第16話 おいでませ、ゼギレム帝国
行き交う人はさまざま。
忙しなく駆けていく若者もいれば、のんびりと出店の前でお茶を楽しんでいる婦人もいる。
ここはゼギレム帝国領、首都アルレイド。
ハイデルベルグ王国に負けるとも劣らずの活気に溢れ、昼前の街中は多くの人々で賑わっていた。
そして街の入口付近では、
「む…………むむぅ」
なぜかエッタが険しい顔で唸っていた。
その様子を見て、不思議そうにモニカが尋ねる。
「どしたのエッタ? お腹でもすいた?」
「そうではない!
…………私は、帝国とは軍事国家であり内政にはそれほど力を入れていないものだと教わってきたのだ。
それなのに……この活気はどうだ? ほとんど王国と変わらんではないか?
これでは、王国は軍事力で負けているだけになってしまう。
妾は、それが口惜しい!」
「こらこら、素が出すぎだ」
俺は軽くたしなめて、エッタの額に軽くチョップをした。
多少の妙な口調には目をつむっても、自分のことを妾呼びするのだけは平民にとっては違和感ありすぎなので厳に慎んでもらいたい。あと、王国寄りの話をするのもな。
俺たちの近くでも何人もの人がすれ違っているのだ。
「ある程度は人込みの騒がしさでかき消されるだろうけど、いきなりそんな態度じゃ先が思いやられるぞ」
「…………う、うむ。気をつける」
エッタは俺にチョップされてびっくりしたのか、ぽかーんといった風な顔をして、ぎこちなくコクコクとうなずいた。
あれ、気安くやりすぎたか?
ついつい、モニカにするようなノリでやっちまったけど、やっぱり王族相手にはまずかった……?
なんて、ちょいと不安になっていると、
「エッタ、エッタ! これ美味しそうだよー」
「むぐっ!?」
エッタが今度は目を白黒させた。
無理もない。モニカが完全に不意打ちで、串焼きを口に突っ込みやがったのだ。
「もぐもぐ…………うん、やっぱりあたしの目に狂いはなかったね! これはいいものだよ!!」
モニカは、マイペースにたっぷりとタレがかかった串焼きを頬張っている。
確かに旨そうだけどさぁ……モニカの奴、仮りにも一国の姫様相手に本当に遠慮なさすぎじゃね?
エッタ自身に気安くしていいとは言われていたが限度あるだろ。まったく、これだから常識のないエルフババァは困るぜ。
しかし、俺の心配をよそに、エッタはモニカに続いて目をキラキラさせながら串焼きを食べていた。
「む!? むむむ!! うまいな!!」
「でしょー? せっかくこんなところまで来たんだし、ちょっとは楽しまないともったいないよ!
全然時間がないわけじゃないでしょ?」
「時間か…………あるのか?」
真剣な表情で眼光鋭くエッタが聞いてくる。
串焼きを持ってるから、いろいろと台無しだけどね。
「多少はあると思うぞ。
そもそもここまで来ておいてなんだけど、俺たちがやれることってあんまりないし」
大半の情報収集はハイデルベルグ王お墨付きの暗部の方々に任せた方がいいだろうし。
俺たちのはあくまで情報の補強。
それと、暗部では拾わないような部分に触れることだな。
「そうそう! それに情勢を知るには街をまわることだって重要だよ?」
「そうか……そういうものか」
うんうんと頷いてエッタは納得したのか、モニカに手を引かれるまま歩きだした。
キョロキョロと首を動かすさまは完全にお上りさんである。
すれ違う人が、たまに微笑ましそうに振り返ってエッタを見ていた。
…………こういう目立ち方なら、いっか。
モニカに先導される形で、俺たちは帝国の首都アルレイドを散策するのだった。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎたころ。
俺たちは街を堪能していた。
結構あちこち行ったもんだ。
主に、気になったものがあれば手当り次第突撃して行くモニカ、それに嬉々として付いてくエッタも思う存分楽しんでいたことだろう。
そんな二人に付いて後ろから眺めるのは悪くなかった。二人とも美人だしね。細かいことを考えなければ、両手に花だし。モニカを花に数えていいかは大いに疑問が残るけど、眺める分には癒されるからいいのさ。
今は、モニカとエッタは宿の手配へと向かっていた。
俺は二人とは別行動をしている。
俺が今歩いている場所は、活気のある表どおりとは真逆。
なんだかよくわからんゴミだかがところどころに置かれているような、昼間だろうが薄暗い路地裏だ。
ジメジメとしていて空気が澱んでいるように感じられる。
少なくとも真っ当な人が好んでくる場所ではない。
モニカだけであれば、神官服も着ているし冒険者としてセーフと言えなくもないけど、エッタがいたらさすがに場違いすぎるからなぁ。
格好は女剣士っぽくしてもらってるけど、エッタの持つ雰囲気が無駄に明るすぎるからどーにもならん。
もしもこんなところにいたら、目立ってしょうがないだろう。
そんなわけで俺は単独で行動することにしていた。エッタを一人にするわけにはいかんしね。
「兄さん、見ない顔だな」
視線を向けると、白髪で顔が隠れてしまっている老人が、壁に背をあずけて地べたに座っていた。
髪の隙間から見える瞳は、濁っているものの決して弱くはない意志が宿っているように見える。
路地裏にいるような奴にしては、悪くない目つきをしていた。
「お察しのとおり、俺はよそもんだよ。
爺さん、あんたこの街は長いか?」
「兄さんが生きてきたよりは、長くいるだろうよ」
「そいつは重畳だ。
爺さん、あんたここにはいろんな知り合いがいるだろ?
俺は夜にまたここへ来る。その時に、街に詳しい奴を連れてきておいてくれ」
俺は懐から金貨を取り出して、爺さんへと放る。
爺さんは金貨を掴んで、大きく口元を緩めた。
「ほっ! 気前がいいな!
……で、どういう奴が望みだ?
もう少し具体的に言ってくれないと、兄さんの要望には沿えないかもしれないぞ?」
「なんでも構わないさ。噂話に精通している奴でもいいし、商人の動向に詳しい奴。街で扱うマジックアイテムをよく知っている奴でもな。
ここで年がら年中寝ているような奴じゃなけりゃいいよ」
「はっ! 最後のはワシのことか?」
「さてね。
じゃあ頼んだぜ」
「へ、へ、へ。わかったよ」
爺さんは金貨を大事そうに懐へと仕舞うと、よろよろと立ち上がり何処かへと立ち去った。




