエルばんじゃーい!」


「…………とってつけたように言ってくれますね」


 呆れたように半眼になって、しかしユエルはそれ以上リボンを突き返そうとはしなかった。

 よっしゃ、これ以上なにか余計なこと言われる前にとっとと逃げるぜ!


「それじゃあ、ご親切にプレゼント選びに付き合ってもらって本当にありがとうございました!

 これで彼女にも喜んでもらえると思います~!!」


 俺は、説明ゼリフ臭いお礼の言葉だけは大声で言って、その場から素早く走り去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ