第17話 おかしな商品
俺は伸びをしながら裏路地から出る。
「くーッ! 日差しが眩しいぜー」
結構長い時間にわたって、ジメった暗い場所にいたからな。
こんな陽気な日差しだってこと、完全に忘れてたわ。
「もう少ししたら夕方になっちまうなぁ」
今からどこかに寄る余裕はあんまりなさそうだな。
日が落ちたら、エッタとモニカとは宿で合流する約束になっている。
本当はもうちっとやりたいことあったんだけどなぁ…………武器屋あたりで、めずらしい装備品でもないかチェックでもしておくかなぁ。
コキコキと首を鳴らしながら歩いていると、妙な露店が視界に入った。
「な、なんだぁ……?」
そこには、大小様々な面がズラっと並んでいた。
笑った顔、怒った顔、泣いている顔、ほげーっとしている顔と表情も多彩だ。
リアルさはカケラもなく、かなりデフォルトされている、というか独創的な絵柄だった。
「買うかい?」
不意に話しかけてきたのは、店番をしているおっちゃんだった。
なかなか渋い声のおっちゃんである。
「…………この面、おっちゃんが作ったの?」
「そうだ。お前さんは、芸術がわかるか?」
「げ、ゲージュツ、ねぇ……」
前衛的な作品に慣れていない俺には、これのよさはわからないな。
それこそエッタなら、王族的な芸術感から何がしかの良さがわかるのかもしれないが。
俺は試しに、面が並べられた前に座って、ほげーっとした表情の面を手にとってみる。
「…………へ?」
面に触れた瞬間、強烈な違和感があった。
「え? ちょっと待て、なんだこれ!?
お、おい、おっちゃん!? どーなってんのこれ!?」
「何かおかしいか?」
「おかしいだろ!? この面、素材に何使ってんだよ!?」
「レッドドラゴンの骨だ」
「こんな悪趣味な面に、なんつーシロモノ使ってんの!?」
面持った瞬間ビビッたわ!
軽いくせに、やたらと頑丈。おまけに魔法耐性効果も高い。
触った感じでまさかとは思ったけど、本気でレッドドラゴンの骨使ってるとか……。
レッドドラゴンといえば、ドラゴンの中でもほとんど最上位ともいえる存在だ。
以前ハイデルベルグ王国に行く途中で、俺がぶっ倒したグリーンドラゴンとは比べ物にならない。
あのとき出くわしたのがレッドドラゴンの方だったなら、マジで迂回を考えるレベルだ。
絶対に倒せないということはないが、俺とモニカだけで楽勝で倒せるほど甘い相手でもない。
硬い鱗に操るブレスは多彩、素早く空を駆けて、年齢を重ねてる奴なんかは高度な魔法だって使う。
っつかこの面、レッドドラゴンの骨が素材とか、明らかにその辺の兜なんかよりも段違いに防御力高ぇぞ?
少なくともこんな露店にぽんっと置かれてていいもんじゃねぇ。
無駄に高スペックすぎてビビるわ!
「悪趣味とはなんだ。
この芸術観がわからんとは、お前、モテないだろう?」
「うぐっ!?」
わけわからん論理で真実当ててくるのやめろや、おっさん!
「どうだ? この面があれば、お前の人生に明るい光が照らされるかもしれんぞ?」
「怪しげな面で左右される俺の人生ってなんなんだよ!?」
ちらっと面の前に出ている値札を見て、俺は呆れる。
「これで金貨70枚って、こんなん売れるわけねぇだろ……」
「なに? 破格の値段だと思うんだがな」
「こんな何気なくある露店に、どこの上位冒険者様がやってくるんだよ……。普通の武器屋にでも卸しとけよ」
金貨70は、この面のスペックからしたら、確かに安いだろう。
むしろ素材と加工費用でその程度はしそうだ。おっちゃんの利益はほとんどないかもしれない。
でもなぁ、これがちゃんとした装備品を扱う店に置いてあるならいいけど、こんな露店でだれがハイスペック装備を買いに来るんだよ。
…………ちゃんとした店に置いても、趣味悪すぎて売れないだろうけどさ。
「ふん、俺もそうしようとは思ったがな。
若造の武器屋の店主に、悪趣味だから普通の面か兜にしてくれと言われたんだ。
はんっ! 芸術のわからん青二才に、俺の大事な商品をあずけるわけにはいかんな!」
「…………おっさん。人の善意からの忠告は受け取っとけよ」
俺は、ほげーっとした面を手の中で遊ばせる。
ふざけた表情とは真逆に、品質自体はかなりしっかりとしていた。
この才能をちゃんとした方向に使っていれば、ひとかどの職人になっていてもおかしくないと思う。
でもなぁ、いくら高スペックだとしても、こんな悪趣味な面してたら正気を疑われるよなぁ……。
「それで、買うのか? 買わんのか?」
「そりゃ買わ……」
「ちなみに今なら、これも付けてやるぞ」
おっちゃんが手にとって見せてきたのは、紅い紙切れだった。
いや、待て、これ紙切れじゃねぇぞ…………
「魔力増幅効果のあるリボンだ。素材はな……」
「レッドドラゴンの羽じゃねぇか!! おまけに付けるシロモノじゃねぇだろ!?」
これまたとんでもねぇハイスペック商品が出てきやがった!
しかもこっちの方が、怪しげな面よりも見た目まともじゃん!? これなら武器屋の店主も置いてくれたんじゃないの!?
このおっさん、マジでバカだろ!? 何考えてんの?
「骨を入手したときに、付属物としてついてきたのだが、面には使えんからな。
やっつけで加工しただけだし、金を取れるシロモノではない」
「いや、大金取れるだろ! むしろそっちをメインにしろよ!」
「それはできん。俺はこの面で勝負がしたいのだ」
「なんという才能の無駄遣い!!!」
「褒めるな」
「1㍉も褒めてねぇよ!!!」
ほげ面片手に俺が頭を抱えていると、小さな足音がして影が差した。
「……こんなところで、何してるんですか?」
「へ?」
聞きなれた、懐かしい感じ。
小さな鈴を鳴らしたような声に、俺は思わず振り返った。
そいつは普段あまり使わない表情筋を総動員させて、明らかに呆れた感情を表していた。
「それ、買うんですか?
ロイさん、私の知らない間に大分趣味が変わったんですね」
一見して単なる街娘にしか見えない格好をした黒髪の少女。
勇者ユエルは俺を見下ろして、小さくため息をついたのだった。




