第15話 深夜のテンション
深夜、俺は火の番をしながら、周囲の警戒をしていた。
ときおり、燃える木からはパチパチと小さく音が鳴る。
遠くに獣の声なんかが聞こえるときもあるが、基本的には静かなものだ。
近くには魔物の気配はないし、警戒をするにはのんびりしたものだった。
俺は姫さんやモニカの寝顔をぼーっと眺めたり、やはりゆらゆらと揺れる火をぼーっと眺めていた。
それにも飽きたので、俺はちょうどいい長さの木の棒を拾って、
「…………ッ」
二人から少し離れたところで、剣の型をおさらいすることにした。
肩の力を抜いて集中し、剣と一体化するような感覚に身を委ねる。
普段とは異なる型に若干の戸惑いは感じながらも、俺の身体は次第に考えるよりも先に自然と剣を振るうようになる。実際には剣じゃなくて棒振るってるんだけどさ。気分だよ気分。
それにしてもなかなか悪くない出来だ。
ちょっと前にクーチェが言っていたように、もしかしたら俺には本当にこっちの方が合っているのかもしれないな……。
集中して一連の動作を何度か繰り返していると、うっすら汗が浮かんできた。
「こんな夜中に特訓とは、精が出るな」
姫さんが興味深そうに俺の修練を眺めていた。
ちょっと前に起きたのには気づいていたが、わざわざこっちへ来るとは思わなかったな。
俺は息を整えながら、姫さんに胸を張って答えた。
「秘密特訓は夜するものでしょう?」
「そうなのか? ならば妾も、今後は夜に城を抜け出して行うとしよう」
「すみません。冗談ですんで、やめたげてください」
深夜に姫さんがいなくなりゃ城内は大騒ぎだ。
警備担当の兵長の首が物理的にも飛びかねないので、是非ともやめていただきたい。
「それよりも殿下、寝てなくていいんですか?」
もう少ししたら、俺はモニカと交代して仮眠を取ることになっている。
俺達のような冒険者であれば、短時間の仮眠には慣れているから早々不調はきたさないが、人によっては結構辛いものがあったりもするだろう。
特に、姫さんなんかは規則正しい生活をしてそうだし、リズムが崩れて風邪でもひかれたらコトだ。
「む……そなた、妾を子どもとでも思ってはいないか?
寝ずの番くらい妾も問題ないぞ」
えぇ……そうかぁ?
さっきまで爆睡してたのは誰よ?
「そんなことより、ロイよ。
その口調、なんとかならんのか? もっと自然で良いぞ」
「そんなに不自然ですかね?」
「モニカには、もっと普通に話すではないか。
妾にも同じようにするがよい」
なにそれ、タメ口きけってこと?
……仮どころか正真正明の姫様だし、さすがにそれは恐れ多いよなぁ。
「城を出るときに、そなたが言っていたことだぞ?
妾が姫とバレぬように、妾に口調を改めろ、と。
そなたも年下の女相手に敬語で話していたら、他人から何事か勘ぐられるのではないのか?」
あら?
思った以上に正論が返ってきてしまった。
確かに姫さんの言うとおりだ。
いっそ姫さんを、とある御令嬢という立場にしてしまう手もあるけど……。
いくらハイデルベルグ王が情報統制をして、公には姫さんの存在を隠してきたとは言っても限界はある。帝国に姫さんを知っている人間がいても不思議はない。
となれば単なる平民として、できるだけ目立たないようにした方がいいはずだ。
「…………わかったよ。
多少無礼な口きいても、目をつぶってくれよ?」
「そうそう、そんな感じであったな。
今までのような口調だと、なんだか距離を感じて寂しいぞ。
ほれ、ちゃんと妾の名も愛称で呼ぶがいい」
姫様とかジュリエッタ様とか呼ぶのは確かになしだけど…………なんだろう、やっぱり抵抗あるな。
とはいえ、ふとした気の緩みで呼び名からバレたら元も子もないしなぁ。
「はいはい…………改めてよろしく頼むよ、エッタ」
「それでよい、妻に対して遠慮することなど何もないのだ!」
「いや結婚してねぇから」
「くははははははは!!」
俺の否定もなんのその。姫さんは上機嫌に笑っている。
器がでかいというか、強メンタルというか。この精神力は見習うべきかもしれない。
押して押して押しまくれるってのも、モテるには必要な要素な感じするし。
むむむ、これからはエッタ師匠とでも仰ぐべきなのかもしれん!
「ところでロイよ。先程の舞、もう一度やってみてはくれないか?
流麗な動きで美しかったぞ」
褒められて悪い気はしない。
特に姫さんのような美人…………じゃなくて実力者で、本心から思ってくれてるような人ならなおさらだ。
「別にあんなのやるくらいならいつでもいいぞ。
というか、舞じゃなくて型な。剣の型。
斬る、突く、受け流すの基本動作を身体にたたき込めるし、エッタはむしろ見るよりも覚える方がいいんじゃないか?」
「そうか?
型ができるようになれば、妾もそなたのように強くなれるか?」
「絶対とは言い切れないけどな」
エッタの場合、剣に関しては完全に我流であったらしく、動きが洗練されていない代わりに予測がつきにくいという利点もある。
その利点が失われてしまう可能性はあるのだが、
「少なくとも、俺にとっちゃあ、エッタが基本を覚えたほうが脅威ではあるな。
この前は剣の技量の差で勝ったけど、その差が縮まればやりにくいだろうし」
「ほう! そなたがそこまで言うのであれば、やらぬわけにはいかんな!
ロイよ! さっそく妾に型を教えるがよい!!」
今からからよ!?
元気すぎるにもほどがあるぞ!?
「かわりに、妾は獣王国で培った練気について教えよう。
そなた、それほど強いのに、なぜ素のままの状態で戦っているのか不思議だったのだ」
「……練気?」
「なんだ、やはり知らなかったのか。
練気とは、体内の気を練って身体能力を向上させるものだ。簡単に言えば、自分専用の支援魔法のようなものだな。
獣人であれば、大抵の者が使っていたぞ」
「そんなのあるのか?
…………獣人の身体能力って、生まれ持ったものだと思ってたぞ……」
「もちろんそれもある。
しかしそれだけではない、ということだ」
聞いただけの話なら信じられない気持ちもあっただろうが、俺は現にエッタと戦って、その身体能力に驚かされている。
姫さんはつまらないウソをつくような人じゃないだろうし、練気ってのもマジであるんだろう。
確かに獣人は驚異的な身のこなしで戦う者が多いけど、そんなもんがあるなんてなぁ。
獣王国はここから距離もあるし、あんまり獣人とは関わってこなかったから、俺が知らなかっただけかね。
しかし、もしもその練気ってのが、俺にも扱えるのだとしたら…………それって、俺の強さに大きな伸びしろができるってことだよな?
「…………よし、エッタ!!
俺にその練気とやらを教えてくれ!!
俺は剣の基本をお前に叩き込んでやるから!!!」
「くははははは、望むところよ!!
ロイよ、妾に剣を教えること、後悔するでないぞ? すぐにそなたを追い越してしまうからな!!」
「はっ! 言うじゃねぇか!! そっちこそ、俺にその俊敏な動きのタネを教えて、さらに実力差がついても知らんからな!!」
「…………断っておくが、練気については、誰でも習得可能というわけではないぞ?」
なにぃ!? マジか!?
…………ちっくしょううううう!! 絶対会得してやるぜ!!!
今以上に確実に強くなれる機会なんて逃してたまるか!!!
俺は強くなって、強くなって………………絶対に、モテモテになるんだっしゃあああああああああああああああ!!!!
うおおおおおおおっと拳を振り上げて気合を入れていたら、エッタも一緒になって俺の真似をしていた。
最高潮にテンションが上がっていたところ、いつの間にか起きていたのか、半眼のモニカと目があった。
「…………あんたたち、仲いいのは結構だけど、もう寝たら?」
完全にアホ共を見る目をしていた。




