第18話 勇者様とお買い物
ユエルが座って、露店で並べられた面を眺める。
「物凄い値段ですね。
こんなの買う人いる……ん……ですね…………」
「おい、やめろユエル。俺は成り行きで寄っただけの通行人だ。客じゃない。
だからそんな目で見るんじゃない」
完全に引いてる視線を向けてくるユエルには、さすがの温厚な俺も抗議せざるをえない。
こんな面買うと思われるとか、不名誉すぎるわ。
「どうしたら、こんな呪われた面を手に取ることになるんですか?
しかも金貨70枚って明らかにおかしいですよ」
「おっと嬢ちゃん、そいつは聞捨てならねぇな。
俺の芸術品を理解できないのは、芸術の素養が足りない凡人であるから仕方がない。
しかし、俺の作品には何一つ駄作は存在しねぇぞ」
おっちゃんが泣いている面を手にとって、ユエルにひょいっと手渡した。
瞬間、驚愕するユエル。
「なっ!? …………これ、レッドドラゴンの骨……ですか!?」
「ほう? 嬢ちゃんの方も目利きはできるようだな」
「待ってください!? どうして貴重な素材をこんな怪しげな形に加工してしまったのですか!?
…………あぁ!? 外見は明らかにおかしいのに、作りはとても丁寧!? なんて、なんてもったいないことを!?」
ユエルは豪奢な調度品でもぶっ壊してしまったのを目の当たりにしたかのような、そんなリアクションをしている。
ついさっき俺も同じように思ったので、わかりみすぎる。
「ふっ。どうよ? 金貨70枚は適正な値段だろう?
嬢ちゃん、ひとつどうだい?」
「適正どころか、安すぎるくらいですよ。絶対いりませんけど」
ユエルが迷うことなく泣き面を元あった場所に戻した。
こいつばっさり断りやがったな。無理ないけど。
ユエルは無駄遣いしないからな。
いくらモノがよくても、使用してる時点で頭おかしい奴と思われるのは、勇者として完全アウトだし。
「そ、そうか…………ダメか……」
おっちゃんは明らかにシュンっとして頭を垂れた。
ユエルのような若い娘っこに頭から否定されてへこんでしまったのだろうか。ちょっと気の毒にも思える。まぁモノは本気でいらないんですけどね。
「しかしユエル、お前どうしたんだよこんなところで?」
「普通に街を歩いていただけですけど。今日は休暇をもらっていますから」
「休暇、ねぇ……」
勇者、というか冒険者には休暇もクソもない。
クエストに出たり魔物を狩ったりするのは、あくまで自分次第だからだ。
「やっぱりお前、帝国にもがががが……」
「待ってください」
話の途中で、ユエルが俺の口を手でふさいできた。
「そのあたりの話は、小声でお願いします。
休暇中とはいえ、私は見張られている身です。今も、帝国の騎士が近くにいます。
私が帝国についていることは、まだ対外的には発表されていないのです」
「もが」
俺が頷くと、ようやくユエルの手が離れていった。
柔らかい手の感触とは裏腹に、的確に俺の口をふさいできていた。かなり息苦しかった。あのままでいられたら死ねるんじゃねぇの?
ユエルめ、アサシンの素養にも溢れてそうだな……。
「私たちのことはモニカさんから聞いたのですね?」
「あぁ。モニカの奴、ちょい前に俺がいた村にやってきてな。おおよその事情は聞いてる。
スヴェンの旦那は無事か?」
「はい。相変わらず地下の部屋に軟禁状態ではありますが、縛られて拘束されているわけではありませんから。
…………その……ティアンさんが、よく様子を見に行ってますし……」
「それ、別の意味で大丈夫なのか?」
「く、詳しいところは私にもわかりません……」
ユエルが少しだけ顔を赤くしていた。
ティアンはスヴェンの旦那ラヴだ。ティアンがパーティに入る前は、スヴェンの旦那のストーカーしてたくらいにはラヴだ。
しかし旦那には、ちゃんと奥さんも子どももいる。
軟禁されている身とはいえ、というか軟禁されているからこそ、二人っきりにでもしといたら怪しい空気になりそうだけど大丈夫なんだろうか? 主に旦那の貞操が。
って、俺が心配してもしょうがないか。
……っつかさぁ。
スヴェンの旦那ぁ、既婚者の癖にモテるってどゆこと?
ティアンだって、旦那に家庭があることは知ってるのになんなの? 既婚者の余裕って奴!? 迷惑だっていうなら独り身の俺に回してくれよ旦那ぁッ!! ちっくしょおおおおおおッ!!!!
「ロイさん…………そんなにもスヴェンさんのことを…………。
お二人とも仲がよかったですからね。当然の心配です」
仲はいいし心配もしてるけど、俺が心中で慟哭してるのはまったく別の理由です。
さすがの俺でもちょっと後ろめたくなってきちゃうじゃん。
ユエルさんは気の毒そうな顔するの禁止ね。
「そ、それでだ。ユエルの方はどうなんだ?
帝国にはまだ動きはないのか? ゾギマスの野郎が何か言ってなかったか?」
ユエルは一瞬だけ考え込むようにしてから答えた。
「帝国は一昨日、北の小国トゥリエルズを降伏させています」
「…………マジか?」
すでに動き出していただと?
街の様子を見る限り、戦争があったなんて全然思えねぇぞ?
「兵の動員はありましたが、数はそれほど多くありません。あくまで威嚇のためでした。
帝国とトゥリエルズとの間に戦闘はなく、トゥリエルズ側が無条件降伏を受け入れたのです」
……なるほど、下手な犠牲は出さなかったわけだ。
トゥリエルズにとっては帝国とは戦力差がありすぎて、連合でも組まない限り帝国とまともな戦いになるわけがない。
帝国の王都は平常そのものだ。こりゃ、かなり秘密裏に作戦は行われたはずだ。
トゥリエルズが連合を組む暇などなかっただろう。
それに…………
「ユエルも同行したわけか」
「はい。私はゾギマス大臣に随行していましたから、帝国側の兵ですら、私がいたことを知る人はほとんどいません。
私がしたことは、大臣と共にトゥリエルズと交渉する際に顔を出しただけですし」
え、えげつねぇな……。
帝国だけでも頭痛かっただろうに、いきなり勇者が敵となって現れたとあっては、トゥリエルズ側はもうどうしようもなかっただろう。
心が折れて速攻で降伏してしまう気持ちもわからんでもない。
しかし、結構まずいことになってやがるんだな…………。
 




